第113話 異常事態
「『先陣ドリームチーム』の方々、こちらに参られよ」
そこで、将官のひとりが自分達を呼んだ。
それまで、結局ポッケたちは一時間以上待たされていた。
ポッケ以外の三人は、今さっきまで立ちながら寝ていたくらいである。
司馬は冷酷な表情を湛えるサヴェンヌ王妃とともに、一段高い玉座に悠然と座っている。
四人は司馬の前で跪くと、型通りの挨拶と遅参の謝罪を述べる。
「戻りましたか。遅かったですね」
扇でゆったりと顔を扇ぎながら、司馬は穏やかに答えた。
「サカキハヤテ皇国降伏、リフィテル捕縛と聞いて戻ってきたのですが……グラフェリア城に派兵とはいったいどういうことです?」
リーダーのピエールが、我慢しきれないように質問する。
司馬は表情を変えずに頷くと、静かに口を開いた。
「……詳しい情報が未だ不明ですが、降伏後に一波乱あったようですね。リフィテル捕縛の報の後、なぜか第8部隊は壊滅。捉えたはずのリフィテルは行方不明」
「か、壊滅!? ……2000人が?」
これはさすがに4人とも、言葉を失った。
(最悪の事態になってるでし……)
ポッケは喉が張り付く感じがした。
何が、どうなっているのだろうか。
嘘だと言われたら信じてしまいそうなくらい、受け入れがたい現実。
「……油断のならぬ事態ゆえ、一般部隊第1と情報収集に長けた第2を派兵しました。さらに百武将も派遣しています。数日後にはもう少し詳しい情報が入るでしょう」
司馬の左側にある篝火の中で、ぱちぱちと薪が音が立てた。
「な、なんでだで? どうやったら2000人が、やられるでか……?」
そうそう動じない達夫が、喉から絞り出すように言う。
話している合間にも、司馬の元に内務卿の男が何かを相談にやってくる。
司馬はそれには3日後の午後にしましょう、と小声で返事をして、こちらを振り返った。
「リフィテルが一枚噛んでいるのは間違いないでしょうが、その背後に、不気味な存在を感じています。ですから」
司馬はパチンと音を立てて、扇を畳んだ。
「派遣した10名の百武将は源治を隊長としました。さらに今回は百武将以外にも、『以心伝心の石』を持たせた士官を4人つけました。源治たちには敵の情報を出すことを一番に動いてもらいます。明後日くらいには敵の概要がわかるでしょう」
それから一緒に対策を練ることにしましょう、と司馬は続けた。
源治は先日宴会の席でピエールに絡んできた禿頭の男だ。
人格に少々問題を感じたが、百武将ランキングは29位の
その辺にいるプレイヤーなら、腰を抜かして逃げ出す腕前で、年をとっているせいか、ああ見えても戦場での統率力はある方だと思う。
さらに選ばれた百武将の名を聞けば、他も抜きん出た能力のを持つ者を選りすぐっているようだった。
特に自ら「爆炎の魔術師」を名乗るスタフィーロが加わっているのが大きい。
ランキングは75位ながら、火炎の魔法に加算のある装備で敵を圧倒するだろう。
最悪の事態も想定している。
念押しで、情報を出すだけの士官を4人もつけているのだ。
最悪の事態でなければ、司馬は百武将と合わせ、同じ情報を5回受けることになる。
希少価値の高い『以心伝心の石』を使って。
「一般兵2隊に、一騎当千の百武将10人……」
達夫が言葉に詰まる。
これが司馬の言うように情報を持ち帰るだけの布陣なら、いったいどんな相手なのか、考えるだけで恐ろしい。
50人足らずの、しかも餓死しかけている敵相手に、単純計算で14000もの兵力。
本当にここまでする必要があるのかというほどの布陣と言ってよい。
それだけ司馬がその相手を強敵と見ているとも言えよう。
「司馬様」
ここで司馬にまた、内務卿の使いが耳打ちしている。
司馬は頷くと、持ってきた羊皮紙3枚にざざざ、とサインをする。
小声で明日のパレードは予定通り、とその者に耳打ちしているのが聞こえた。
