第119話 作戦4へ


「はぁ? 今頃リフィテルひとりをかよ、この偽善野郎。じゃあお前、他の奴らは助けなくてよかったのかよ? ……あぁ、わかった。お前、仮面被ってストーカーしてるだけだろ」


 じゃばがいい加減にしろ、と言いながら、ティックヘッドをもう一度座らせる。


 そういうティックヘッドは何ができるのだろう。

 偽善と言われようとも、この男と同じことを出来る人が他に何人いるだろうか。


 体を盾にして自分を必死に守ってくれる男性がいるなんて、皇女はどれだけ心強いだろうと場にそぐわない変な羨ましさも感じる。


「ところで、お前たちがギルド『チームロザリオ』か」


 男が話を変えた。


 あの飛来した時にやられたのだろうか。

 プレイヤー情報が、一方的に参照されている。


「あんたたちのことは知っている。ルミナレスカカオの蛇退治をしてくれたギルドだったろう」


「俺たちを知っているのか。……光栄だな」


 笑ってみせるゴッドフィードの顎には、大粒の汗が光っている。


「会うことがあれば礼を言いたかった。大事な友人が愛する街だからな」


「………」


 ポッケがはっとする。

 ここにきて、予想外に男が好感触なことを言っているのだった。


「友人? そうか。それはよかった。俺たちもあの街は好きだぜ。サイコーだよな」


「遺跡がいっぱいあるのでね。私たちもあそこを拠点にして活動していたのですよ。今はいろいろあって、司馬に仕えていますけれどね」


 ここぞとばかりに、あちょーが流れをくむ。


「い、いい街よね! おいしいお店もいっぱいあるし」


 アサコも割って入る。


「大きくて食べきれない、おすすめのサンドイッチ屋があるよ。ランチに最高なんだ」


 じゃばも兜を外し、屈託のない笑顔で話題に入り込む。


 じゃばはティックヘッドと違って、みんなに優しく、裏表がない。

 そんな彼は『チームロザリオ』のサブリーダーで、初心者担当係をしている。


「ぼ、ボクも!」


 ポッケもなにか言わねばと立ち上がり、会話に参加しようと前のめりになる。


「………」


 男がふと、ポッケに目を向ける。

 なぜかそれに気づいただけで、顔がかぁぁ、と赤くなった。


「ボクもランチに最高でし!」


「………」


 メンバーが、は? という顔を向けてくる。


 意味不明なことを言ってしまった。

 自分はデザートか。


 男はスルーしてくれたのか、無言だった。

 起立している意味も分からなくなり、すごすごと体育座りに戻った。


「……そうだな。その友人とやらも交えて、一緒に酒でもどうだ? あの街なら夜もいい店知ってるぜ」


 ゴッドフィードがなぁ、と言いながら振り返り、歯を見せて笑っている。

 悪くないと思っている顔だ。


「それも一興か。果実酒のうまい店を頼む。――さて」


 男はふと遠くを見たかと思うと、信じられないことに、笑っていた。


「それであんたたちは退くのか、戦うのかどっちだ? できれば戦いたくないが」


 男は相変わらず武器を取り出さない。


「俺たちは、国にあんたの情報を持って帰らなければならない。職業と名前を教えてくれないか。そうしたら素直に帰ろう」


 戦わずして30メートル以内に近づくのはもう無理と考えていいだろう。


 ゴッドフィードは素直にこちらの欲しいものを口にした。

 今の悪くない空気も、絶好のタイミングだったと思う。


 これがダメなら作戦4だろう。


「あと1週間もしたら、教えても構わないのだがな」


「……1週間? どういう意味だ」


「それから、もうひとつ、こちらから情報をやろう」


 男はこちらの質問に答えるつもりがないようだ。


「情報?」


「『リンデル』と言う男が百武将にいるだろう」


 真っ直ぐにこちらを見てくる男に、表情で読まれないよう、皆が男から視線を逸らした。


「もしいたとしたら、どうする」


 ゴッドフィードはあえてぼかした言い方をする。


「――そいつには大きな借りがある。ぜひ礼をしたい。そいつになら、もっと情報を出してやってもいい」


 言葉とは裏腹に、男の声は冷たいものに変わっていた。


「……つまり、今の俺たちには、何も教えてもらえないのか」


「そういうことだ」


  前に座っていたゴッドフィードが、背中に回した手で合図を送ってくる。


 『作戦4』だ。


 情報参照のためだけの戦いの指示だ。

 皆が立ち上がり、慣れた形で陣形が決まる。


「来たれ光の鎧、魔法の翼……」


 亜沙子が、支援魔法バフをかけ始める。


「……あんたが破格の強さだってことは聞いている。だが俺たちを一人たりとも30メートル以内に寄せつけないってのは、さすがに無理だと思うぜ?」


 ゴッドフィードが自信ありげな笑みを浮かべて立ち上がる。仲間がそれに倣う様に立ち上がり、陣形を取る。


 先頭じゃば、その後ろにティックヘッド、その後ろにポッケ。

 ポッケの後ろに亜沙子。そしてポッケの両隣りにあちょーとゴッドフィードが立つ。


 ポッケを中心に据えた、逆ロザリオ型。

 貧弱なポッケを皆で守るのが最善かつ最強であることを、幾多の戦いを経て知っていた。


「しつこいようだが、命の保証はしかねるぞ」


 男の声が低い。

 その下で再び龍種ドラゴンが口をカッと開いて威嚇する。


「しかし、6対1でよくビビらずに立ってられるよな。尊敬するぜ」


 ポッケの隣で弓を取り出し、矢をつがえるゴッドフィード。


 蛇のダンジョンで見つけた、『【遺物級】ガーネットヴェノム』という赤いロングボウである。

 特殊な矢を用いなくとも、【上位毒】が付与される弓である。


 百武将1位の男の職業は【闇の狙撃手ダークスナイパー】。

 弓系最終職業で、もう一つの空からの狙撃者エアリアルストライカーよりも一撃一撃が重く設定されている。


「度し難い連中だ」


 男が地上に降り立つと、龍種ドラゴンを騎獣スフィアにしまった。

 てっきり矢面に立たせてくると思っていただけに、仲間が顔を見合わせる。


「……せっかくの龍種ドラゴンを、いいのか」


「必要ない。こいつは戦力外だ」


 ゴッドフィードの言葉にあっさりと頷く仮面の男。

 龍種ドラゴンが戦力外ならば、何が戦力なのだと首を傾げたくなる。


(そうだ、巨人ジャイアントを連れているんだった)


 ポッケは油断なく小ぶりのメイスを握った。

 A級武器、スモールミスリルメイスである。


 巨人ジャイアントが出てきたら、こんな武器では何の役にもたたないだろうが。


(怖いでし……)


 脚がすでに震えているが、名前を見るだけの戦いであることを自分に言い聞かせる。

 そう、本当に殺し合うわけではないのだ。


「やるか」


 そして、ゴッドフィードが空に向けて矢を放った。

 放物線を描き、男の元へ向かう。


 名を知るための戦いが、始まった。




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