第115話 そんな強いわけがない


「どうしたんだい、シル?」


 その隣にいた男が薄緑の髪をかきあげながら微笑む。


 百武将ランキング5位のリンデルだ。

 スタンを巧みに使いこなす卓越した盾騎士タンクナイトマスターで名高い。


 この人がシルエラの婚約相手だ。

 以前からこの2人のペアで任務を任されているのも知っていた。


「最近、仮面コスプレがマイブームなだけ」


 それを聞いたリンデルがハハッと笑うと、シルエラの肩を抱き寄せようとする。


「じゃあ仮面を買って来よう。僕もコスプレ嫌いじゃないよ。むしろ好きさ」


「ちょ、嫌。触んないで」


 こんなとこでイチャイチャが始まった、と思いきや、シルエラの反応は予想の斜め上を行った。


 ……本当に婚約してるの、この二人?


 確かに婚約バフだけを求めて、愛情なく婚約してしまうペアもあるそうだけど……。


「……なんだいシル、僕がいない間に変わったね。寂しすぎてひねくれてるのかい? フッ」


 リンデルがシルエラの頬に息を吹きかけた。


 見ているだけでぞわ、っと鳥肌が立った。


「や・め・て!」


 振り払いながら発せられたシルエラの言葉は、想像以上の大音量だった。


 前にいた人達が、一斉に二人を振り返る。


 見れば司馬も溜息をついて黙っている。

 脚を組み直したその姿が、いい加減にして下さい、と言っていた。


「……ちっ、またヒステリーかよ」


 リンデルの伸ばした手がまごつき、再び自分の髪を搔き上げて終わった。

 咳払いをした司馬が、先を続けた。


「……とにかく、その男が門を守り、近づけないということです。警告に応じず、近づいた一般兵が腕を切り落とされた場面も目撃されています」


「腕を? そいつの武器えものはなんだね」


 ポッケの後ろにいる中年の男が司馬に訊ねた。


「見えない武器で切られたそうです。聞いた感じでは、侍の【居合】ではないかと考えていましたが」


「巨人を従えているということはキーピーズと同じ職だろ? なら、武器は鞭だ」


 司馬の言葉を、最前列の男が否定する。

 黄色い髪をツンツンと立てた男である。


「確かに、事実関係からは調教師と考えるのが妥当ですね。しかし鞭で腕を切り落とすとなると……」


「……む、鞭?」


 シルエラが突然、素っ頓狂な声を上げた。


 周りの男たちがシルエラを振り返る。

 これ幸いとばかりに、花のような彼女を舐め回すように見る男もいた。


「……さっきからどうしたんだいシル」


「どうかしましたか、シルエラさん」


 リンデルと司馬がほぼ同時に問いかける。


 皆の視線が集まるシルエラが、さらさらした銀色の髪を耳にかけながら、じっと何かを考えている。


 と突然、口元に手を当ててぷっと吹き出した。


「アハハ、ナイナイ、そんな強いわけないし」


「だから、なんだいシル」


「んーん。こっちの話。みんな遮ってごめーん」


 リンデルを一瞥もせず、シルエラはやけにニコニコし始めた。

 そのぱっと咲いた笑顔に魅せられたのか、周りの男たちは心なしか嬉しそうだ。


 この人の自分を可愛く見せる技は、すべて『一本』とまではいかないが、少なくとも『技あり』で決まる、とポッケは思う。

 外見も実にさりげなくて、頑張っているように見せないのも狡いくらいにうまい。


 そんなシルエラは、ポッケのよりも細くてすらりとした指を広げて、手を口元に当ててみせた。


「ていうかさー、【遺物級】の鞭とかなら、斬れるのかもね」


 シルエラがごまかすように戻した話だったが、案外司馬は、真顔でそうですねと頷いた。

 

「……その件については、『北斗』や『KAZU』に訊ねておきましょう。さて、情報は大体以上でしょうか。今後の作戦について、考えのある者は手を挙げて教えてくれませんか」


