第133話 シルエラの驚き4

「しかしあの男はゴッドフィードを含む『チームロザリオ』を全く寄せ付けなかったのだぞ? 並のアビリティ覚醒ではない」


「そうだで。【剪断の手】カミュでなければ、一体誰が百武将一位のゴッドフィードの矢を掴めるっけさ」


 考えが二つに割れているみたい。

 そんななか、司馬王の隣りにいたエディーニくんが手を上げて皆を制した。


「……司馬様の言う通り、カミュなら問答無用で四本腕を出してくるだろう。アルマデルは虎の威を狩りて我らを脅かそうとしているだけだ。それなりに強いのは認めるが、偽物のあいつは2本しか腕がない。あいつはカミュじゃない。直接戦った俺が言うんだ。間違いない」


 エディーニくんが最後をまとめるように言うと、続く声がなくなった。

 一番敵を知っているエディーニくんが言うのだから、それが正しいのだろう。


「まあいずれにしても、『最強の糸使い』であることに変わりありませんがね……」


 司馬王が、顔を扇ぎながら言う。

 髭が送られる風でふわふわと揺れる。


「……ねぇ、カミュってどんなひとなの」


 あたしは、リンデルにだけ聞こえるくらいの声で訊ねる。


「よく知らない。強かった【糸使い】ってことぐらいでさ。別なサーバーだったし」


 耳をほじりながら言ったリンデルを尻目に、あたしを振り返った男がいた。

 背の高いエルフの優男、ピエールだった。


「……第二サーバー出身。アルカナボスを単独撃破した孤高の糸の使い手。第一回サーバー統合PVP大会の覇者。職業【傀儡師】。別名【剪断の手】。存在しているとしたら、間違いなくこの世界最強の男。そして、一番大事なことを言おう。――奴は俺が倒す」


 腰に差している2本の剣を、これみよがしに抜いて見せて、聞いてないことまで言う。


「ふーん」


 どうでもいいような返事を返した。

 ていうかこの人と初めて話した。


(へぇぇ……)


 でもPVP大会の覇者とか、もう想像を絶している。

 ともかく感じ取ったのは、カミュと言う人が異次元な人だということ。


 その時だった。


「――思い出したぞい! 確かそいつは、士官見習いになりたいと言ってワシに挨拶してきた男じゃ!」


 突然、真後ろからヤエモンが広間を揺らすほどに叫んだ。

 その言葉に、司馬王が眉をぴくりと動かしたのが見えた。


(ウザ……)


 顔をしかめて、なんなの、と振り返る。

 このドワーフ、すべてがオーバーで、いちいちうっとうしい。


 見ればヤエモンは、あたしの真後ろ下方で胸を張っていた。

 なにか見られていたような気がして、ひざ上までのフレアスカートの上からお尻を手で隠す。


「何だと? 潜入されていたのか!」


 誰かの咎めるような声。


「……現地で声をかけてきた男じゃから、司馬様の耳に入れるのを忘れておった。黒髪だったかは忘れたが、仮面をつけておったのを覚えておる。確か……シルエラさんの雑用係になっていたはずじゃ」


