第97話 籠城の姫



 その後、俺はしばらく放置された。


(やれやれ……それなりにやられたな)


 体を見回すと、随所に斬られた傷がある。

 とりわけ急所を防いでいた右腕の傷が比較的深いが、全身で見れば重傷というほどではない。


 血も止まっているので、ひとまず回復薬は使わず、そのままでいることにした。


(しかし金でできた牢とは……噂には聞いていたが)


 俺は格子に触れながら、苦笑する。

 先王か新王かは知らないが、全く共感できない。


(まあ、考えていた流れに近くなった)


 後ろで手錠を掛けられたまま、折の中でどっかりと腰を下ろし、ふと考える。


 この束縛、亞夢と同じだった。

 ふんわりと香る牡丹の花びらが一緒に思い出される。


 彼女は身体が柔らかいから、縛られたまま手を後ろから前に持ってきたりもできるが、それでもずっと10年もこんな生活をしているかと思うと、ぞっとする。


 リフィテルの件で後回しにしてしまったが、亞夢のことも放置などしていられない。

 舌の根治を試して、ほかの呪いからも早く解放したいと考えている。


 まず回復職ヒーラーを見つけて、〈呪い診断ディテクトカース〉を依頼する。


 亞夢は以前と違う。

 少しの間なら静かにしていてくれるはず……。


「この者です」


 そんなことを考えていると、広間の奥からセインとともに白い衣服の女性が歩いてきた。


 20歳を少し過ぎた頃と思われる容姿で、美しい宝石で装飾されたダッカールと呼ばれる髪留めで鳶色の髪を結い上げている。


 ぴったりとした純白のワンピースは裾の長いマーメイド型になっていて、際立ったスタイルの良さが眩しい。


 端整な顔にははっきりとやつれが見てとれるが、透き通った鳶色の瞳が人を惹きつける。

 少々塗り方が厚い気がしたが、ピンクの爪と唇が、王族らしい気品を増している。


 彼女はこの劣悪な環境の中、一輪の花のように清楚な魅力を放っていた。


 紛れもない、リフィテル第二皇女その人である。


 リフィテルは俺を見るとまず言葉もなく、その顔に驚きの色を浮かべた。


「アンタ、名は?」


「カジカ」


「プレイヤーなのかい」


「そうだ」


 俺の言葉に、リフィテルが眉をひそめた。


「それにしては、ずいぶん鈍そうだね」


「戦闘は苦手なんだ」


「あーあ……これじゃ取引にも使えないね」


 リフィテルが小さくため息をついた。


「司馬は取引には乗ってこないだろう。俺はそもそもあんたの敵軍ではないから」


 俺はこの国の近くで帰還リコールを使ってしまい、城の中に出てしまったのだ、ともう一度説明した。


「ふぅん……」


 リフィテルは腕を組み、半信半疑の様子で俺を見ている。


 俺の知っていたリフィテルはこんな口調ではなかった。

 だの、だの言っていたのは、第一皇子の真似だったのかもしれないな、と知る。


「カジカさん。先に言っとくけれど、アンタを殺すつもりはないよ。感謝するんだね。だけど解放までは……そうだね、3日は待ってもらうよ」


「3日後に降伏するということか」


「ふぅん。見た目より知能はありそうだね」


 リフィテルは目を細めて俺を見た。


「カジカさん、ひとつ取引といこうじゃないか。死にたくなければ、持っている食糧をここに並べてみせなよ。そしてアタシが望む時にさっき出した不思議な水を出すんだ。そうだな、少し色をつけようか。金貨でも宝石でも、何か、望む物を言ってみなよ。食糧次第でいくらかくれてやるからさ」


 リフィテルはその整った顔に、威厳に満ちた表情を浮かべている。


(なるほどな)


 彼女は精一杯、上に出ている。


 が、飢えた兵士たちのために喉から手が出るほど欲しいのだろう。

 食糧や水が。


 実は彼女の取引自体が破綻していることも、俺は気づいている。

 別に食糧や水をくれてやらなくてもいい。


 ここの人間が皆で俺にかかってきても、俺を殺すことなどできないし、その気になれば、この牢の中からでも帰還リコールで去ることができるのだ。


 だが――。


「……もし、魂の宝珠があったら欲しい。高位のものであればあるほど助かる」


 俺は熟考したフリだけで口を開いた。


 本気で手に入れようと思って言っているわけではない。

 話の流れ的に、要求した方がそれらしい、というだけだ。


 リフィテルが一瞬、口の端に小さな微笑を浮かべたのを、俺は見逃さなかった。


「……セイン」


「はっ」


「宝物庫を見てきておくれ。魂の宝珠はわかるかい」


「ええ。一度見たことがありますので、わかります」


「じゃあ頼んだよ」


「はっ」


 セインが一人兵士を連れて広間から出ていく。


「……これで交渉成立だね」


 振り返ったリフィテルは、まだ表情を緩めていなかった。


「縄を解いてくれないと、出せないが」


「あぁもう。わかってるよ」


 リフィテルは下級兵に命じて、俺を縛っていた縄を切ってくれた。

 手錠も外される。

 だが相変わらず悪趣味な牢の中だ。


「その腕の傷……ひどいね」


 自由になった俺の右腕を見て、リフィテルが気づく。


「侵入した俺が悪いさ」


 俺は軽く流すと、後は焼くだけになっているオオウサギの肉を取り出して牢の前に置いた。


 その数、58匹分。


 そして、ピーチメルバ王国軍用に他国から運ばれて売られていたキウイとそら豆。

 続けてライ麦パンを山ほど。


 塩と持っていた調味料類もほとんど置いた。


「………」


 リフィテルが表情を変えずに、それを見ている。


「……こ、こんなに!?」


 だが兵士たちはそうはいかない。

 彼らの表情は明るくなり、歓喜し始める。


「うわ、うまそうだ!」


「干してない肉だぞ! 高価な塩も、こんなに……?」


 次々と並んでいく食材に、兵士たちが喜々として駆け寄ってくる。


「たまたま持っていただけだ。あんまりないが」


 俺はリフィテルを見て言った。


 これは嘘だ。

 俺はそのつもりで荷物を調整し、限界まで担いで来たのだ。


「アンタ、見かけ通りの大食いなんだね」


「まあな」


 リフィテルの言葉に、俺はニヤリと笑う。

 ここにきて初めて、カジカの外見が役立ったようだ。


「すぐにこれをみんなに振る舞ってくれ。余った分は管理下に置くように」


「はっ」


 リフィテルが後ろにいた兵に指示すると、兵たちが歓声を上げながら、食糧を運んで行く。


「ついでにこの男にも食事を与えろ。水を出せなくなっては困るからね」


 最後に俺を指さして言った後、リフィテルは背を向けて去って行った。




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