第138話 復讐



「おぁ!? か、からだが……!?」


 俺がそんな思案をしている間にも、五九雨が金縛りに遭う。

 亞夢の特殊スペシャルアビリティ【影踏み】だ。


「消えて」


 亞夢がすらりとした脚を凶器に変えて【臓物砕き】を五九雨の腹に埋め込んだ。


「ぐぇっ」


 五九雨は白目を剝いたまま、堀へと転がり落ちた。


 五九雨を飛ばした亞夢は、さらに回復職ヒーラーの女も【無限の釣寄リミットレスルアー】し、堀へ【首刈投げ】で放る。


 艶っぽくはだけたシャツワンピの胸元と裾を直し、後方に下がると、亞夢は無言のまま、顎で敵を指し示す。


 前に出て好きにすれば、ということなのだろう。

 シルエラを気遣ったのか、もう瘴気は出していない。


「ありがとう」


 俺は正面に向き直る。

 司馬が放ったサイレンスは消え、俺は声が出るようになっていた。


「くっ……」


 人質を取り戻され、手段を失った司馬たちが焦りの表情を浮かべて後ずさる。


 俺の視線の先には複数が映っている。

 だが俺はその中の一人に向かって、まっすぐに歩いていく。


「こ、こっちに来るな……!」


 そいつは完全に怯え、青い顔をしている。

 今にして思えば、実にくだらない男に怒りを感じていたものだ。


「……ぼ、僕と戦うつもりか!」


「待ちかねたぞ。リンデル」


「す、【スタンクラッシャー】!」


 リンデルが先手をとらんと、俺に向かって踏み込んだ。

 こうして見ると、実に遅すぎる一撃。


 俺はこんなのをもらっていたのかと思うと、笑えてきた。


「ぐぇッ」


 横に避け、リンデルの顎を蹴り上げると、リンデルの口から白いものが吹き飛んだ。


「リンデル!」


 他の百武将たちが動こうとすると、腕を組んだままの亞夢が睨みを利かす。


「う、ぬぅぅ……」


 先程までの猛烈な強さを見た後なだけに、百武将たちはその場で釘を刺されたように動けない。


「感謝するぞ、亞夢」


「――ちくしょう、このやろう!」


 救援がないことを知るや、リンデルが息を切らして剣を振り回し始める。

 さすがにそんな無鉄砲な剣が当たるはずもない。

 

「おっ……おまえ! なんでそんなちょこまか動け……うがっ!」


 躱しながら、朱色の【愚者の腕】が両手でリンデルの頭髪を掴み、石畳に叩きつける。


「ぐぼっ……」


 鼻血がだらだらと流れ始めた。

 俺はそこで一旦、手を止めた。


「リンデル。カジカという男を知っているな」


「……か、カジカがどうしたってんだよ……」


 俺の言葉に、リンデルがわからないといった顔をする。


「白豚野郎と蔑まれ、お前に顔を蹴り倒された男だ」


「な……なんで知ってる?」


 リンデルはぎょっとしていた。


「なぜ知っていると思う」


 俺の顔には、不敵な笑みが浮かんでいたことだろう。


「………」


 リンデルがはっと息を呑んだ。


「この世界でも、食べ過ぎはやめておいたほうがいいよ、だったか?」


「………」


「セクハラ変態乞食、だったか?」


「…………!」


 あまりのことに、リンデルが口を開けたままになった。


「俺を蹴り倒したあの時、お前は俺に『右も左もわからぬシルエラを軟禁していた』と言ったな。覚えているか」


「……ひぃ!?」


 後ずさるリンデルが尻餅をついた。


「せ、せせ、【剪断の手】が、どうしてあんな姿で……」


 俺は歩みを進める。


「正直、殺してやろうと思わなくもなかったが、もういい。お前は殺すほどの価値もない」


 俺は糸を放つ。

 放ったのは、『愚者の幻糸』という糸だ。


「うぎゃっ」


 そう、アルカナボス【愚者ザ・フール】から紡いだ糸だ。


 これは対人専用の糸で、呪いを付与する。

 作用時間は解除しないかぎり、半永久。


「………」


 リンデルが人形のようになって、動かなくなる。

 ランダムな内容で付与された【悪逆無道】の呪いが付与されたのだ。


 運が良ければ、いつか通りすがりの高位の回復職ヒーラーが癒やしてくれるだろう。



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