第116話 急襲


                                

 蹄の音がポクポクと規則的に響いている。

 日が昇ると、立ち込めていた朝霧が、見通せるほどに晴れてきていた。


 謎の男がリフィテル第二皇女を守り始めてから8日目。


 ボッケとゴッドフィードはサカキハヤテ皇国に向かう旅の途中であった。


 司馬の許可を貰ったので、士官プレイヤーが4人同行している。

 この4人はポッケ、ゴッドフィードとパーティを組み、行動を共にしてきた『チームロザリオ』の面々なので、ポッケも動きがわかっており、やりやすい。


 先陣ドリームチームでの行動が多かったので、この『チームロザリオ』での旅は、それだけでなにか安心する。

 ピエールのような団体行動を乱す人がいないのは、実に良いことだ。


 ちなみに、ゴッドフィードは当初、『一人で行く』とか男前なことを言っていたが、あとでこっそり司馬に付け足したらしく、そんなつもりなど毛頭なかったことを知った。


 きっと手を上げなくても、ポッケは強制的に連行されたに違いない。


(シルエラさんの前だったからってカッコつけて……ばか)


 ゴッドフィードの右後頭部あたりを、突きさすように睨んだ。

 いや、刺さればいい。


「なんだよみんなー、辛気臭せぇ顔しやがってー」


 後ろから声をかけてきたのは紫色の髪を短く刈りこんだ、お調子者の修道僧モンクの男だ。

 ティックヘッドという名で、チームロザリオでは一番の新人だった。


 ちなみに、ポッケはメンバーの中でこの男が唯一苦手だ。

 自分勝手な行動が多い上に、下品な発言が目立つからだ。


 それでもなかなか見つけられなかった近接火力職だし、パーティに貢献しているのは間違いないので、内心で我慢している。


「これからのことさえ忘れられれば、楽しい旅なんだろうけどな」


 林檎を齧った後なので、ゴッドフィードは歯をしーしー言わせながら軽く笑った。


「そうね。いつものような旅だったら、どんなに良かったか」


 その隣で女性がクスリと笑った。

 乗馬しながら、体を前に傾けて馬をいたわるようにその首筋を撫でている。


 アサコという名の支援魔法師バッファーである。

 ウルフカットの黒髪がよく似合うこの人は、狐のような一重の細い目に、左目の下に泣きボクロが特徴。


 この人がゴッドフィードの恋人だ。

 聞けばもう2年にもなる付き合いらしい。

 

「僕も早く百武将になって、忙しい二人にお近づきになりたいなぁ」


 ゴッドフィードの後ろ、自分たちの隣を行くのは、卓越した盾騎士タンクナイトマスター、じゃば。

 その発言の通り、じゃばは百武将ランキング105位で、もう少しで百武将になれる位置にいる。


 タンクをする人間は豪胆なイメージがあったけれど、じゃばさんはすごく温和で優しい言葉づかいをする。

 性格も穏やかだから、もちろん回復魔法ヒールのちょっとしたタイミングミスなどを咎めることもなく、ポッケはそれがとても嬉しくて、この人がタンクならずっと組んでていてもいいな、と思うようになっていた。


「……アサコさんから『ゴッドフィードが浮気してないか』といつも聞かれるんですが、大丈夫ですかねぇ?」


 二人乗りでくっついていたので、その小声が耳に届いた。


 そう聞かれても、答えはイエスか、はいしかない所だと思ったが、


「決まってるだろうが」


 とゴッドフィードはぶっきらぼうに答えた。


 訊ねたのはダークエルフのあちょーという男だ。

『チームロザリオ』の心優しきギルド長で、職業は魔術師マジシャンから派生した魔言葉師マジックキャスターの上位職業である理を知る叫者スペルハウラーだ。


 行動不能を目的とした攻撃に優れ、火力で押し切るような職業ではないため、百武将ランキングは122位だが、【催眠スリープ】の安定性は定評がある。


 最初はすごく変な名前のギルド長、と人格まで疑ってしまったが、実はまともな部類の人だった。

 じゃばさんよりもさらに温厚で、知識をひけらかすところも鼻につかず、ポッケはこの人の話を聞くのが嫌いではない。


 なお、あちょーは装備重量が軽いので、チームロザリオでの活動の際は、ポッケはその後ろに乗せてもらうことが多かった。


 (最近、こうやってあちょーさんの背に乗ったのは、いつだったろう?)


