第120話 超遠距離で


 木々が風に揺られてざわめく中、矢が放たれる。

 

 それが合図のように、【移動速度上昇】を受けたじゃばとティックヘッドが駆け出す。


 射程範囲外であったために、飛んでいった矢は支援魔法バフがあっても命中しにくいはずだった。


 しかし仮面の男は上体を傾げる。

 一瞬前に頭があったその場所を、矢は突き抜けていった。


「ま、躱すよな。そうじゃなきゃ作戦が台無しだ」


 ゴッドフィードがにやり、とする。

 

 事前情報では、仮面の男は特殊な能力を持つ鞭を使う【鞭使い】である。


 作戦では、鞭の攻撃に対しては防御を強化したじゃばが盾役になり、攻撃を凌いでいる間にティックヘッドがサイドに回り込み、プレイヤー情報を開いて見る、というものだった。


 後はそれを伝達係のアサコに伝え、情報戦は終了だ。

 アサコは念の為に帰還リコールし、その場を離れて、以心伝心の石で司馬に情報を出す。


 もし巨人ジャイアントとやらを出してくるなら、ゴッドフィードとあちょーが遠距離から不能化をはかる。

 ポッケはタンク役のじゃばを支援しながら、情報獲得後は即座に領域帰還エリアリコールするのが大きな仕事だ。


 倒すのが狙いではないので、自分を含めたメンバーに、それほど難しい役割はないはずだ。


「……ったく、くだらねぇ! 作戦4かよ!」


 ティックヘッドが走りながら、悪態をつく。

 その両手は軽く握り、いつでも殺意の込めた一撃を振るえるようにしながら。


「30メートルを割るくらい、小学生でもできるだろ……って、おわっ!?」


 しかし、そのティックヘッドが慌てて足を止めた。


 眼前では、ふいに不気味なことが起きていた。

 2人の走り行く先に、うっすらと2つの透き通った人影が浮かび上がったのだ。


「新手か……!?」


 じゃばも足を止め、即座に盾を構える。


 その二つの人影らしきものは、4つの腕のようなものを持っていた。


 次の瞬間。


「――な!?」


「ひぃぃぃぃ!?」


 キラキラしたものがその二人を包んだかと思うと、突然大地から蠢く蔦が突き出て、足を縛りつけた。


 それが終わると、四腕の人影はすぅーっと消えていく。


「……ぷ、〈植物の戒めプラントルーツ〉!?」


 ポッケは無意識のうちに、叫んでいた。


 〈植物の戒めプラントルーツ〉は見ての通り、地面から生えた蔦で足を縛り、移動不能に陥れる魔法で、ポッケのような回復職ヒーラーが使うものである。


「魔法? いや、体が切り裂かれている……。でも物理なら盾をすり抜けるなんて……どういうことだ……?」


 じゃばは無傷の盾を見つめながら、完全に混乱していた。


「あいつ、回復職ヒーラーだ! 〈植物の戒めプラントルーツ〉を使ったぞ!」


 一方のティックヘッドは、拘束されながらも、見破ったとばかりに嬉々としていた。

 そんな得意げなティックヘッドと首を傾げるじゃばは、結局、男の情報を参照できない距離で、見事に止められていた。


「今の……調教獣かしら?」


 アサコは怪訝そうな表情になり、ぬっと現れて消えた人影について、近くのあちょーに訊ねる。


「ふむぅ。攻撃してすぐ消えましたから、召喚とは違いそうですね」


「まさか『分身』か……?」


「そんなアビリティ、許される訳ないわ」


 ゴッドフィードの言葉を、アサコが確信を持って、即座に否定する。

 それはポッケも同感だった。


 『分身』はどの職業の上位アビリティに配置されたとしても、あまりに強力すぎる。

 そのような火力が倍増するアビリティを許せば、ゲームバランスが崩れるからだ。


 しかしゆっくり思案している時間など、なかった。


「――おい、何かしてくるぞ!」


 言いながら、ゴッドフィードがポッケの前に立つ。

 仮面の男が、さっきの人影と同じように両手をゆらりと伸ばしていた。


