第134話 最後の対峙



 司馬王が次の作戦について、説明していた。

 皆に反対されながらも、司馬王自ら参加し、自身の持っている帰属アイテムでアルマデルを無力化する作戦らしかった。


 残る百武将のほとんどを参加させる方針だったようだが、辞退者が続出した。


 達夫くん、ミセーユさん、ガーベラさん、スタフィーロくん……。

 そのほか合わせて20名以上いたと思う。


 彼らは皆、本日付で百武将を辞めることになるのだそうだ。


 理由はひとつ。

 司馬王がこれだけ死者を出しながらも、 リフィテルたったひとりを奪還するために固執しているから。


 ほとんどの人が、そんな司馬王に共感できなくなっていたと思う。


「民のために」を掲げる司馬王の安っぽい嘘を、見抜いたのだ。


 一方、エディーニくんとリンデル、ピエールは参加を表明した。

 リンデルの顔にはねっとりとした嫉妬が張り付いていた。


 もちろんあたしも参加を表明したけれど、司馬王には考えさせてくださいと言われた。


「この方法で、アルマデルが守っているリフィテルを奪還します。出発は明日の早朝……」


(リフィテル……?)


 その名を聞いて、ふと気付いた。

 アルマーはリフィテル第二皇女の命を救い、今も守りながら戦い続けているということに。


「…………」


 そうだった、と思う。

 つきん、と胸に針のようなものが突き刺さっていた。


 アルマーは、ひとりの女を、守り続けている。


 あたしの心がざわつきはじめた。

 アルマーが敵として存在しているということと同じくらい、受け入れられない。


「……アルマー……」


 すっかり乾いたくちびるで言う。


(もしかして皇女様を……?)


 噂では鳶色の美しい目をしていて、宝石のような笑みを輝かせるという、リフィテル。


 胸のざわつきが、次々と刺してくるような痛みに変わっている。

 リフィテルの傍で笑っているアルマーなど、想像するだけで手が震える。


 そう。あたしはもう、こんなにも彼が好きなのだ。


「………悩むまでもない」


 首を少し傾けて、流れる髪の毛の間に指を通す。


 胸を張り、女の気合を入れる。


 NPCになんか負けていられない。


 あたしは選び放題の皇女様なんかとは違う。

 アルマーしかいないんだから。


「アルマー……」


 どんな手を使っても、あたしは彼を取り返す。




    ◇◆◇◆◇◆◇




 空では大きな積乱雲が、太陽を覆い隠している。

 風は吹いておらず、雲も同じ形でべったりと張り付いたままである。


 再籠城14日目の昼。

 再びやってきたピーチメルバ王国軍の中に王の姿を見つけ、サカキハヤテ王国側は騒然としていた。


 司馬に連れられた百武将は20名弱。

 その他にも今まで同様、遠巻きに城の周りをピーチメルバ王国兵がぎっしりと取り囲んでいる。


「ここも久しぶりですね」


 司馬は穏やかな表情で、鎧を鳴らしながら楽想橋の上を歩く。

 今日は重鎧プレートメイルを着こみ、双剣を腰に差している。


 2つの剣が収められている鞘は、一つが赤熱し、一つが水滴を滴らせるように濡れている。


 いずれも【伝説級】の剣である。

 重鎧一式も小手から板金靴プレートブーツに至るまで霧をまとっており、片方の剣とセットの装備になっていた。


 あまり知られていないが、古代付与魔法師エンチャンターに転職すると、魔術師ながら重装備を身につけることができる。


 さらにアビリティ【デュアルソードマスタリー】を取得すると、なんと双剣までも扱うことができる。


 この職業は攻撃系アビリティが少ないものの、強力な支援魔法バフを自分にかけることで相応レベルの火力職として力を発揮できることが可能なのである。


 特に第八位階にあるとされる【上位攻撃速度上昇】を覚えてからは見違えるように強くなり、パーティプレイではなくてはならぬ存在となる。


「……お前が、アルマデルとやらですか」


 司馬が仮面の男と正面から相対した。

 彼我の距離は35メートル強。


「あいつが司馬さ」


 間を置かずに、仮面の男の背後に居たリフィテルがそっと呟いた。


「……噂通りの姿ですね。私は司馬。ピーチメルバ王国の王。お前からリフィテルを貰い受けに、わざわざ出向いて来ましたよ」


 仮面の男は無言で、リフィテルの前に立ちはだかる。


「渡さない、と言うことですね」 


 司馬は苦笑いすると、リフィテルに視線を移した。


「リフィテル。私はこの国の王になります。圧政と拷問をなくし、この国の民がパンに困らない、幸せな暮らしを約束します。民に信頼された王が立つのです。さあ約束通り、あなたには私の二人目の妻になってもらいます」


