第111話 のんびりな帰路
(まぁ戦も終わったことだし、いいでしかね……)
ポッケはフリルの付いたスカートの裾を丁寧に押さえて体育座りしたまま、丸い溜息をついた。
ポッケ自身もそんなに急いで帰還する意味を感じていなかった。
ピーチメルバ王国までは馬で3日ほどかかるので、ここからだとあと2日の行程。
(でも、長かったでし。少なくともボクにとっては)
昨日、とうとうサカキハヤテ皇国が滅亡し、長い歴史に終止符を打った。
敗残兵とともにリフィテル第二皇女を捕縛したという報告が百武将に入ったのが、昨日の昼頃。
自分達はともかく、街は今までになく沸いた。
その情報はすぐ司馬に伝えられ、禁軍百武将は次の任務に備えて本国への帰還を命じられた。
もともと降伏後は帰国となるだろうと事前に聞いていたので、百武将のほとんどが第二皇女捕縛の報を待たずに、街を発っていたくらいだった。
考えれば重大な任務違反なのだが、すぐ次の任務で発つことになるため、彼らを心配して待つ人と少しでも長く時間を共にしたかったのかもしれない。
それゆえ命じられてから出発した自分たちは、本当に最後の集団だった。
次の任務は、噂では元サカキハヤテ皇国領の北にあるダンジョン攻略になるだろう。
湖に囲まれた中央に浮いた島に、ダンジョンがあるというのだった。
ギルド『北斗』から高額で買い取ったその情報が、噂通りアルカナダンジョンであれば、攻略は間違いなく熾烈を極める。
百武将からもとうとう死人が出て、自分達
「…………」
寒気がして、自分の二の腕をさする。
パーティプレイヤーが死ぬと、ポッケは自分のせいにしか思えない。
デスゲーム化してからは、ことさらにその不安が胸を締めつけている。
以前野良パーティで、身勝手なプレイヤーが敵集団に突っ込んで、どうにもできずに死なせてしまったことがある。
デスゲーム化していなかったので蘇生できたが、その人は開口一番、こう言った。
――Noob。お前のせいで死んだんだ。
もちろん蘇生に対する感謝はなかった。
その後の狩りは、皆が
その日以来、自己嫌悪が止まらなくなり、もうパーティに参加する気にならなかった。
それ以降ずっと一人でいた自分に、「僕は死にましぇん!」と泣き叫ぶように言いながら、ゴッドフィードがギルドに拾ってくれたのは、しばらく後だった。
何の真似だったのだろう。
ゴッドフィードの隣りにいた美しい女性が、くすくすとずっと笑っていた。
相変わらずゴッドフィードは、ポッケとの約束を守ってくれている。
いや、その最愛の人のために生き抜いているだけかも。
(あまり強くないアルカナだといいでしが……)
アルカナダンジョンには、財宝を守ったアルカナボスが存在している。
22体存在するアルカナボスのうち『Ⅲ女帝』、『Ⅵ恋人』、『Ⅹ運命の輪』、『ⅩⅢ死神』が討伐されていた。
『Ⅲ女帝』に関しては、討伐という言葉が正しいかどうかはわからないが。
先日、連合チームが『Ⅱ女教皇』の討伐に成功した。
攻略難度は低いとされながらも多くの死者を出したが、それでもデスゲーム化した今では、プレイヤーたちの偉業と言われている。
それ以降、ギルド『北斗』はアルカナダンジョン攻略から手を引くと宣言し、しばらく攻略は鳴りを潜めるだろうと言われていた。
しかし、つい昨日のこと。
なんと『0
ちょうどサカキハヤテ皇国が降伏したあたりだっただろうか。
青天の霹靂とも言える、アルカナボス討伐完了アナウンス。
しかも、よりにもよって『0
これには酒場に残って呑んだくれていた百武将たちも、口をぽかんと開けて、呆けていた。
そういうポッケも人のことは言えない。
空っぽのグラスに口をつけたままだったから。
なぜこれほどまでに百武将たちが呆気にとられたのか。
それは、『0
運営が事前公開していた情報によると、姿形は不明だが【
【
【ランダムターゲット】とは、ヘイトルールによらないターゲット設定がなされるという、プレイヤー泣かせの能力である。
これはつまり、
こんな理不尽なボスモンスターはいない。
通常の攻略法が成立しないのだから。
その突拍子もない攻略難度の高さから、最後まで残るだろうと言われていた『0
それが何の前触れもなく昨日、討伐された。
今思い出すだけでも、ポッケは全身の鳥肌が立ってくる。
(……いったいどこの巨大ギルドが動いてたんでしか)
二の腕をさすりながら、淡く光る野営結界の天井を眺める。
その奥には、まだ葉をつけない痩せた木々が透けて見えた。
通常、アルカナボス討伐は、見つけたギルドが「討伐開始宣言」というものを出すことが多い。
自分たちが攻略していますので手を出さないでくださいね、よければ資金提供お願いします、の2点を明示するためだ。
『マゼラン』や『乙女の祈り』では無理だろう。
しかし「討伐開始宣言」はなかった。
ポッケ以外の3人も知らなかったのだから、これは断言していい。
つまり動いていたのは、大規模ギルドではない。
だとすると、女帝の時のように【四凶の罪獣】による討伐なのだろうか。
「考えるほど、わからないでし……ん?」
そんな風にひとりウトウトできずにいると、遠くから蹄の音が聞こえてきた。
音はだんだん大きくなってくる。
ポッケが立ち上がって結界から出ると、ちょうど目の前の街道を馬が土埃を立てて通り過ぎて行った。
そこではっとする。
乗っている男の顔が、まるで血が通っていないように青白く感じたのだ。
「……急使?」
何気なく言うと、達夫が一番に跳ね起きて出てきた。
掴んでいるのは杖とはいえないほど捩れたもの。
【遺物級】罪人タイデルの杖だ。
「紋は見たでか?」
「魚を掴む鳥の紋でし」
それはピーチメルバ王国軍の緊急連絡用のものに違いなかった。
「……なら間違いない。うちの急使だったっけさ」
達夫が不思議そうな顔をして点になりつつある姿に目を凝らしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます