第124話 なにで終了?
「ねぇ、毒が」
「俺は自然と治る体質でな」
気にするな、とアルマデルはポッケに優しく微笑む。
ポッケはその笑顔に、どきっとしてしまう。
「失礼したな。最近鳴りを潜めていたから、ちっとはまともになったかと思っていたんだが」
「申し訳ありません。加入させた私が間違っていました。しかし、味方を殺そうとするなど……」
ゴッドフィードに続き、あちょーがポッケに頭を下げた。
ティックヘッドは以前ギルド『KAZU』に在籍していたが、揉めて喧嘩別れし、ここに加入を希望してきた。
うちは慢性的な近接火力不足だっただけに、あちょーも喉から手が出るほど欲しかったのだろう。
最後の印象が悪すぎたのか、死んだとわかっても、なんの気持ちも湧いてこなかった。
と、ふいにお尻が地面から離れた。
「わっ」
身長よりも、高い視点に驚き、とっさに摑まった。
仮面をした男の顔が、すぐ近くにある。
「えっ? え?」
ぐるりと見まわして、気付いた。
なんと念願の、お姫様抱っこされている。
(う、うわぁぁぁ!?)
顔が紅潮していくのがわかる。
「ポッケさん、あんた相当高位の
驚いている暇もなく、アルマデルが目の前で訊ねてくる。
もちろん、こんな近くで大人の男性と話したことはない。
いや、いとこのおじさんとか、おじいちゃんは抜きで。
「あひゃ」
うわ、日本語ですらない。
「折り入って君に頼みたい。――このまま俺に付き合ってくれないか」
アルマデルが自分にしか聞こえないよう、耳元でそっと囁いた。
息が、温かくて、こそばゆい。
「え!? ぼ、ボクと!?」
目が丸くなるとは、こういうことかと思うほどだった。
アルマデルが、そうだよ、と頷いた。
(う、頷いた! 頷いたぁぁ!)
――大事件が起きた。
(つ、つつつ、付き合う……)
こ、告白されてしまった……。大人の男性に。
え、え……? 今の戦いで、好きになっちゃったってこと?
胸が、どくん、どくんと高らかに打ち始める。
(初めて、告白された……)
さっき自分を助けてくれたみたいだったし、孤高に戦っている姿も素敵だったし、なにより強いし……確かにこの人にちょっとトロンと来ているのは事実だった。
しかもお姫様抱っこで、耳元で、囁かれて……。
まさに夢見ていた通りの、最高のシチュエーションでの告白。
――付き合ってくれないか。
(や、やだ……!)
顔が真っ赤になっていく。
でもどうして急に、自分に告白を……?
「………」
男をちらりと見ると、その視線はさっきまでと違い、欲情しているように見えなくもない。
欲情……。
(はっ……まさか)
ひとつ思い当たることがあった。
――そうだ。
さっきでんぐり返しした時に、勝負パンツの【くまさんパンツ】を見られたからだ。
「『チームロザリオ』の仲間たち。この少女を借りたいのだが」
アルマデルは自分を抱いたまま、照れもなく、堂々と話を進め始めた。
(――さ、さっそくお持ち帰り!?)
慌ててアルマデルの顔を見上げる。
仮面のせいでわからないが、欲情が増している様をひしひしと感じる気がした。
「おいおい。どこに連れていく気だ? 言っとくが、こいつ、まだ10歳だぞ」
そう言うゴッドフィードの目は、いやらしい。
どこか、このやりとりを面白がる雰囲気がなくもない。
「歳は関係ない。この人じゃなきゃ無理なんだ」
(うわぁぁ……!)
顔が果てしなく真っ赤になっていく。
決まりだ。
この人、本気で、自分に惚れている。
【くまさんパンツ】、恐るべし。
(どどど、どうしよう……こんなに真っ直ぐに言われたの、初めて……)
さすが、大人の男性の告白。
10歳男児とは、ワケが違う。
アルマデルが再び、あの
「グルォォォ……」
(うわっ)
お尻を焼かれてはたまらないと、お姫様抱っこされながらぴょこんと仰け反ったのを、アルマデルが不思議そうにする。
「……お、おい! 君、まさかそういう趣味なのかい」
じゃばがアルマデルに指を突きつける。
この人もその顔が笑っている。
やだ。いやらしい。
「約束する。明日までかからないと思うが、できるだけ早めにお返ししよう」
(あ、明日!?)
どうしよう。しかもできるだけ早めって何? なにで終了?
ポッケは無意識に、両手で胸を隠した。
(あ、まずい……!)
