第125話 調教・召喚部隊



 魔法の明かりが、頭上から揺らぐことなく照らしている。

 再籠城から8日目、ゴッドフィードたちを追い返した日の夜。


 なお、先程までポッケという蒼色な少女がいたが、とある約束を交わした後はもうこの城を去っている。


「ドラゴンみたいなの?」


「ああ、そうなんだよ。アタシらはこの目で見たのさ」


 暖炉の火に泥炭と薪を入れて、安定してきた火を見つめていると、百武将の中でそんな魔物を従えている者がいる、という話になった。


 予想外だった。

 確かに百武将に紛れ込んだ時、ヤエモンと言うドワーフが仲間に強力な魔物をえた調教師がいる、と言っていた。

 なにか、とは言わなかったが。


 しかしリフィテルに詳しく聞いても、その魔物に前脚があるかは、はっきりしない。

 前脚がなければ、それはワイバーンになり、ドラゴンに比してランクは大きく格下げになる。

 ワイバーンは炎の吐息を吐くこともなく、その鱗の硬度もそう高くないためだ。


(一応警戒しておくべきか……)


 ゴッドフィードが言うには、調教師たちが明日襲撃に来るという。

 実際に真偽は自分の目で確かめるしかないだろう。


 もしドラゴンの【随従調教】にまで成功していれば、非常に厄介になる。

 調教師は龍種ドラゴンの背に乗れるほどに意思疎通がとれていることを意味するからだ。


 自在に炎を吐き、城を破壊し、こちらの兵力を削ぐだろう。

 対抗に洛花を出しても、かなり厳しい戦いになるだろう。


 だが。


(ありえないな)


 俺はその思考を頭から追い出す。


 もし、龍種ドラゴンの背中に乗れるなら、いつでもここに襲来できる。

 今まで籠城を許していたことから、それはない話だ。


(いつも通り、テルモビエをスタンバイさせておいて、相手の動きを見るか)


 いずれにせよ、強敵そうなら、リフィテルを一人で逃がすしかない。


「……くん」


「………」


「アルくん?」


「ああ、ごめん」


 リフィテルが話しかけていたようだ。


「なにか考え事?」


「ああ、一応本物のドラゴンだった時のことも考えておかなければと思ってな」


「本物? 違う可能性が?」


 怪訝そうな顔をするリフィテルに、俺は今考えていたことを説明する。


「……へぇぇ。ワイバーンだとそんなに違うんだね」


「そうそう。……あ」


 そんなふうに納得しているリフィテルの鳶色の髪を見ながら、ふと思い出した。


 ここに来る直前にアルカナボス『愚者』を倒し、その場に落ちたドロップは回収したが、それが明らかに少なかったことだ。


 死神や女教皇と比べると、一割程度しか拾えていない。

 残り、というか大半はダンジョン最奥に積まれているのだろう。


 誰かに踏破される前に、早めに取りに行かなければ。


(そうなると、誰か付き添いを……)


 アルカナダンジョンは道中に二ヶ所、危険な罠が仕掛けてある。

 そのための罠発見、解除役が必要だ。


 死神の時は詩織がいてくれたし、女教皇の時はもう解除済みだったので事欠かなかったが……。


「リフィテル、ちょっと別件で相談なんだが」


【罠発見】、【罠解除】は魔術師アビリティにあったはずなので、リフィテルに訊ねると、その2つの魔法だけがひどく苦手だという。


「苦手とか、魔法にもあるんだな」


 右隣に腰を下ろしたリフィテルが、まあね、と肩をすくめた。

 黒のマーメイドスカートの裾から覗かせるリフィテルの白い肌が暖色に染まっている。


 食事が安定して、リフィテルは以前見たような肌理の細かい肌と、みずみずしさを取り戻していた。


「……どうしてか失敗しちゃうんだよ。でもいいんだ。別に普段使わないし」


「魔法のことは分からないが、練習したらいいんじゃないのか?」


 リフィテルはまたいつぞやのように両手を頭の後ろに組むと、それでもうまくいかないんだよ、と口を尖らせた。




 ◇◆◇◆◇◆◇


 


 空にはアスファルトのようなねずみ色の雲が、べったりと広がっている。

 晩春ながら、まだ冷たい風が吹いていた。


 再籠城9日目の正午。


 グラフェリア城の上を、空飛ぶ竜に乗った仮面の男が、ゆっくりと旋回していた。

 やがて男は何かを見つけ、地上へと降下を始める。


「皆さん、お話した通りお願いします」


 城門内に陣取っている味方兵の前に着陸すると、仮面の男は目にしたことを伝え、次々と指示を出し始める。


「やっぱり来たんだね」


「ああ。聞いた通りだった」


 仮面の男は開けられた城門を背にして立つ。

 その横では、皇女リフィテルが脚を揃えて、竜の背に座っていた。


「アルくん……アタシ、戦いは怖くないよ」


「そうか」


 咲いた花のように、リフィテルは仮面の男を見つめている。


 リフィテルは花の刺繍が入った黒のノースリーブロングドレスを纏っている。

 S級ローブ「アザトンの宴」で、【詠唱加速】と【歌詠唱失敗減少】の効果がある希少品であった。


 そんな彼らの前には、雷を纏いながら悠然と青色の巨人――テルモビエ――が立っている。


 さらに空中庭園にはストーンゴーレム、一見静かな堀の水面の下には、川河童が潜んでいる。


 予想せぬ位置からの奇襲を防ぐためである。


「あ、あれは……悪魔デビル……?」


 やがてリフィテルが目を凝らしながら、楽想橋がくそうばしの先を指差した。


 人よりやや大きい、黒褐色の怪物3体を盾にするようにしながら、集団が向かってきている。


下位魔人レッサーデーモンだな」


 仮面の男が淡々とした様子で答えた。

 大召喚師アークサモナーしか使えぬ、第七位階の召喚魔法で使役する魔物である。


 レベルは60、その凶悪そうな外見に比して、従順で扱いやすいとされる。

 

 戦闘では古代語魔法も駆使し、召喚獣としては今まで手にしたものよりも格段に強くなるため、手にすることでパーティでの召喚師の地位が劇的に上がる魔法であった。


 その三体の悪魔の背後には、百武将が15人もいた。


 いずれもローブをまとっている。


 ひと目で回復職ヒーラーとわかる者が後方に2人。

 錫棒ワンドか鞭を持っている者が13人いたが、仮面の男には、彼らがどのような職業か、おおよそ見当がついていた。


「そこで止まれ」


 仮面の男が無感情に告げる。


 楽想橋の上で向かい合った彼らの距離は、30メートル強。


「……お主がアルマデルという糸使いか」


 女がレッサーデーモンの前に出て、ハリのある声で言った。

 腰までのよれた白い髪を一本に縛っている、老年の女である。




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