第135話 襲いかかる司馬

 


 司馬軍が散開し、配置についた。


「安心してください。シルエラさんを盾にするつもりはありません。まあ、そうはいってもこれだけ制限されれば、お前は何もできないでしょうがね」


 司馬はすでに勝利を確信したように笑った。


「………」


 仮面の男は顔色一つ変えず、相手を見て取っている。


 前衛、後衛がほぼ同数。


 リンデル、司馬、エディーニ、シルエラのほか、盾職1、近接5、弓2、回復2、魔術師4の合計18人。


 さらにエディーニの召喚した、ミスリルの巨剣を持つ牛の顔をした亜人を含めると19。


 ミノタウロスである。

 レベルは55で魔法はいっさい使えないものの、それを補って余りあるほどの近接戦闘力を持つため、多くの調教師が好んで使役対象とするモンスターである。


「どうですか? 今までのように遠距離から蔦を使って拘束したり、暗闇をかぶせておくといった攻撃ができないでしょう」


 司馬は仮面の男を挑発しながら、再び扇子を前に突き出した。


「では第一波から開始」


「よっしゃ」


 百武将らが武器を構え、飛び込まんとした、その時だった。


「――ぎゃっ!」


 後方に控えていた百武将の魔術師が、もがきながら崩れ落ちる。

 その背には二本の矢が刺さっていた。


「うっ」


 さらにその隣の女性魔術師が、眠りこけて倒れる。

 近くにいた回復職ヒーラーの男は、【 盾の衝撃シールドスタン】を受け、ぐったりとして座り込んだ。


「司馬様! 後方から襲撃を受けています!」


「伏兵か。味な真似をしますね」


 司馬の表情が引き締まる。


 ここは橋の上である。

 つまり、司馬たちは挟撃に遭っているのである。


「ハッハッハー、背中がお留守だぜ!」


「ふむぅ、隙だらけです」


「無力化だけって、ほんと難しいなぁ」


「ゴッドちん、前に出過ぎないでって言ってるでし! 何度目でしか!?」


 仮面の男が、はっとする。

 聞いたことのある声だった。


「――ご、ゴッドフィード! 百武将筆頭のゴッドフィードです!」


「『チームロザリオ』だ!」


「……なに」


 司馬の表情が、がらりと変わる。


「ふざけた真似を……一般兵は何をしているのですか」


 司馬が悪くなった機嫌を隠そうともせずに、声を荒げる。

 万単位で配置された一般兵は指示された場所で、なにひとつ変わりなく待機している。


 彼らは上官である『チームロザリオ』の面々を味方と認識し、加勢に来たと理解していたのである。


「………」


 仮面の男の謝意は、【沈黙】の効果中で声にはならなかった。


「おのれ……!」


 司馬が、苛立ちを募らせる。

 この奇襲は超レアアイテムの効果時間をふいにさせるという意味でも、最高の形の加勢であったからである。


 リーダーのあちょーが相当な切れ者であることは知っていたが、まさかこの自分がしてやられるとは思わなかったのだ。


「――ふーゆんがやられた! 活太郎も! 司馬様、後方支援が次々と討たれて……」


卓越した盾騎士タンクナイトマスターのサイルジェンをリーダーおよびタンクに、マリエルが回復につきなさい。弓二人はポッケさんを集中して狙いなさい」


 司馬が素早く指示を出す。


「さて、アイテムの効果時間が切れる前に、さっさとこの男を始末しますよ。【第一波】行きなさい」


 その言葉に応じて、サーベルタイガーが1体出現し、仮面の男の方へ向かった。


 近づいたサーベルタイガーに反応し、配置されていた仮面の男の【アラートシステム】が作動する。

 現れたぼんやりとしたものが、サーベルタイガーをばらばらにすると、司馬は表情を変えず、ただ小さく頷いた。


 【アラートシステム】がゆらりと消えたのを確認した司馬は、今度は自らサーベルタイガーを呼び出す。


 そのサーベルタイガーは直進させるのではなく、仮面の男の前を探るように大きなSの字を描かせる。


 その動きに反応してもう一つ置かれていた【アラートシステム】が作動し、サーベルタイガーを排除した。


「次」


 司馬は再び作業的に、3匹目のサーベルタイガーを呼び出させて、向かわせた。


 仮面の男が自分の手を動かし、魔法効果のない、低火力な糸ながらも、それを始末する。

 通常の糸攻撃ゆえに、【死の十字架デッドリィクロス】を用いての攻撃であった。


 司馬が右の口角を上げてふっと笑った。


「奴の『トラップ』は終わりです。そして予想通り、状態異常攻撃はできていない。勝てますよ。第2波行きなさい」 


 続けて、エディーニが使役するミノタウロスが巨剣を振りかざし、ドスドスと石畳の上を走った。


「今の糸攻撃はアビリティでしょう。ならば再詠唱時間リキャストタイムがあります。つまり、これでハメ完了です」


 突っ込むミノタウロスは司馬の支援魔法バフを受けた影響で、異常な機敏さを持っていた。


「奴は糸使い。ミノタウロスならば絶対魔法防御アンチマジックシェルの結界から出た瞬間は狙えません」


 司馬がニヤリ、とする。

 そう、この明晰な頭脳で計算されているのである。


 糸使いならば、防御力は確実に低い。

 万が一拘束できなかった場合に、この突進速度ならば、次手は絶対に間に合わない。


「『糸の盾』とやらを張るくらいしかできないはず」

 