ポッケは心の中で舌打ちした。
こんな日に限って、お気に入りの【お泊りセットA】は倉庫にしまったままだ。
持ってきているのは【野宿用セットB】だから、替えパンツが弱い。
せめて万能型の【いつでもどこでもセットC】にしておけばよかった。
「おい、10歳を襲ったら犯罪だぞ!?」
「必ずお返しする。――ではな」
自分をお姫様抱っこしたまま、
「ポッケ、ポッケ……! って、攫われてんのに、なに嬉しそうな顔してんだ、お前!」
ゴッドフィードの突っ込みが冴える。
「――駄目ですね、お姫様抱っこされて、すっかりのぼせあがっています」
あちょーが冷静な分析を入れている。
「ち、ちが――ぅわ!」
慌てて否定しようとするが、ぶわりと浮かび上がった感覚に、言葉が途切れた。
「――まぁ、いいか。あの宿で待ってるぞー! 楽しんでこーい!」
巻き起こる風とともに、ゴッドフィードのそんな笑い声が聞こえた。
◇◆◇◆◇◆◇
アルマデルの黒い外套が、耳元でせわしなくはためいている。
ぶわり、ぶわりと空に上がっていく時は、なんとも言えない高揚感があった。
豆粒みたいになったゴッドフィードたちが見えて、正直に言うと優越感を感じた。
一方で、落ちたらどうしようという恐怖感。
(うぅ、思ったより怖い……)
しっかりと、アルマデルの首に手をかけて掴まった。
アルマデルは、まだ自分をお姫様抱っこしてくれている。
この時に、アルマデルの左頸部に大きな古傷があることに気付いた。
フードで隠されているが、頬まで達しているようだ。
(いや、それよりも)
この人の左腕が心配だった。
毒に冒されたまま、手が手袋みたいに腫れ上がっている。
【上位毒】はもう少し進行するから、早めに回復させた方がいいのだけど……。
何度聞いても、ああ、気にしなくていいと軽く返される。
(でも、素敵な時間でし……)
飛行に慣れてきて、意識を外に向けられるようになったのもあるが、ぴったりとくっついていると、人肌がとても温かかった。
きっとハネムーンって、こんな感じなのかな。
目がハートになるって、こういうことなのかな。
しかし幸せな時間はもうすぐ終わろうとしている。
城の空中庭園部分に降りるようだ。
「も、もう一周してほしいでし……」
ポッケはアルマデルの耳元に口を近づけて言った。
ちょっと恥ずかしかったけれど、告白されたんだから、これぐらい言ってもいいはずだ。
「え? あぁ、まあ、いいが……」
彼は驚いたふうながらも、ハッキ、頼めるかと
小柄な
柔らかい風が頬を撫でて行く。
その暖かさに、近づく夏を実感した。
「………」
この人なら、あの秘密の川に連れて行ってもいいかな……などと考えながら、仮面の上から、付き合おうと言ってくれた人の顔をまじまじと見つめていた。
しかし思ったより整っていて、好きな顔ではなかった。
強くて格好良かっただけに、がっかりした。
もう少し崩れていてほしかった。
「……俺の顔に何かついているか?」
「はわ!?」
声をかけられて、ビクンとする。
「そうじろじろと見られると、気分がいいものではないんだが」
そっか。ボクと同じ、照れ屋さんなんだ。
いいや、顔なんて。
ボク、もう虜になってしまっているもの。
◇◆◇◆◇◆◇
城の空中庭園に降りて、アルマデルがそっと石畳に立たせてくれた。
エスコートも丁寧で好感が持てた。
「あ、あの!」
アルマデルが
「ん?」
「……ところで、ぼ……ボクを、どうするつもりでしか?」
両手で、ないわけではないが、あるわけでもない胸元を隠しながら言った。
自分で訊いていて、恥ずかしい。
いや、訊くまでもない。
今は世間一般で言う、『お持ち帰り』された状態である。
覚悟を決めておきたかっただけだ。
一人の女として。
ここの王室の、そのつもりでお掃除されたお部屋に連れて行かれて、「わかってたんだろ?」とか言われて、押し倒されて。
「い、いやぁ……」
頬が熱くなり、ひとりもじもじする。
そういうのも興味がないわけではない。
むしろおませなポッケは早く経験してみたい気もする。
(いや、そういうのよりも)
この世界に来てから、余計に人肌が恋しくなったのが大きいのだった。
誰とも、触れ合っていない。
こんな寂しいこと、なかった。
ぎゅってしてほしい。
すんすん、と自分の身体のにおいをかいだ。
うわ、初めての日なのに、汗かいてるし。
先に湯浴み、させてもらいたい。
ポッケはお泊りセットBから桶を取りだした。
「リフィテルに頼んで、ちょっと空いてる王室でも借りようか。人目につくとまずいんだ」
「う、うん」
それは、当たり前でし。
ボクもイヤでし。
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