第123話 一時休戦


「――アルマデル! 名は、アルマデルでし!」


 男の口元が、歪んだ。


「――でかしたぞポッケ!」


「おおぉ! 」


「お見事です!」


「ポッケちゃんナイス!」


 仲間が背後で沸いた。


「………」


 見ると男は諦めたように手を戻し、攻撃をキャンセルしたようだった。


 ポッケはそのまま尻もちをつき、ずりずりと後ろ向きに下がって絶対魔法防御アンチマジックシェルの効果範囲に逃げ帰る。


「――アサコ! 司馬に伝えろ!」


「わ、わかった! 死なないでよ!」


 アサコの帰還を見送った後、仮面の男に向き合ったゴッドフィードが、ふっと笑った。


「……俺たちの勝ちだ」


「………」


 黙している仮面の男に対し、ゴッドフィードが続ける。


「手を抜いてもらっている間にお前さんの技は全部見たぜ。そして攻略法もポッケが教えてくれた。この情報は司馬に伝えておく」


「確かに甘く見ていたようだ。おかげでこちらにも得るものはあったが」


 驚いたことに、応じた男は笑っていた。


「……なんだと?」


(得るもの?)


 ポッケはキョトンとした。

 そんな自分を、仮面の男がまだ見ている。


「……まあいい。さてアルマデル、ひとまず礼を言わせてもらおう。仲間を殺さないでいてくれて感謝する。ポッケが喚いた時も、待っててくれるとは思わなかったぜ」


 ポッケは、はっとする。

 仮面の男は黙っていた。


「……ここからは不殺への礼だと思ってくれ。これから俺が言うことは独り言だ。絶対に聞くなよ」


 そう言い、ゴッドフィードが短く刈り込まれた黒髪を撫でた。


「……明日、魔物を連れた連中がここにやってくる。城門は破壊され、お前さんもリフィテルもその魔物に喰い殺されることだろう。夜が明けたら、さっきの小さな龍種ドラゴンで、さっさと逃げておけ」


「独り言になってないな」


 男が小さく笑ったようだった。


「お前さん、敵ながらあっぱれな奴だよ。皇女を守ろうとする心意気に打たれて、言葉もない」


 ゴッドフィードが、にかっと白い歯を見せていた。


「……待て待て。逃がす必要なんかねえ。こいつ、ここで殺してやんよ」


 やっと足元が自由になったティックヘッドが、言いながらポッケの背後にすっと寄ってきた。


「なに」


「きゃっ!?」


 振り返るゴッドフィードと、ポッケの悲鳴はほぼ同時だった。


 ポッケの首に汗臭い腕が巻き付いた。

 目の前でティックヘッドのひじがV字になっている。


 急に息ができなくなった。


【接敵状態】で用いる修道僧モンクの技、【裸締はだかじめ】である。


 じたばたするポッケの足が、地面から離れた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「うぅっ……」


 首から上が紅潮していくのが自分でわかった。


「おいてめぇ、不殺ふさつを気取ってるんだろ? そんなら見ろよ。このかわいいポッケちゃん、お前が動いたら、俺が殺すぞ?」


 ポッケの顔を覗き込んだティックヘッドが狡猾に笑っている。

 

「ティック、馬鹿か! 何してんだよ!?」


「やめなさい! 何を考えているのです!」


 じゃばとあちょーの声質がいつもと全く違った。


「うるせぇ! お前らも動くな! ……お前ら、やり方がきれいすぎるんだよ。この世界はもう、弱肉強食なんだぜ」


 ティックヘッドがポッケの首を腕で絞め上げながら、男に近づいていった。


 このように後衛職が【接敵状態】にされてしまうと、目も当てられない。

 回避や詠唱にペナルティを受けてしまうため何もできなくなる上に、離脱にはレベルや筋力などに基づく抵抗判定をクリアしなくてはならないのである。


 そして、格闘系職業に筋力で勝つのは、魔術師や回復職ヒーラーではまず無理である。


「手を抜くとかカッコつけやがって。俺を舐めてるとこういうことになるんだぜ! ハハハ」


(息が、できない……)


 男は仮面の奥から、無言でこちらを見ている。


「はは、ほら見ろよ! 七面倒くさいことしなくても、簡単に情報を取れる距離まで来たぜ。俺がこいつを殺ってやる。代わりにポッケくらい死んでも十分だろ」


 ティックヘッドは、あっさりと30メートルの境界を超えたようだった。


「おい、お前の使ってる不思議な武器を俺に渡せ。それと、龍種ドラゴンもだ」


 ティックヘッドがポッケを宙吊りにしながらさらに近づいていく。


「動くなよ? 不殺なんだろ? ハハハ……」


 ティックヘッドは一切攻撃を受けることもなく、男のすぐそばまで来たようだった。


「うぅ……」


 呻きが口から漏れる。


(……く、苦しい……)