 仮面の男はその言葉通り、ミノタウロスに対して【防御の蜘蛛糸ディフェンスネット】を展開し、攻撃を防いだ。


「ほう……思ったより大きい盾ですね。まあよい。第3波、行きなさい」


「はっ」


「おっしゃ」


 続けてグラバリスという狂戦士バーサーカーの男と、五九雨という名の格闘系職業の男が、糸使いの両サイドから攻撃を仕掛けた。


 仮面の男は2枚の【防御の蜘蛛糸ディフェンスネット】を出し、2人と1体の攻撃をさばく。


「このバフ、中毒になるぜ!」


「――おうよ!」


 五九雨が高揚した表情で叫ぶと、グラバリスも嬉々としながら斧を振るう。


 司馬の支援魔法バフの影響は到底看過できぬものだった。

 百武将らの動きは本来のものより倍ほどに速くなり、一撃一撃の押し込みも力強くなっていた。


「俺たちの攻撃は、当たれば即死するぜ!」


 拳闘家ピュージャルストの五九雨は打撃技を次々と繰り出す。

 仮面の男はミノタウロスの斬撃を優先して避け、ほかは『糸の盾』をうまく張り、面でまとめて防いでいた。


「へぇぇ……ローブ職のくせに、こいつ案外やるねぇ。さすがリフィテルが惚れるだけはあるってか」


 五九雨の表情が興味津々なものに変わっていく。


「……あいつ、バフ付きの3つの同時攻撃をさばいてやがるぜ」


「盾の再詠唱時間リキャストタイムが早い」


「あれか、噂の不可思議な動きってのは……」


 見ている百武将たちが唸る。

 仮面の男はその盾以外にも、宙のなにもないところを蹴り、二段に跳ねるのである。


「糸使いは攻撃だけじゃないということか」


「……時間がありません。エディーニ、ピエール、リンデル。あなたたちもかかって殺しなさい」


 司馬が苛立った様子で告げる。

『チームロザリオ』の奇襲さえなければ、豊富な人員で綿密に練っていた策を展開できたはずだったのだ。


「承知しました」


「つまらん……こいつとのサシの勝負を楽しみにしていたんだがな」


 ピエールは不満げに漏らしながら、双剣を抜き、仮面の男へと向かう。


 ピエールの双剣の鞘には、プレイヤードワーフの名匠「シーザー」の名前が刻まれていた。

 希少金属オリハルコンで作られた、格段に切れ味が優れるS級双剣「サルサとバレス」である。


「僕のスタンで、呆けるがいいよ! ハハッ」


 シルエラから離れ、がしゃがしゃと鎧を鳴らしながら、リンデルが戦いに向かう。

 現在戦闘状態に入っていないのは、回復職ヒーラーひとりと無力化されたシルエラを除いて、司馬だけになっていた。


「受けてみろ! 【百花繚乱・壱】」


「食らえ! 【クリティカルスタン】」


「【ウィップストライク】」


 2人が飛びかかり、さらにエディーニが中距離から鞭攻撃を放った、その時。


 仮面の男の肩から、天に向けて二本の腕が突き出した。


「うおぁ!?」


「なっ……!」


 3人の新たな攻撃を、さらに2枚の【防御の蜘蛛糸ディフェンスネット】が受ける。


「すごい、アルくん!」


 リフィテルが歓喜する。


「こいつ、四本腕!? ということは」


「……【剪断の手】だ! こいつ、カミュか!」


「カミュ……。ふふふ……ハッハッハ! そうか、お前なのか! ずっと、探していたぞ!」


 驚愕する百武将とは逆に、ピエールだけは笑い出していた。


「か、カミュ? ……あ、アルマーが……?」


 シルエラが耳を疑う。


「いったいどうやって名を隠して……。いや、これだけの無双ぶり、決して予想していなかったわけではありませんよ。【剪断の手】カミュ」


