第118話 孤高の守り手


「あれ小翼竜フライヤーじゃないわ!」


「信じられません! まさか本物ですか……!」


 いつも冷静なあちょーが、口を開けたままになっている。


 ――小翼竜フライヤーは、炎は吐けない。


 そんなことができるのは、龍種ドラゴンのみ。


「下がれと言っている」


「………」


 男の言葉に、今度は這う這うの体で仲間たちが後退していた。


「……ああ済まなかった。そんなつもりじゃなかったんだ」


 慌てて後退した仲間に目くばせし、ゴッドフィードが『天気だけはいいんだけどな』と言いながら腰を下ろす。


 作戦変更のようだ。

 皆がそれに従い、その場に座りこむ。


 ポッケは最後尾のアサコの隣で、ひらひらしたスカートの裾を抱えるように体育座りをする。

 不安な時はこの座り方が一番だ。


 仮面の男は龍種ドラゴンの背に乗ったままなので、皆が自然と男を見上げる格好になった。


 黒い外套の裾がゆらゆらと揺れている。


 額の汗を拭いながら、ゴッドフィードがアサコを振り向き、目配せしたのがわかった。


 アサコが頷く。

 龍種ドラゴンを従えているなど、とんでもない情報である。


「……ところで教えてくれねーか? お前さんがなぜここでひとりで戦っているのか」


 顔を戻したゴッドフィードが、仮面の男に聞こえるよう大きめの声で話す。

 ゴッドフィードの声は温もりがあって安心する。


 こういう時は心強い。


「話したところで俺になにかメリットでもあるのか」


 対する男は、飄々としている。

 一人であろうと、容易に動じない力強さが窺える。


「……プレイヤー同士だ。殺しあう前に知っておきたいのさ」


 ゴッドフィードの言葉に男は億劫そうに息をつくと、まあいいだろうと呟き、話し始める。


「理由はひとつ。リフィテルを渡したくないだけだ」


 男の口から出た言葉は、予想通りではあった。


「金目当てか? こちらも、かなり持って来ているぞ」


 ゴッドフィードがじゃらじゃらと音を鳴らし、袋から宝石を出して見せるが、仮面の男は小判を見せられた猫のように無反応だった。


「違うか……なら名声か? 司馬様はお前の腕前を買い、『百武将に迎えてもよい』とおっしゃっているが」


 プレイヤーの敵国介入は事前に予想されていた。

 その際はできるだけこのように交渉を設けて、戦いを避けることになっている。


「くだらん」


 ピーチメルバ王国の最上級の扱いは、一笑に付された。


 ポッケは、眉をひそめる。

 富や名誉を求めているのではないなら、純粋にリフィテルを守りたいということ?


 なんのために?