 手足が勝手に震え始め、目の前がぼんやりと霞み始めた。


「休戦だアルマデル。おい、ティック……お前いい加減にしねぇと、射るぞ」


 ゴッドフィードが低い声を発する。


「へっ、やってみろよ。瞬間でこいつの首、へし折んぞ? ……お前らのやり方がうまくいかなかったからって、邪魔すんな。俺は司馬の命令を遂行しようとしているだけだぜ」


「ううっ……」


 意識がふわふわしてきた。


「へへ、困ってんのかよ? 何か言ってみろよ、この仮面野郎!」


 頭の上で、苛々するような高笑いが聞こえる。

 最後の力で見たアルマデルが、仮面の奥から、自分に目配せしてきた。


「――誤解するな。お前のやり方はうまくいっていない」


 ぼやけた感覚の中で、仮面の男が手を前に伸ばしたのが見えた。


「お? やんのか、て――」


 ティックヘッドの怒声が途切れた。


 その直後、ポッケの首から急に締め付けが消え、落下する感覚とともに足とお尻に衝撃が走った。

 続けて、ドス、という重たい嫌な音が3回。


 だがそんな音など、もうどうでもよかった。

 やっと肺に流れ込んできた、心地よいもの。


「はぁっ! はぁ……けほっ、けほっ」


 四つん這いになりながら、必死に喘いだ。

 涙目になりながら、とにかく息をする。


 やっとの思いで身体を起こし、前を見る。

 そんな潤んだ視界の先には、ティックヘッドが意識を失い、倒れていた。


 腕を落とされ、その背中には矢が2本、深々と突き刺さった状態で。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 

「遅くなって済まない。この距離まで待つ必要があったんだ」


 アルマデルが屈んで、ポッケの肩を柔らかく抱きかかえる。

 そのままの姿勢で、小瓶をそっとポッケの口に添えてきた。


「あ……」


 そこで、この人がティックの腕を切り裂いて助けてくれたのだ、と知った。


「飲んでくれ」


 黒髪が半分ほど隠す銀色の仮面を見てから、恐る恐る手元を見れば、それはHP回復薬ポーションだった。


 ポッケは頷いて、素直に飲んだ。


「んっ……」


 効果はすぐに表れ、霞んでいた視界が鮮明になっていく。


「あ、ありがとでし……?」


 後味が何かいつもより苦い感じがして、飲ませてもらった瓶をもう一度見る。


 そこには刻まれた「Ⅸ」の文字。


 第九位階HP回復薬ポーションである。


「こ、こ……!?」


 仮面に向かって吹き出しそうになり、慌てて手で押さえる。

 

 こんな高価な薬を……!


 第五位階のものが金貨10枚以上で取引されている今、いったいいくらする物なのか、想像もつかない。


「すまねぇ……俺としたことが、ポッケを射ちまうところだった」


 そう言ってこっちを見たゴッドフィードの顔が珍しく青かった。


(射ちまう?)


 意味が分からずきょろきょろする。


「たいしたことはない」


 アルマデルが手を振る。


 そこで、はっと気づく。

 外套を貫いて、アルマデルの左肩に矢が根元まで刺さっていたのだ。


「あっ……!」


 見れば、自分の肩を抱いている左手の指先まで、黒々しく変色してしまっている。

 毒弓ガーネットヴェノムによる【上位毒】の効果である。


「や、矢が……毒が……!」


 ポッケが慌てて言っても、アルマデルはまるで虫刺されのように気にしていない。

 ポッケは急いで〈上位状態異常回復〉を男にかける。


 しかし指の変色は消えず、【上位毒】は解除できなかった。


「あ、あれ?」


 魔法が失敗したのかと思い、もう一度行うが、結果は同じだった。

 これにはゴッドフィードたちも首を捻ったが、誰もその理由はわからなかった。


「それより、この格闘職の男はどうもあんたたちと毛色が違うようだが?」


 アルマデルが自身に話が及ぶのを避けるように、倒れているティックヘッドを指差して言った。


「ねぇ、毒が」


「俺は自然と治る体質でな」


 気にするな、とアルマデルはポッケに優しく微笑む。

 ポッケはその笑顔に、どきっとしてしまう。


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