 司馬は比較的落ち着いた素振りでその名の者を眺めていた。


「……さすが名高いだけのことはありますね。6人がかりの攻撃を受け続けることができるのですか。『4本腕』とは、なんとも天晴れです」


 司馬は攻撃をさばき続ける仮面の男を見ながら、パチパチと拍手していた。


「……と。確かに天晴れなんですがね」


 その顔が突如、研ぎ澄まされる。


「もしそこにもう一人増えたら、どうでしょうか?」


 4本の腕は休む暇がなく動き続けている。

 取り囲む洗練されたプレイヤー5人と、ミノタウロスを相手取るために。


「………!」


 そこで気づいたリフィテルが、はっと息を呑んだ。


「もしかして、こちらには、もう攻め手がいないと安心していませんか?」


 そんなリフィテルを見て取ったのか、司馬がその顔に不気味な笑みを浮かべる。


「王が、動く訳はないと思っていませんか?」


 司馬が言いながら、自身の双剣を抜いた。

 抜身となった双剣に、とたんに変化が起きた。


 一本にはゆらゆらとした炎、もう一本にはふわりとした霧をまとい始めたのだ。


「ふふふ。……ハハハハハ!」


 司馬はもう、声を上げて笑っていた。


「アルくん!」


 リフィテルは、真っ青になっていた。


「まだこの司馬が残っている、と言うべきなんですよ! 我が国でゴッドフィードの上を行っていた、唯一の人物がねぇぇぇ――!」


 叫びながら、司馬が人間離れした勢いで大跳躍した。


「――嫌! もうやめてぇぇ!」


 リフィテルが体をくの字にして、声を張り上げた。


「そこにもうひとりは無理ですよねぇぇぇ――ハハハ!」


 仮面の男の頭上で、司馬が双剣を振りかぶる。


「ダメえぇぇ! いやあぁぁぁ――!」


 重なるリフィテルの悲鳴。


「――殺ったァァァァ――!」


 頭を割らんと振り下ろされる、2つの伝説の剣。


 リフィテルが目を閉じ、顔を背けた。

 その目からは、涙がこぼれ落ちる。


 直後、発せられると予想していた、嫌な音。

 しかし、それはなかった。


 代わりにリフィテルの耳に届いたのは、驚きの声。


「こ……これは!?」


 司馬の声だった。


「……えっ……」


 恐る恐る開かれた、リフィテルの目に飛び込んできた光景。


 司馬の攻撃は、止められていた。

 仮面の男に達する直前で。


「………」


 取り囲んでいた百武将たちは、あまりのことに絶句していた。


「ろ、ろろろ、……!?」


 たった今まで歓喜していた司馬が、しどろもどろになっている。


「六本腕だと……」


 仮面の男は、【防御の蜘蛛糸ディフェンスネット】で防いでいた。

 そう。新たな朱色の2本の腕で。


 その朱色の腕はやせ細った死神のそれとは違い、隆々とした筋肉で覆われている。

 まるで塗りたくったようなその赤さが髣髴とさせるものは、『あやかし』。


「アルくん……!」


 リフィテルの涙は、嬉し泣きに変わる。


「………」


 仮面の男の顔が、研ぎ澄まされる。

 その6つの腕が、軌跡を描く。


「――ま、まずい! 反転技来るぞ!」


「こいつ、狙ってやがった!?」


 不格好に体勢を崩しながら、百武将たちが慌てて離れようとする。


 だが、遅かった。

 舞い始めた、あまたの糸。


 ――【血桜の舞】。

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