 司馬の声に反応し、すぐに上がった手が3つ。


 一つは喜色満面のピエールである。

 もうひとつの赤茶けた手はキーピーズ。


 しかし司馬は最後の上がった手を扇で指し示し、発言を許可した。


「俺がひとりで行こう」


 男は言った。


 名乗り出たのは、百武将ランキング一位の弓の強者。

 そう。隣のゴッドフィードだった。


 見れば、さっきまでだらしのない顔をしていたくせに、精悍な顔つきになっている。


 こういうの、ずるいと思う。


「聞いた感じ、律儀に不殺にしているような奴だ。礼を欠かなければ会話くらいできると踏んでいる。少人数で行った方が話もしやすいだろう。名前と職業くらい、明らかにしてくる。情報をこちらに出した後、可能ならそのまま俺が討伐してこよう」


 力強い言葉に、周りのプレイヤーたちからおおぉ、という歓声が上がった。


「ゴッド。……確かにその役目はあなたが適任でしょうが……」


「俺は弓職だから、パーティプレイは合わんよ。一人の方が気ままに動ける。30メートルから狙うこともできる。やらせてみてくれないか」


 遠距離火力職は複数在籍しているが、せいぜい25メートルが限界である。ゴッドフィードだけがとび抜けていた。


「……誰か領域帰還エリアリコールは持っていますか? ああ、すみません、ご存知ない方ばかりでしょうかね」


 司馬の訊ねる声に、迷わず手を上げた。


「――よかった。ちょうどいいですね。ポッケさん、あなたは回復職ヒーラーですし、ゴッドに同行してください。その作戦は2人で実行するのなら、許可します」


「の、望むところでし!」


 力強く頷くポッケを、ゴッドフィードが見ている……訳がなかった。


 驚きの眼差しを送っている右斜め前のシルエラさんを意識した姿勢で、さりげなくポーズを決めている最中だった。


(だから、なんで婚約してるひとに……!)


「ぐぎゃ!」


 足を踏んでやった。


「では、キーピーズ」


 次に司馬に指名されたキーピーズが口を開く。


「わい、その男と、同じこと、できる。巨人も、倒せる」


 そう言って、胸を張る。


 確かにキーピーズの劣種レッサーワイバーンなら、一般兵を蹴散らすことはできるだろう。

 同じことはさすがに無理だろうが、キーピーズなら百武将2、3人なら相手取ることができるかもしれない。


「ほう。心強い言葉ですね。劣種レッサーワイバーンはレベル60程度、巨人は種類によりますが……50から60くらいでしょうか。確かに対等な戦いはできそうですね」


「……わい、2体、持ってる」


 キーピーズの言葉に、司馬が目だけで驚いた。


「に、2体? まさか、劣種レッサーワイバーンを、2体か!?」


 誰かの声に静かに頷いたキーピーズを見て、今度は大音量の歓声が上がる。


「1体、十分。だから、出さなかった。2匹とも、65まで、育ってる」


「……そりゃすげぇ! 面白いと思うぜ。召喚獣なら万が一倒されたとしても、リフィテルに利用されない。勢い余ってリフィテルを食い殺さなきゃってとこだけ心配だけど……この際、調教師や召喚職の部隊を作ってみたら面白いぜ!」


 最前列の黄色いツンツン頭が喜色に満ちた表情で叫んだ。


「ほう。それはいい案ですね。確かに倒されても利用されないというのは魅力です」


 死霊魔術ネクロマンシーで不死者となった場合、以前の能力値を引き継ぐのである。


 そのため百武将がリフィテルの前で死ぬと、一旦撤退するよう指示が出ている。


「俺様も参加させろ! 源治の仇だ」


 後方から勢い良く叫んだのは、源治とほとんど同じ顔をした平治だ。


「……いいでしょう。調教師と召喚系職業の百武将を集めて1部隊としましょう。ただし条件があります。男は殺しても構いませんが、リフィテルは決して傷つけないでください」


 そういう司馬の表情には、何の感情も浮かんでいないように見える。

 司馬がリフィテルの生け捕りにこだわっているのは、ここの全員が知っていることだ。


 司馬が次々と名指しして、調教・召喚部隊のメンバーが編成されていく。

 リーダーは大召喚師アークサモナーの年配女性、ガーベラになった。

 ほうれい線が目立つ、あの人だ。


「――ひとりでもいい。俺も行く」


 忘れられていたピエールが勝手に発言するが、適当にあしらわれて終わった。


「ではまずゴッドフィードとポッケさんが出て情報を我々に送る。次に調教・召喚部隊をその男にぶつけましょう。先程名前を呼ばれた百武将は、出発に備えておいて下さい」

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