第117話 炎
黄土色の鱗に覆われた、翼を持つ四足動物。
皮膜の張った大きな翼が、力強く風を巻き起こしている。
キーピーズの
「――ど、
それ以外の言葉が、思いつかなかった。
「
じゃばが、立ち竦んだ。
もちろん彼も、相対したことなどないだろう。
「……いえ、違うでしょうね。
そこで、冷静な口調で指摘が割り込む。
あちょーである。
リーダーは続けて、恐れることはありません、と付け加えた。
戦々恐々とした戦闘であっても、司令塔あちょーの一言でパーティが冷静に動けるようになる。
『チームロザリオ』はそういう戦い方をするギルドだった。
そしてそれが、連戦連勝の秘訣だった。
「――はは、とんだお笑い草だぜ!」
あちょーの言葉を聞いたティックヘッドが、打って変わって高笑いをする。
「よっしゃ、いっちょやってやるか!」
「なんでこんなところにいるかはわからねーが」
じゃばとゴッドフィードが見上げる姿勢で、武器を構える。
だがポッケだけは動けなかった。
この戦いは、まずい。
リーダーすら、気付いていない。
「――あちょさん! あちょさん! 戦いはだめでし!」
「ん? どうしてです? あれはただの
ポッケの切羽詰まった声に、首を傾げるあちょー。
「なんでそんな顔してる?」
「ビビる相手じゃないよ」
「どうしたのポッケちゃん?」
ゴッドフィードもじゃばさんも、わかっていない。
アサコさんも、不思議そうな顔をしている。
「――ってるんでし!」
必死に叫んだせいで、声がかすれた。
きょとんとする仲間たち。
「……ん? あんだって?」
ティックヘッドが問い返す。
「――乗ってるんでし!」
「なにがだよ」
「――あの背中に、噂の黒髪の仮面の男が!」
「………な」
聞こえたらしい仲間の顔が、一気に蒼白になった。
◇◆◇◆◇◆◇
幸い、仮面の男は続けて仕掛けてくる気はないようだった。
だか、肝は冷えていた。
あの状態から不意打ちが続いていたら、死者が出たかもしれなかった。
「………」
ポッケはちらりとゴッドフィードに視線を向ける。
ゴッドフィードは息があった様子でポッケの視線に気づくが、即座に小さく首を振る。
彼もまだ、プレイヤー情報を参照できず、射程距離にも入れていないということだ。
彼我の距離はおおよそ35メートルと言ったところか。
「――立ち去れ」
身長の倍くらいの高さで騎獣を羽ばたかせながら、男が言う。
フード付きの外套を被った奥に、銀色の仮面が見えている。
その男を見たとたん、ポッケの体中をぞわりとしたものが駆け抜けた。
(な、なに、あれ……!?)
男に付着する、異質な空気。
「う、うぅ……」
理解した途端、ポッケの歯が勝手にがちがち鳴り出した。
あまりに強大過ぎて、もう逃げることしか考えられない。
そう。
男は、祟りを纏っていた。
「おいおい、1対6だぜ!? 雑魚
全てを無視して、ティックヘッドが距離を詰めようとする。
――殺される。
あの祟りが見えていないのだ。
「た、戦いはだめでし!」
ポッケは取り乱している自分が嫌になるほどだった。
「やめろティック!」
最前線で盾を構えていた
「……ちっ」
しぶしぶ後退するティックヘッド。
「なぁポッケ、やっぱりあいつ相当やばいのか?」
事情の見えないゴッドフィードが、ポッケに訊ねてくる。
「うまくいえないでしが、作戦1だけで撤退する方がいいでし」
これだけ離れていてもわかる。
あの男には、世にも恐ろしい何かが取り憑いている。
いや、それだけではないだろう。
男が騎乗するのは
この場では敵の男に圧倒的な利がある。
「命が惜しくば、去れ」
男が抑揚なく繰り返す。
踏ん張っていないとじりじりと下がってしまうくらいに男が怖いのだが、なぜか今の言葉には殺気が感じられなかった。
歯を食いしばって、恐怖に耐える。
ポッケは涙ぐみそうになりながら、男を見た。
腰に武器は差していないようだ。重鎧は来ていない。
杖を持っていない。
第一感では、やはり調教師か召喚系職業だろうか。
ここでゴッドフィードがポッケに指で合図を出した。
作戦1開始の合図だ。
「……話がしたくて来た。俺たちはプレイヤーだ。まず武器をしまうから信用してくれ」
「話?」
問い返す男を前に、皆が事前に話し合っていたかのように武器をしまう。
この辺はやはり、血の通ったメンバーだと思う。
まずは誰でもいいが、30メートルまで距離を詰める必要がある。
そして仮面の男のプレイヤー情報を開く。
この情報参照が最優先任務。
「……お前さん」
しかし最初から、ゴッドフィードがなにかおかしい。
「どこかで、会ったことがあるか」
いきなりゴッドフィードが予定にないことを訊ねているのに気づき、ポッケは一瞬焦った。
「知らんな」
男の返事に、ゴッドフィードはそうか、とただ頷く。
その後は幸い、いつもの表情に戻っていた。
「……お前さん、リフィテルに雇われたのか?」
ゴッドフィードの質問が始まる。
「あんたたちに用はない。死にたくなければ去れ」
男は質問には答えない。
「……
ゴッドフィードが両手を広げて敵意がないことを示しつつ、何気ない様子でゆっくりと近づいていく。
男は何も言わないが、少し笑ったように見えた。
「……巨人も使うそうだな。お前さん、調教師なんだな?」
ゴッドフィードがさりげなく核心に迫る。
男は答えない。
ゴッドフィードが両手を上げながらゆっくりと近づく。
その距離、33、32、31メートル……。
「止まれ」
男の低くなった声とともに、騎乗している
さっきまで穏やかそうに見えていたその騎獣の顔に、怒りが宿っている。
「下がれ。それ以上は話し合いとはいえ、命を保証しかねる」
男の言葉を裏付けるように、騎獣が圧し潰すほどの威圧感を放つ。
本当に
「なんだ、
ティックヘッドが物怖じせずに嘲りの表情を浮かべると、ふん、と鼻を鳴らした。
だが次の瞬間、その表情が凍りついた。
見ると、見上げる騎獣の口の脇から、吐息とともに何かゆらゆらと揺れるものが漏れ出ているのである。
信じたくないと思っても、これを見間違うはずもない。
――燃え滾る吐息。
「ふ、
じゃばがぎょっとする。
とりもなおさず指摘された、ひとつの誤解。
「あれ
「信じられません! まさか本物ですか……!」
いつも冷静なあちょーが、口を開けたままになっている。
――
そんなことができるのは、
全員の心臓が凍りついた。
「下がれと言っている」
「………」
男の言葉に、今度は這う這うの体で仲間たちが後退していた。
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