第122話 でんぐり返し

「どうだ!」


 ゴッドフィードは、このアビリティを獲得しておきながら、対人相手に使ったことは今までにない。


 使って【ダブルショット】までである。

 理由は簡単、この凶悪な三連撃は相手をあっさりと殺めてしまうからである。


 だから魔物相手でしか使わなかった。

 今、放つ気になったのは、相手が格上であることを肌で感じていたからである。


 しかし、仮面の男は体幹を動かすことなく、うるさい虫を払うかの如く、ただ手を振った。


「な……」


 ゴッドフィードが目を見開いた。

 なんと、放った矢は3本とも、その手にあっさりと掴まれてしまっていたのである。


「ば、馬鹿な……」


 ゴッドフィードは到底信じられず、再び矢をつがえる。


 相手の急所を高い確率で射ぬく【クリティカルショット】。

 矢の軌道を隠す【インビジブルショット】。

 最後に【ダブルショット】。


「お、俺の矢が……」


 ゴッドフィードの顔を汗が流れる。

 結果は、仮面の男の手に矢が増えるだけであったのだ。


「全部掴んだでし、あの人……」


「…………」


 ポッケが言ったきり、皆が言葉を失っていた。


 他人の矢ならまだしも、ゴッドフィードの矢を掴んだ人を、ポッケは初めて見た。

 この目で見た後であっても、まだ信じられない。


「あいつ……まさか本当に……」


 あのゴッドフィードが、言葉を発せられなくなっている。


「【剪断の手】かどうかはともかく、これは僕たちじゃ無理そうだ」


 じゃばが半ば諦めたように、肩をすくめる。


「ざけやがって……! 全然活躍できねぇ! ポッケ、おまえが最初にちゃんと働かなかったからだろ!」


 ティックヘッドがポッケを指差し、罵声を浴びせる。


「うぅ、ごめんなさい……」


 責められて、ポッケはしおれた。

 まさか苦手な暗闇にとらわれるとは、思ってもいなかった。


「やめてよティック。あんたいつもそうやって人に当たるけど」


 アサコがうんざりしてティックヘッドを睨んだ。


「あの人の最適攻撃帯ベストレンジで戦わされてるんだわ。あんたが何もできないのはそういうこと」


「……同感だな」


「うんうん。全く同感」


 ゴッドフィードとじゃばが頷く。

 ポッケも言われてみて、ああそうなんだ、と理解する。


 たった一人の相手に、完全に攻撃帯レンジを支配されている現実を。


 他職とのPVPにおいて、勝因に最も影響する因子は好ましい攻撃帯レンジをどちらが長く支配しているかということである。

 しかしひとりが6人相手にそれを強要してくるなど、全く人間技とは思えない。


「相当PVP慣れしてるな、あいつ……想像以上だ」


 ゴッドフィードが顔の汗をしきりに拭う。


「――ポッケさん!」


 そこであちょーが突然叫び、走り出した。

 彼の〈植物の戒めプラントルーツ〉が切れ、一瞬自由になったのだ。


「援護をおねがいします!」


 後衛職ながら、あちょーが覚悟を決めて突っ込んでいく。

 ひとり30メートル以内に入り、得意の〈催眠スリープ〉を決めるつもりのようだ。


 もちろん、それを許さぬとばかりに、仮面の男が動いている。


「わ、わかったでし!」


 ポッケは飛んでくるであろう状態異常を即刻解除すべく、詠唱を始める。

 仮面の男が状態異常を放つのと、ポッケが魔法を飛ばすのはほぼ同時だった。


 しかし仮面の男が一枚うわてだった。

 あちょーの頭を覆う闇は解除できても、同時に付与された〈植物の戒めプラントルーツ〉が効果を発揮し、あちょーを縛り付けたのである。


「……誰ですか薄っぺらいとか言った人は。近づける気がしませんよ」


 あちょーがため息をついた。




 ◇◆◇◆◇◆◇



 