「あんなの、約束なんて言わないだろ!」


 突如、リフィテルが激昂する。


「いえ、忘れたとは言わせません。あの時、私は3度も念を押し、あなたは最後に守ると言いました」


「……思い出すだけで吐き気がするよ」


 言葉の通り、リフィテルはその整った美しい顔をしかめた。


「一字一句違えずに言いましょう。『圧政と拷問をなくし、民に平和をもたらしたら、一生アンタのものになってやるよ』ですね」


「……その後、アンタの顔にその火傷の跡がついたんだったね」


 リフィテルが、司馬を指差した。


「なんとでも。ですが約束は約束。成し遂げた私の勝ちです。あれだけ私を相手にしなかったあなたが、この私のものになるなんて、本当に夢のようですよ」


 司馬は取り出した扇子をばさりと開くと、白い歯を見せるようにして笑った。


「民が望むとおり、拷問に処して殺しな」


 リフィテルが吐き捨てるように言う。


「私は王です。世界を変えられるのです。あなたの命ひとつなど、救ってみせますとも」


「………」 


 百武将たちが、ぽかんとして聞いている。

 彼らにとっては、初耳の話であった。


「……さあリフィテル、約束です。いまここで降伏なさい。そこの男と過ごすより、よほど満たされた人生にして差し上げましょう」


「アンタがほしいのは、アタシの上位古代語の能力だろ」


 司馬が片方の口角を一瞬上げて、笑った。


「否定はしません。ですが、あなたと言う美貌を持った人も同じくらい欲しいのですよ。さぁ、今晩にでも私の子を孕ませて差し上げましょう。――こちらにくるのです」


「そろそろやめておけ」


 仮面の男が右手を上げ、司馬の視線を遮る。


「……私の邪魔はしない方が身のためですよ」


 司馬が扇子を優雅に扇ぎながら、仮面の男を睨む。


「去れ」


「…………」


 突然、司馬がくくく、と笑い出した。


「ああ、久しぶりの再会でこんな場面とは……私よりもつらいでしょうか。目隠ししていてよかったですかね。――どう思いますか。リンデル」


 司馬が振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた男が立っていた。


 薄緑のペッタリとした長髪に、重鎧プレートメイル


 仮面の男が、目を細めた。


「ハハッ。おいアルマデル! お前、お姫様にぞっこんなのはわかったが、こいつのことはどうでもいいのか?」


 リンデルがその背に隠していた女を前に引っ張り出す。

 白い布地で目隠しされ、両手を後ろ手に縛られた、銀髪の女性であった。


「……なあシル。シルが熱々になっているあいつだけど、皇女様といちゃいちゃしちゃってるぜ? かわいそうに。やっぱり遊ばれたんだよ」


 リンデルは言葉の言い終わりに、銀髪の女の背中をどんと蹴り飛ばした。


「あうっ」


 女性は手をつくこともできず、石畳に前のめりに倒れこむ。

 そのもつれ方から、足首をも縛られているのが誰の目にも明らかだった。


「シルエラ」


「あ……アルマー……」


 這いつくばった、シルエラと呼ばれた女性は、その声に反応して目隠しされた顔を上げた。

 そのシルエラの背後で、リンデルがすらりと剣を抜き、切っ先を向ける。


「用が済んだら、僕が殺してやる。大丈夫さ。シルのこと愛しているからね。死んだ後も毎日僕が抱き続けてあげるよ。ずっと僕のものさ」


 リンデルはネジがはずれたように笑い出した。


「ご、ごめんなさいアルマー……うっ、あたし……うぅっ」


 シルエラが目隠しの下の頬を濡らし始めた。


「さて。あなたはもう、我らの術中にはまっています」


 司馬が白い髭をしごきながら、仮面の男との距離をゆっくりと詰めてくる。

 直後、場に魔法効果が発動した。


「………」


 仮面の男は無言のまま、表情を変えない。


 発動したのは、最上位沈黙サイレンスであった。

 効果時間5分。解除不能。


「これでもうお前はあの牛を呼べない。覚悟するんだな」


 司馬の背後で狡猾に笑うのは、エディーニであった。


「それだけではありませんよ」


 司馬は取り出した光球を掲げ、魔法の力場を展開する。


 直後、バァァン、という音とともに、白く輝く光のドームが司馬たちを包んだ。

 直径20メートルにも及ぶ、巨大な結界であった。


「【絶対魔法防御アンチマジックシェル】の集団結界です。これであなたの糸攻撃は我々には通じません。たった一人を相手に、戦争用の超希少アイテムを使うことになるとは思いませんでしたが」


 続けて司馬は10メートルにもなる緑の円陣を作りながら、6回に渡る範囲支援魔法エリアバフを次々と味方に入れた。


「――さあ、皆の者。位置につきなさい」


 司馬がその扇子を前に突き出した。




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