 ポッケは小首をかしげ、人知れずそんなことを思案していた。

 ルミナレスカカオを襲っていた、蛇たちが溢れ出ていたダンジョンの掃討だったかな。


 思い出すと、ダンジョンの中のむっとした苔のニオイが蘇るようだった。


 あれは偶然にも自分たちが一番最初に原因を突き止めた。

 すぐに冒険者ギルドに攻略宣言を出した後、攻略に動いた。


 デスゲーム化していたので、ポッケはずっと脚が震えながらの参加だったのを覚えている。


 入ってみると、古代ダンジョンには珍しくワンフロアで特別複雑な構造はなく、大量の吸血大蛇ブラッディパイソンに、時々ラミアーが湧くダンジョンだった。

 中ボスらしきラミアークィーンを排除し終え、「蛇系モンスターなだけに最後はスキュラかな、嫌だな―」などと、皆でびくびくしていた。


 言うまでもなく、スキュラは非常に厄介な魔物だ。

 高位の古代語魔法を使う本体の他に、下半身の大蛇が6匹、別々に意思を持って行動してくる。

 しかも中距離まで余裕で届くロングリーチである。


 もしその距離内に引っ張られてしまったら、自分が死んだことすら理解できない早さで喰い殺されてしまう。

 噂でしか聞いていないが、冒険者ギルドでは『遭ったら逃げろ』と言われているほどの魔物だった。


 だから『スキュラだったらすぐ退避』の予定で、びくびくしながら入った最奥。


 なんと、なにもいなかった。

 最奥のボス部屋にはただ財宝だけが積まれていて、すでにダンジョンクリアになっており、地上までのゲートが煌々と輝いて出現していた。


 あれから蛇たちの襲来はなくなったと街の人達は喜んでくれたが、自分たちが倒したのは中ボスのラミアークィーンだけだったので、内心複雑だった。


(デスゲーム化の影響だったのでしかね……)


 ボス不在など、聞いたことがなかった。


 そんなことを考えていると、遠くにそびえたつ城が見えてくる。

 つい先日、そばを離れたばかりのグラフェリア城である。


 結局グラフェリア城へは、サカキハヤテ皇国軍を籠城させた日と、その次の日にしか行かなかったのを思い出す。


「さて、まずは休みますかねぇ」


「そうだな」


 誰もがしばらく来ないと思っていた街に着き、あちょーの指示で小休止し、軽く食べ物を腹に入れる。


 不穏な知らせは広まっていないのか、街は相変わらず活気に満ちていた。


「昼まで各自休んでいてください。戸にノックが聞こえたら下で会いましょう」


「はーい」


 早朝からの行動、さらに連日の野宿の疲れもあったので、食べた後は借りた宿で各自仮眠する。


 数時間ほどののち、身支度を整えたメンバーは嫌がる馬を再び出すと、『チームロザリオ』の面々は城のあるその北側に向かって走らせた。

 空には雲一つなく、日は頂点をやや過ぎたところだ。


 北側の門から街を出ると、城へとS字を描くように蛇行した道をしばらく進む。

 防風林らしい針葉樹の壁を越えると、城全体がきれいに見えるようになる。


「よし、予定通り退避されてるな」


「でしね」


 ゴッドフィードの言葉に、ポッケは頷く。


 司馬の指示により、今日は城のそばに配置されていた一般兵たちはいったん後退させてある。

 できるだけ少人数での訪問をアピールするためである。


 蛇行した道を進むと、特徴的な形をした橋が見えてきた。


 有名な楽想橋だ。

 最初はその美しい建築物に感銘を受けたものだが、公開拷問の場所になっていたことを聞いたのちは、見るたび胸が悪くなるのだった。


「さて、ここからは……」


 楽想橋を前にしたあたりで、ゴッドフィードが馬を止め、仲間を振り返る。

 俺とポッケでいいぞ、と言おうとしたのだろう。


 その顔が一瞬、翳った。

 再び日の当たった顔の中で、目が大きく見開いていく。


 不自然なゴッドフィードに気づいたほかのメンバーが、後ろを振り向く。


「ふ、伏せ――!」


 言葉すらままならないうちに、巨大な風の塊が6人を背後から殴りつけた。


「うわぁぁ!?」


 ティックヘッドとじゃばが、馬ごと倒される。


「ヒヒーン!」


 風が通り抜けた後、直撃を逃れた馬たちも狂ったように嘶き、後ろ脚で反り立った。


「……うっ」


 バランスを崩して、ポッケはあちょーとともに馬から落ち、背をしたたかに打って喘いだ。


「な、なんだよ……うわ!」


 そんなポッケの耳に、ティックヘッドの驚愕した声が刺さる。


 だが彼の言葉は、それ以上続かない。


(早く)


 ポッケは呼吸もままならぬまま立ち上がり、めまいがする中でも必死に目を凝らし、あたりを見る。

 こういう唐突なパーティの危機には、回復職ヒーラーがいかに早く状況を理解して動けるかが生存の鍵になることを、ポッケは身にしみて理解していた。


 そして、目に留まったもの。


「……え……?」


 心臓を鷲掴みにされたような感覚が、ポッケを襲った。

 見たことのない生き物が、空中で翼をはためかせながら、こちらを見下ろしていたのだ。


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