 ひとりと、6人との戦い。


 6人が一方的になぶられている。


 圧倒的な強さだった。

 6人がかりでさえ、名前を知ることすら、かなわない。


 一方、ひとりの方の男が手加減しているのは明らかだった。

 足止めするばかりで、命を削ろうとする攻撃がないのだ。


「ふむ」


 そんな中、男はポッケを見て、時折不思議そうに首を傾げていた。

 〈植物の戒めプラントルーツ〉らしき状態異常が、一度もポッケに発現しないからだろう。


 確かに、この状態異常は自分には効きづらい。

 蛇のダンジョンで拾った、【移動不能耐性上昇(大)】の指輪をつけているからだ。


 それゆえ、実質自由に動けるのは自分だけだ。


「……無理ですね、これは」


 あちょーが一方的な戦況に溜息をつく。


 ポッケも同感だった。


 もはやアサコのかけてくれていた支援魔法バフは失われている。

 ただでさえ勝てない相手を前に、さらにメンバーの動きが鈍化してしまっているのだ。


(でもどうしてだろう)


 ポッケは第四位階MP回復薬ポーションを使用しながら、考え込む。

 男のはただの武器攻撃のはずなのに、効果はまるで魔法なのだ。


 いや、武器攻撃に状態異常の魔法が乗ってくると言った方がいい気がする。

 自分がされた時のことを思い出すと、そんな感じだった。


(……魔法?)


 ポッケは、はっと息を呑んだ。

 逃げることしか考えていなかった頭の中に、ふと光が差したのである。


 だが自分の思いつきを頭に描いていくと、鳥肌が立ってきた。

 うまくいかなかった時、どうなるかわかって怖気が走ったのだ。


「――立ち去れ」


 仮面の男が、静かに言う。

 戦った後のせいか、今はその言葉に強い威圧感を感じる。


「……しかたない、名前は諦めるか」


 結局、百武将一位の男の矢は当たらないどころか、掴む芸当まで見せられる始末。


「予想以上の手練だわ……死者を出さないうちに、退こう。それでも新しい情報はいくつか掴んだでしょ」


「同感だね。調教・召喚部隊で集中攻撃すれば近づけるんじゃないかな」


 アサコの言葉に、じゃばが賛同した。


「サ・ルバル・ハルヴィス・ルーヴ 我は願う。親しき風の力を数多の我が友へ授けよ……」


 アサコの足元を中心にして半径3メートル程度の緑色の【円陣】が、一瞬浮かび上がって消えた。

 一定規格以上の高ランク魔法を詠唱すると、現れるものである。


 【円陣】のサイズは効果範囲ではなく詠唱者の魔力の強さを示し、後に現れる魔法の効果の強さを表している。

 3メートルあれば十分な魔力量と言われ、5メートルを超える【円陣】を放つ者は『大魔道』の二つ名を冒険者ギルドから与えられる。


「〈範囲・風の気流エリア・ウィンドストリーム〉」


 アサコが詠唱したのは半径5メートルの範囲エリア支援魔法バフを入れる上級魔法である。

 個別にかける必要がなく優秀な魔法だが、アサコはまだ最終転職していないため、移動速度上昇をもたらす〈風の気流ウィンドストリーム〉しか範囲支援魔法エリアバフを習得していない。


「さて、逃げるだけならこの魔法だけで十分よね」


「ああ、ありがとう。助かる」


「サンキュー」


 仲間たちは顔つきの変わっていたポッケには気付かず、帰還アイテムの準備を始めた。

 幸い、帰還リコールは〈植物の戒めプラントルーツ〉 を上回る。


(怖いでし……)


 あの男に向かっていくのは、今までで一番怖い。


 自分の手には武器もない。

 持っていたメイスは、先ほど混乱した時に落としたままだ。


(それでも……!)