 ポッケは特に防御の姿勢はとらなかった。

 この距離では最長攻撃帯レンジの弓職でも、届かない。


 十中八九、巨人ジャイアント召喚の準備動作だろう。


「ジャイアントが来るぞ――」


 フロントに居たじゃばも同じことを感じ取り、警告を発していた。

 しかし、そうではなかった。


「――ば、馬鹿な!?」


 ゴッドフィードが血相を変えていた。


「え……?」


 ポッケの目には、信じがたいもの。


 ゴッドフィードの頬に、赤い線が2本入っていた。

 そこから、血がすっと垂れ落ちる。


「なぜ届く!?」


 言う間にも、彼の脚にも蔦ががっしりと巻きついた。


「まさか、30メートル超えの攻撃帯レンジですか……うわっ!」


 驚いている間にも、あちょーにも同じ蔦が巻きつき、不動化を強制される。


「おい、超遠距離火力職だ! 俺より攻撃帯レンジ長いぞ! アサコ、ポッケ、下がれ!」


 ゴッドフィードの声が裏返った。


「……は?」


 ポッケの頭はついていかず、立ち尽くしていた。

 開始数秒で、4人がもう移動不能にされているという現実も、理解できない。


 アサコも同じだったようで、棒立ちしている。

 ポッケを現実に引き戻したのは、自分の肌になにかが絡みつくような感触だった。


(こ、攻撃された……!? こんなに離れてるのに)


 驚いている暇はなかった。

 直後、目の前が黒く塗りつぶされ、すべてが見えなくなったのだ。


「――きゃああー!?」


 アサコの悲鳴が耳に届いている。

 だが、ポッケはそれどころではなかった。


「わああぁぁ!?」


 ポッケの頭は真っ白になっていた。


 暗闇は大の苦手なのだ。

 メイスを落とし、半狂乱になりながらあたりを走り回る。


「ポッケ! 暗闇がぁー!」


「ポッケ、『闇解除』頼む!」


「ポッケさん、お願いします」


 そのうちに仲間たちが次々と回復を求めてくる。

 その声の位置は、ばらばらだった。


 でもそれどころじゃなかった。

 なによりも、闇から抜け出したかった。


「見えないよう! 怖い怖い怖い……!」


 喚きながら走り回ったポッケは、自分の頭を抱え込みながら、しゃがみこんだ。

 

 目を開けても、真っ暗な世界。

 自分は光のない世界に連れてこられてしまったのだ。


「ポッケぇぇ!」


「ポッケ―! 早くしろやコラ! ぐあ」


 急かされれば急かされるほどに、何も考えられない。


 闇はみんながどこにいるか、わからなくする。

 こんな恐ろしい場所で自分を、ひとりにする。


 怖い。


 しゃがみこんだまま、立ち上がれない。


 そんな時。


「――ポッケさん、まず深呼吸をしましょう」


 あちょーリーダーがいつもと変わらぬトーンで物を言う。


「……え?」


「深呼吸ですよ。してみましょう」


「………う、うん」


 言われた通りに大きく息をしてみた。

 そんなのは簡単なことだ。


 だがたったそれだけで慌てさせられていた気持ちがしぼみ、頭が落ち着いてくる。


「ポッケさん。これはただの〈暗闇ダークネス〉 ですよ。〈状態異常回復〉を自分にかけるだけでサクッと消えますよ」


「………」


 あちょーリーダーの、実に落ち着いた物言い。


 それにしても、木の上にでも登ったのだろうか。

 あちょーの声は空から降ってきた感じだった。


「そうよポッケちゃん。 いつもの〈暗闇ダークネス〉 の状態異常よ」


 アサコの声は、なぜか地面の中から上がってくる。

 だが、意味はやっと頭の中に染み込んだ。


(状態異常……)


 今まで後衛で、【暗闇】など受けることがなかったのでわからなかった。

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