第132話 シルエラの驚き3




 普通はするわけがないと思う。

 婚約が人生において、どれだけ重大な岐路なのか、わかっているつもり。


 あたしはリンデルから商法的に何度も聞かされていた、いわゆる「バフ婚」をした。


 この世界には、【婚約バフ】というものがある。

 婚約することで、互いの持っているバフを相手に永久的にかけることができる。


 それを一義に置いてするのが、「バフ婚」。


 盾系職業のリンデルの持つ婚約バフは【上位HP上昇】。

 魔術師で低いHPに悩まされていた自分は、喉から手が出るほどに欲しかった。


 リンデルの話を聞いた時は、デスゲーム化したのだから、死なないことが第一だと思っていた。


 それにあたしは夜闇で発狂する女だ。

 どうせ男をとっかえひっかえしたところで、自分に向けられる愛情なんて、こんなものだとも思っていた。


 もう誰かに愛されることを諦めてした、婚約。

 あたしの心は、愛情に飢えていることを知っていながら。


 それでも、婚約は、婚約。


(アルマー……)


 だから、あんなことを言った。

 縛られていたから、ああいうふうに運命に任せた。


 次に逢うことがなければ、あの人のことはこのまま忘れるつもりだった。

 愛に飢えた自分を押し殺して、魔術に没頭しながら生きていくつもりだった。


(……)


 人差し指で唇をなぞる。

 あの時の感触が思い出される。


 あの人の温かさが、蘇ってくる。


(アルマー……)


 小さくたたんで引き出しに押し込んだ気持ちが、名前を聞いただけで勝手に引き出しを開けて出てきている。


 あんな素敵なひと、二度と見つからない。

 もし、もう一度逢うことができたなら。


 ――その時は。

 なりふりなんか、かまっていられない。


 別の虫が付いていたって気にしていられない。


「ふむ? アルマデル……その名前、どこかで……」


 その時、背後で誰かがぼそりと言った。

 振りまかれた酒匂で、現実に引き戻される。


 振り返ると、名前は確かヤエモンとか言うドワーフの男の人だった。

 

「そのアルマデルという男はひとりで『チームロザリオ』を圧倒し、あのゴッドフィードですら、何もさせてもらえなかったそうです」


 司馬王の言葉に、再び広間がざわめく。


 司馬王はほかにも信じられないことを口にした。


 アルマーとは別のアルマデルさんは【四凶の罪獣】のみでなく、龍種ドラゴンをも従え、さらには弓を凌ぐ超遠距離から攻撃を仕掛けてくるそうだった。


(なにそれ……)


 その震え上がるほどの強者ぶりに、あたしは閉口していた。


「これだけの腕前を持ちながら、この名を聞いたのは初めてです。それゆえ、既知の何者かが偽名を使って化けている可能性が高いと考えています」


 司馬王が椅子から立ち上がる。


「一番に思いつくのは元第2サーバーの最強の糸の使い手たる――」


「――【剪断の手】カミュ」


 前列の誰かが、割り込んで答えた。


 司馬王がさよう、と、右手であの歴史扇を開いた。

 ぱっと白い羽根が広がる。


 周りの人たちが頷く中、あたしは知らない言葉の羅列に困惑していた。


 最強の糸の使い手? 剪断の手? カミュ? 

 司馬王は、なにか有名な人の名前を出したようだけれど。


 糸……?


 そういえばさっきも言っていた気がする。


 糸。


 古い記憶でもないのに、ここでやっと結びついた。

 目に浮かんでくる、優しかった白い丸い顔。


「……ですが矛盾があります。まずアルマデルと偽ったカミュであれば、カミュの名でも以心伝心の石が繋がるはずです。しかし石は一切繋がりません。つまりカミュとアルマデルは、違う存在を意味しています」


 周りがどよめいた。


「……矛盾はもうひとつ。糸を武器にする【剪断の手】カミュは謎の理由で4本腕になったと言われています。しかし複数回戦った皆の話を洗っても、アルマデルには2本しか腕がない」


「……なるほど」


「奴は違うのか……」


 司馬王の説明に、周りが納得している。


「………?」


 でもあたしはひとり、首を傾げる。

 この話、おかしい。


 糸の使い手の話をしているのはわかる。


 でもどうしてみんな、カミュって言うの。

 しかも4本腕ってなに?


「カジ――」


 カジカさんの間違いじゃないの、全然最強じゃないかもだけど、と言おうとした時、後ろからの声に遮られた。


「運営がデスゲーム化する1か月くらい前に、統計をとっていただろう。糸使い不遇の真っ最中だ。全サーバーを通じて、糸系職業は一人しかいなかったはずだ」


(そうそう、それ)


 後ろの人が、あたしの言いたかったことを口にしてくれた。


 しかし。


「――その通り。それが【剪断の手】カミュ」


 司馬王が、そのまま続けた。


「…………は?」


 呆気にとられる。

 だからなんで?


 なんでカミュ?


 あたしが間違っているの?


 不思議なことに周りの人たちは誰一人として異論がないようで、無言のまま腕を組んで深く頷いたりしている。


 カジカさんの糸使いの話は、よく覚えている。


 ……うん。大きな欠点のあった職業でね。みんな使うのをやめてさ。もうこの世界には俺しかいない。


 初心者相手だからといって、見え透いたことを言う人には思えなかった。


「『以心伝心の石』が繋がらないのは、客観的な証拠エビデンスだ。アルマデルっつー奴がその統計の後に糸を選んで強くなったんじゃないか? そう考えるのが自然だろ」


 黄色のツンツン頭をした五九雨ごくうくんの発言に、司馬王がそうですね、と頷く。


「しかしあの男はゴッドフィードを含む『チームロザリオ』を全く寄せ付けなかったのだぞ? 並のアビリティ覚醒ではない」


「そうだで。【剪断の手】カミュでなければ、一体誰が百武将一位のゴッドフィードの矢を掴めるっけさ」


 考えが二つに割れているみたい。

 そんななか、司馬王の隣りにいたエディーニくんが手を上げて皆を制した。


「……司馬様の言う通り、カミュなら問答無用で四本腕を出してくるだろう。アルマデルは虎の威を狩りて我らを脅かそうとしているだけだ。それなりに強いのは認めるが、偽物のあいつは2本しか腕がない。あいつはカミュじゃない。直接戦った俺が言うんだ。間違いない」


 エディーニくんが最後をまとめるように言うと、続く声がなくなった。

 先日戦い、一番敵を知っているエディーニくんが言うのだから、それが正しいのだろう。

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