「……わからんな。なぜだ? なぜお前さんはリフィテルを命がけで守ろうとしている?」


 ポッケもこれほどの男が、タダ働きしている理由がわからなかった。

 男は仮面を軽く片手で押さえた後、口を開いた。


「では逆に訊こう。国は落ちた。民も従った。なのに何千も兵を送ってまでリフィテル一人を得んとする理由は何だ? 司馬はなぜそこまでリフィテルにこだわる」


「………」


『チームロザリオ』の面々が押し黙る。


 仮面の男の言うことはもっともだった。

 ポッケも内心疑問だったことである。


『リフィテルは必ず生きたまま連れて戻れ』


 国は落としたのにもかかわらず、司馬は強調している。

 それこそ、耳にタコができるほど。


「……王族の公開拷問をもって、粛清完了としたいんじゃないでしょうか」


 あちょーが、穏やかな言い方で口を挟む。

 的確なタイミングである。


 だが斜め上からやってくる男の言葉は、ひどく鋭利なものだった。


「何のためにだ? 民のためにか? リフィテル一人のために民からできている一般兵をごっそり失ってもまだ送ってくる王が、本当に民を思ってやっていると思うのか」


「………」


 瞬きを、忘れていた。

 誰も、何も言い返せない。


 ふっと後ろから風が吹いて、スカートの裾がひらひらと揺らめいた。


「司馬はリフィテルを別の目的に利用しようとしている。あんたたちにも知らされていない何か、別の理由だ」


「………」


 ポッケは自分が嫌な汗をかいていることに気付いた。


 考えもしなかった。

 ……でもなぜだろう……。


 やけに男の言っていることが的を射ている気がする。

 そう思うと、今まで腑に落ちなかったあれもこれもが、説明できる気がするのだ。


 隣に座っている亜沙子の顔にも、同じことが書いてあった。


「知っての通り、リフィテル第二皇女は清廉潔白な人物だ。俺はなぜあの人が死ななければならないのか、わからなかった。だから守ることにした」


 リフィテル第二皇女は悪政を極めた第一皇子を失脚させたものの、今までの不評判もあって民の心がついていかなかった人物である。

 だとしても、その人となりを否定する者は百武将にもいないだろう。


 恐らくこの男と同じように見ている者が大半だ。


「……おい、お前。自分で何言っちゃってるかわかってんのか? 相手はピーチメルバ王国なんだぜ!? プレイヤー相手じゃねぇんだ。国なんだよ、く、に! たった一人で立ち向かうつもりかよ! 薄っぺらいんだよ、バカ野郎が!」


 ティックヘッドが指示を無視して立ち上がるが、すぐに交渉の最中だよ、じゃばに止められ、座らされる。


「俺一人が薄っぺらいかどうかは、自分たちで確かめるがいい」


 そう言い切った仮面の男に迷いはなかった。


 その立ちはだかる姿が、ポッケにはとてつもなく大きく見えた。

 得体のしれぬ祟りを持つ、不気味なプレイヤー。


 ――魔王。


 そんな言葉が浮かんでくる。

 一介のプレイヤーが、どうやったらこんな恐ろしい方向に、進化を遂げるのだろうか。


 なにが、彼をこんな方向に歪ませたのだろう。


「お前さん、高尚な考えは尊敬できるが、それで自分の命を捨てる気か? デスゲーム化は一時的かもしれないんだぞ? 格好悪くても生き延びていれば、元に戻れるかもしれないんだ」


 ゴッドフィードはわざと動揺を誘うようなことを口にするが、男はまるで動じない。


「リフィテルを殺すためにお前らがここにいるのなら、同じプレイヤーとしてこんなに情けないことはない」


「………」


 男にばっさりと切り捨てられ、ポッケは下を向いた。

 自分が恥ずかしくなっていた。


 ――わかっている。

 リフィテルこそ、悪政の最後の被害者である。


 ポッケは、そもそも、守れるはずがないと思っていた。


 司馬に言われる通り、リフィテルの死は民が望むからどうしようもないことと思っていた。

 普通のプレイヤーなら、踏まれるだろう道端の花のように見過ごすに違いない。


 リフィテルの死を。


 それをあの男は、その身一つで抵抗している。

 まっすぐ信じ続けるその姿があまりに眩しくて、ポッケは男を正視できずにいた。


「………」


 見ればゴッドフィードも舌打ちするのみで、言葉を発せずにいる。


「はぁ? 今頃リフィテルひとりをかよ、この偽善野郎。じゃあお前、他の奴らは助けなくてよかったのかよ? ……あぁ、わかった。お前、仮面被ってストーカーしてるだけだろ」


 じゃばがいい加減にしろ、と言いながら、ティックヘッドをもう一度座らせる。


 そういうティックヘッドは何ができるのだろう。

 偽善と言われようとも、この男と同じことを出来る人が他に何人いるだろうか。


 体を盾にして自分を必死に守ってくれる男性がいるなんて、皇女はどれだけ心強いだろうと場にそぐわない変な羨ましさも感じる。


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