「俺たちはどうする? なんならすぐ向かってもいいが」
敬語を忘れたピエールが頬に笑みを浮かべている。
強敵が居るのなら戦いたいと、そこに書いてあるのだった。
「先陣ドリームチームの方は今日の祝勝会と明日のパレードに参加してください。サカキハヤテ皇国陥落の報が民に入ってしまいましたので、今更取り消すことができません」
「………」
ピエールは王に向かって舌を鳴らしたが、司馬は気にすることなく、さらに告げた。
「その後は待機し、北のアルカナダンジョンへ向かう準備を進めておいてください。はい、じゃあ商業ギルドの方たち、お呼びして下さい」
「ま、待ってくれ」
ピエールが言い返す間もなく、4人は玉座の間から退出を指示される。
「やれやれ……しっかし、すっげぇ布陣だっけさ」
「4000人の兵と10人の百武将がいたら、適当な街なら落とせるぞ」
追い出されながら、達夫とピエールがぼやく。
ピエールの話は物騒でしかないが、ともかく司馬の布陣が笑ってしまうほど過度だ、と言いたかったのだろう。
しかし彼ら『先陣ドリームチーム』は数日後、緊急会議の場に呼び出される。
そして、その度肝を抜かれることになる。
◇◆◇◆◇◆◇
魔法の光で煌々と照らされる、ピーチメルバ城、玉座の間。
ポッケたちが帰国して、はや5日が経過しようとしている。
窓の外は夜の帳が降りて、季節外れのみぞれがパチパチと窓を叩いている。
ぼんやりとそれを眺めながら、ポッケはふいに道端で育ち始めていたタンポポが気になった。
「集まりましたか」
司馬が厳しい表情で玉座に腰かけている。
今日はその隣で冷たい表情を浮かべるサヴェンヌはいない。
司馬の前には街で待機していた禁軍百武将が集められ、『平時隊列1型』の5列に並んでいる。
いつもならこれだけの百武将が集まれば、無駄話が止まらなくなるのだが、今日は誰も、一言も発しなかった。
のしかかる重々しい空気。
隣にいるゴッドフィードもうつむきがちで、右斜め前、下方をじっと食い入るように見ている。
「――皆さんに集まってもらったのは他でもありません。知恵をお借りしたいのです」
集まったのを確認した司馬は、全員の顔を見るようにしてから、口を開いた。
「先日、ご存知の通り、サカキハヤテ皇国軍に籠城を強いていたソーゼ率いる第8部隊が壊滅しました。その後、選抜された百武将10名と一般部隊第1、第2を追加し、グラフェリア城に向かわせました」
司馬はばさり、と扇を広げる。
その頬がいつもより引き攣って見えるのは、決して気のせいではないだろう。
「これから話すことは士官プレイヤーが伝えてきたものです」
ポッケの背筋に悪寒が走った。
士官プレイヤーとは、あと一歩か二歩及ばず百武将になれずにいるプレイヤーたちのことである。
今回その中から4名派遣されている。
万が一にも百武将が全員倒れ、以心伝心の石を使う者がいなくなった場合を想定して、情報伝達の予備として派遣されていたのである。
その予備が、機能している。
(……まさか)
「源治たち、選抜した百武将がすべて返り討ちにされました。命に別状はないようですが、全員奇声を上げて疎通が取れない状態に陥っているそうです」
司馬が肯定してほしくなかったことを、すらすらと話す。
息を呑む声に続いて、急にがやがやと周囲が騒がしくなる。
「き、奇声……?」
「あの源治が?」
「ミセーユや、スタフィーロもか!?」
「ふむ……失礼を承知で聞くが、一般兵は何をしとったのですか」
司馬に訊ねたのは、ほうれい線の目立つローブ姿の女性である。
「……矢を射たり、投石したりといろいろしたそうですがね。敵は巨人を盾にしていて、びくともしなかったとのことですよ」
「きょ、巨人……!?」
ざわめきが増して、司馬の声すら聞こえないレベルになっている。
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