「え……?」


 思いもかけず、皆が、自分に視線を集中させている。


 司馬王がいつ頃の話です、とヤエモンに問いかけると同時に、あたしは腕をぐい、と横に引っ張られた。


「――シル!? 僕がいない間にそんなことを!?」


 リンデルが緊迫した表情で自分を見ている。


「シルエラさん、本当ですか?」


「シルエラさん!」


「ま、待ってよ……」


 さらに詰め寄ってくる皆に、少し仰け反る。

 いつのまにか、あたしとリンデルをみんなが取り囲む構図になってるし。


 確かにアルマーがあたしのそばからいなくなった頃と、皇女奪還戦が始まった頃はほとんど同じ時期だ。

 ただの偶然でしかないけど。


「あのね! 違うの」


 気持ちを入れ替えるように両手の指で髪を背中に払って、ここぞとばかりにバストアップブラの胸を張る。


「アルマーを雑用係にしてたのは本当だけど、その人とは別人よ」


 言いながら、ここまで自信に満ちて言えることは少ないな、と自分で思う。


「……あ、アルマぁ? なに愛称で呼んでんだよ、今まで雑用係をそんな風に呼んだことなんてなかったじゃないか! おい、シル!」


 あたしの冷たくなった左腕をまたぐいと掴み、リンデルが誰も望んでいない論点にする。


「――やめて。『ただの友達』よ。てかいちいち絡まないで」


 これは嘘だった。

 嫉妬に突き動かされたリンデルの勘こそ、当たっていた。


 少なくともアルマーの前なら、あたしは一口サイズのものを二口で食べるような女になる。

 冷え性でも、素脚で勝負しに行く女になる。


「まさか僕のいない間に、部屋に入れたんじゃないだろうな! あれほど僕が不在の時は男は入れるなと――!」


「……はぁ……」


 人前でまだこんな話を続けるリンデルに、うんざりする。

 暴力が待っていることがわかっていても、もうどうでもいい。


「……ねぇリンデル」


 歪んだ顔を近づけてくる婚約者に向かって、優しい目で微笑みかける。

 それを見たリンデルが、早々に安堵気味の表情を浮かべるのが見えた。


 あたしが誤解だよ、と続けると思ったのだろう。


 そうじゃなかった。


「……もう遅いわ」


「……は?」


 力の抜けた表情を浮かべるリンデル。

 反対に、あたしは艶っぽく微笑む。


 心配している次元が、違う。

 部屋に入れたとか、そんなレベルじゃない。


「あたし、ベッドで抱き合って、もうしちゃった」


 キスまでだけれど。


「………!」


 リンデルが、そのまま凍りついた。


 まぁキスって言っても、唇だけじゃない。

 頬だって、首だって、たくさん口付けしたわ、お馬鹿さん。


 あの人の温かさだって、においだって、忘れないほどに身体に覚えさせた。

 もちろん心は欠片も残らず、あの人に奪われている。


「うわ……まさかの寝取られ? ぷぷ。マジで?」


「しかも、公表されてるし」


「あいたー……リンデル南無」


 せせら笑いが聞こえた。

 司馬王までもが、NTRしに来たのですか、などと言っている。


「なっ……!」


 リンデルは首までも真っ赤にして鼻息を荒くし始める。


「ふふっ」


 あたしの口から、笑い声が漏れた。


 アルマーとなら、別にキス以上のことをしても良かった。

 もし乗っかってくれたら、あたしから股を開いたのに。


「み、みんなの前で、よくもそんなことを……!」


「きゃっ」


 殺気立ったリンデルの声が聞こえたかと思うと、視界がぐあんと揺れた。


 倒れこんでいた。


 足や手に触れるひんやりとした石畳とは対照的に、あたしの左頬が鈍く熱を持ち始める。


 いつもの経験から、ぶたれたのだとわかる。


 それでも、今日は泣いたりはしなかった。

 今のあたしの心には、支えがあるもの。


「………」


 めくれた裾を直した後は、キッと、睨み返す。


「おやめなさい! シルエラさんは今、重要な発言の最中ですよ」


 司馬王の沸騰した声が広間に響いた。


「くっ……」


 上からの命令には弱いリンデルは、それで一旦引き下がったようだった。


 傍に来ていた誰かが、あたしの腕をとって立たせてくれる。

 ガーベラさんだった。


「……お主、あの最強のアルマデルに、抱かれたと申すか」


 皺を寄せ、少し嫉妬の混じったような口調で言ってくる。


 ぷ、と吹き出してしまった。

 いや、ガーベラさんだけじゃない。


 皆の目が、興味津々だった。


(まぁ当たり前かな)


 必死になって倒そうとしている相手が、あたしの雑用係だったと思っているんだから。


 立ち位置を変えて、右側の顔でみんなの視線を受ける。


「マジ誤解ー。てかあたしのところにきたアルマデルは、三下弱虫。一次転職したばかりの鞭使いよ。それこそアルマデル違いよ」


「………」


 ぴたり、とまわりが静まり返った。


「……アルマデル違い?」


 司馬が怖い顔のまま、眉をぴくんと上げた。


 いや、司馬だけじゃない。

 周りの誰ひとりとして、自分を見る目が笑っていなかった。


 どうしてか、わからない。

 でもあたしはめげずに続けた。


「そうよー。だって『三下弱虫』って散々馬鹿にしても何も言い返さなかったし、自分でも弱いって言ってたもの」


 弱虫と、それこそ100回くらい言った気がする。

 悔しかったら、あたしより強くなってみろバーカ、とも言った気がする。


「くすくす」


 困ったように、はいすみません、と言うあの顔を思い出す。


 一度もあたしに反抗しなかった。

 だから、そんなはずがない。


「――確かめましたか?」


 司馬が笑いをこらえきれないあたしに、踏み込んできた。


「……えっ?」


「あなたはその男が本当に弱いか、確かめましたか、と聞いたのです」


 司馬の言葉は、どうしてか力強かった。


「そ、そんなこと……」


 一笑に付そうとする。


 だって、雑用係を文句の一つも言わずにしていた。

 強かったら、そんなことをする必要がない。


 あたしに反抗できないってことは、そういうこと。


「シルエラさん、知らないのですね」


 司馬がため息をついた。


「この世界では、偽名であっても、プレイヤーに同じ名前をつけることは


「え?」


 あたしは、耳を疑う。


「あなたが召し抱えていた男は、アルマデル。我々の前に立ちはだかっているのもアルマデル。名前が同じなら、そういうことです」


「…………」


 鈍器で殴られたような衝撃が、頭の中を駆け抜けた。


「……う、うそ」


 同じ名前を、つけることができない……?

 それの意味するところが、ゆっくりと頭に染み込んでいく。


「……なら、同じ……ひと?」


「当たり前だ」


 あたしの口をついた言葉に、振り返ったピエールが愚か者、と言わんばかりの視線を向けながら、答えた。


「あなたが『三下』と呼ぶ者は」


 司馬王の声が、一段と大きくなる。


龍種ドラゴンと【四凶の罪獣】を従え、たったひとりで鬼神のように城を守っている人物ですよ」


「…………うそ」


 もう立っていられなかった。

 ぺたんと石の床についたお尻から、熱が奪われていく。


「うそ……うそ、うそ……」


「アルマデルと言う名の男は、黒髪で仮面をつけていましたね?」


 司馬王が真っ直ぐに見つめてくる。


「……そ、そうだけど……」


 頷くしかなかった。


「やれやれ、間違いありませんね」


 そう言った司馬は、もうあたしを見ていなかった。


(……あの……アルマーが……?)


 瞬きすら、忘れていた。

 事実を突き付けられても、到底信じられない。


 いや、信じろと言う方が無理だ。


(…… アルマー……? ……本当に、アルマーが……?)


 三下の、弱虫アルマー。

 あたしが馬鹿とか弱虫とかなじっていた、アルマーが。


「………」


 身体がほてって、頬が熱くなってくる。

 息ができないほどに、胸がドキドキと高鳴り始めた。

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