 ティックヘッドしか言わなかったが、あの時、自分が暗闇に包まれて我を忘れなければ、もっと肉薄できたはずだ。


 不殺を望む敵だったから良かったものの、本来なら誰かが死んでもおかしくないほどの不手際。


(このまま名前を得られずに終われば、自分のせいでし……)


 ポッケはまっすぐに仮面の男を見ながら、覚悟を決めた。

 そんな中、仲間たちが再び〈植物の戒めプラントルーツ〉に掴まれていく。

 

 しかし、それを見てもポッケは男から視線を逸らさなかった。


(来る)


 男がポッケに目を向けてくる。

 今までの戦い方から見て、次に狙われるのは自分である。


 ポッケは男を見るのを止め、眼を閉じて静かに詠唱を始める。


「リルル、ルーハス、セムドーフス。紛れ込む悪しき力を消し去る真実の光よ。正しき姿を照らしだせ……」


 糸が身体に絡んでくる感触。


「〈上位状態異常回復〉」


 その瞬間に合わせて、魔法発動を合わせる。


 取りついてきた闇が、一瞬で洗い流されたようになくなった。

植物の戒めプラントルーツ〉は、指輪が抵抗してくれている。


「……ほう」


 男の感心したような声が聞こえた。


 目を閉じ続けたまま、ポッケは両手を胸の上で重ねた。

 少しでも開いてしまうと、迷いが生じそうだったから。


「リ・イーラス・ラセナ・テリン 我は引き続き誓う。聖なる力の袂を分かつ神のもとに……」


 この魔法は実戦では初めてだった。


 だが、不安はない。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「……ど、どうしたポッケ? 何をしようとしてる?」


「何、その魔法……?」


 帰還しようとしていたゴッドフィードとアサコが振り向き、驚愕する。


 今まで耳にしたことのない、詠唱だった。

 先ほどまで青い顔をしていた少女が今、凛と立って言葉を紡いでいる。


 唐突に、少女の周りに風が立ち騒ぎ始める。

 続けてその足元から真上に放たれる、強烈な蒼色の光。


 スカートの裾がひらひらと舞い上がり、少女の蒼く照らされた太ももがあらわになる。

 蒼風は顔を下から上へと柔らかくなぞり、少女の前髪とおさげをすくいあげていく。


「まさか、魔力が、溢れてるの……?」


 アサコが両手を風除けにしながら、目を細めて見ている。


「ポッケ、どうしたんだい」


「ポッケさん、一体何をするつもりです?」


 じゃばに引き続き、あちょーも疑問の声を上げた。


「……其は力を与えるべし、我が魔力を鏡とする陣に」


 だが、ポッケは目を閉じたまま、淡々と詠唱を続ける。


「―――!」


 次の瞬間、皆が、そして仮面の男までもが、度肝を抜かれた表情を浮かべた。


 ポッケの詠唱に反応して、一瞬浮かび上がり、消えた巨大な赤い【円陣】。

 それは見紛いようのない、なんと離れた仮面の男まで及ぶかというほどの凄まじい大きさだった。


 ――尋常ならざる魔力の証。

 これこそ、百武将随一の回復職ヒーラーと呼ばれるゆえん。


「で、でかい!」


「なんという魔力ですか……!」


 驚愕する仲間達。


「光の鎧は盟約に従い、舞い降りて今こそ我が身を守れ……」


 ポッケを包むのは、いっそう力を増した魔力の風。

 2つのおさげが肩から離れ、舞い踊る。


「………」


 静かに少女が、閉じていた目を開けた。

 その漆黒の瞳が、敵の男を凛として見据える。


 そして周りにいた者達は、ふいに予想外の光景を目にする。

 なんと少女が両手を胸の前で重ねたまま、たたた、と駆け出したのである。


「――害為す魔を撥ね退ける力となりて!」


 走りながらも紡ぎ出される言葉は続き、蒼い風が失われることなく、少女に巻き付く。


「マジか、ポッケ!?」


「……え、『詠唱保持』……!」


 アサコの震える声。


 魔法詠唱は精神が研ぎ澄まされた状態で、流れるように言葉を紡ぎだす必要がある。


 途中で中断したり、決められた動作以外に身体を動かしたりはもってのほか。

 それゆえ詠唱中は無防備になるのが常である。


 これをある程度自在にするのが少女が持つ、第九位階アビリティ【詠唱保持】である。

 慣れれば魔法を保持したままこのように走ったり、騎乗動物に乗ったりすることができる。




 ◇◆◇◆◇◆◇




(これで、乗り越える!)


 風をまといながら、胸元に何かを抱えるようにして、ポッケは30メートル境界に接近していく。

 胸に重ねた手からは高まった魔力を反映し、蒼色の光が漏れ始めている。


 意表を突かれたのだろう。

 男が今までにない素早い動作で腕を伸ばし、足止めしようとする。


 ポッケが両手を突き出したのは、ほぼ同時だった。


 2つのおさげが、生き物のように跳ねた。


「〈絶対魔法防御アンチマジックシェル〉!」


 直後、ドーム状の蒼い光がポッケの周りに降り立つ。


 第九位階の魔法。

 魔法を完全遮断する単体用結界である。


 その表面でばちん、ばちんと光がいくつもはじけた。

 何本も、あの絡みつく糸が襲ってきたのだろう。だが、糸はポッケに届かない。


(うまくいった……!)


 思った通りだ。

 仮面の男の攻撃を、全て撥ね退けた。


 この〈絶対魔法防御アンチマジックシェル〉は地に固定して発動させるものである。


 効果消失は時間経過ではなく、対抗魔法する力を失うまでなので、魔法を受けなければ半永続的に続く。


 今は、男の攻撃を受けてもビクともしていない。

 ポッケの高い魔力に裏打ちされた、厚い魔法の障壁だった。


「……そんな手が……」


 今までひとつも表情を変えなかった男が、放心したように手を止めていた。


 チャンスだった。

 ポッケは瞬きし、相手の情報を参照しようとする。


(あ、あれ……?)


 だが情報ウィンドウが開かない。


 今、この場所が30メートル強。

 目前で止められたのだ。


(まだでし!)


 男をきっ、とにらむ。


 このままでなんて、終わらない。


 この絶対魔法防御アンチマジックシェル領域を出れば、30メートルを割ることができる。


 でも。


 ――怖い。


 この結界を出れば、自分を晒すことになる。

 血も凍るような思いだった。


 それでも、もう情報をとれるのは、自分しかいない。


(――いけ――!)


 前に出ようとする。

 しかしあまりの恐怖心に、脚が震え上がって言うことをきかない。


(ええーい!)


 考えるより先に、上半身が動いていた。

 両手をパーにして、おへそを見る。


 気合のでんぐり返し。


 体育でうまくできたことなど、一度もなかった。

 やっぱりしたたかに背中を打ちつつ、立ち上がる。


 ――出てしまった。


 がくがくする両足を押さえて立ち上がったポッケは、男と目が合った。


 びくんと震え、仰け反った。

 心臓を掴まれたかのように息が詰まる。


 でも、やることは、もう最後の一つ。


 ――瞬き。


 あとは視るだけ。


(――お願い、開いて――!)


 瞬きする。


 反応し、とうとう視界に現れた、プレイヤー情報ウィンドウ。


(視えた――!)


 男が素早くこちらに手をかざしてくる。


 攻撃が来る。

 殺される。


 でも。


 あとはお腹に力を入れて、声にするだけ。


(――間に合って! 早く言葉になって――!)


 喉を振り絞り、叫ぶ。

 どうしてか、目からは、涙があふれ出た。


「――アルマデル! 名は、アルマデルでし!」


 男の口元が、歪んだ。


「――でかしたぞポッケ!」


「おおぉ! 」


「お見事です!」


「ポッケちゃんナイス!」


 仲間が背後で沸いた。


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