第96話 侵入


 たくさんの本に囲まれたシルエラとの生活が終わり、俺はハッキに乗ってグラフェリア城に跳び込んだ。

 最後に残ったサカキハヤテ皇国の敗残兵と唯一の王族、リフィテル第二皇女が籠城している城だ。


 数日ぶりに出したハッキはタツノオトシゴ(大)に進化しており、巨大な弧を描いてホッピングしながら、俺を苦もなく城の中へ運んでくれた。


 もう少し絵になる入り方がよかったが、今は背に腹は代えられない。


 そこは3階部分に当たる庭園だった。

 磨かれた白い大理石に囲まれ、その名に恥じない装飾で満たされた場所のはずだった。


 高く舞い上がるであろう大噴水は止められ、あたりには倒れたまま転がっている鉄製の白塗りされた椅子。

 壁に沿って整然と配置されていただろう植物は弱って頭を垂れ、葉を広げるのをやめていた。


 物悲しい、閑散とした世界。

 俺はそこでカジカになると、ひっそりと夜明けまで待った。


 曇った夜空が深い蒼から紫色に変わってきた頃。

 階下で人の気配がし始めたので、俺は堂々と石造りの階段に向かい、カジカのまま降りていった。


 以前詩織と話した時、彼女はサカキハヤテ皇国の負け方に違和感を感じていると言っていた。

 城内に内通者でも居るのでは、と話していた彼女の言葉を念頭に置き、アルマデルで最初から動くより、まずはカジカで入ってそういった人物がいないか、調べておきたいと俺は考えていた。


 階段を降りると、そこは大きな広間だった。

 赤い絨毯が敷き詰められ、長テーブルが広間の四隅に配置されている。


(寒いな……)


 城内と言っても外気と同じ温度に感じた。


 この地域の春は雪も残り、まだまだ寒い。

 この時期に、籠城を強いられた苦難の一端を垣間見る思いだった。


 歩いていくと、広間の奥から数人の声がしていた。

 会話の内容から、食事の準備をしているようだ。


 堂々と歩いて行く。

 ここは隠れたりする方が警戒される。


 すると予想通り、食事を運んできた男とばったりと会う。


「うおぉ!? 何だお前!」


 男がトレーを持ったまま、後ずさりする。


 その折に、トレーに乗っている食事が見えた。

 皿は上質なものだが、その上に乗っているのは、小さな芋の欠片に胡麻がふられたものと、親指ほどの干し肉。

 たった、それだけだった。


「敵ではない。プレイヤーだ。帰還リコールを使ったらここに出てしまった」


 俺は両手を上げ、武器を持っていないことをアピールする。


「おい! 敵兵が侵入してきたぞ!」


 男が料理を足元に置くと、俺の話など聞かずに大声で叫んだ。

 気づいた兵士たちがぱらぱらと10人ほど目の前に現れ、俺を取り囲む。


「な、何者……なんだこの巨体は。1人か」


 見るからに痩せ細って活力など見られない兵士たちが、武器だけを持って近寄ってきた。


 いや、もしかしたらもう鎧を背負う体力もないのかもしれない。


「戦うつもりはない。俺は敵ではない」


 俺は抵抗しないという意思表示に、両手をあげて座った。

 だが下級兵たちはあっさり武器を抜いた。


(だめか……)


 やつれた彼らの顔は獲物を見つけた獣のようだった。

 多少なりとも覚悟はしていたが、ため息が出た。


「意味の分からんことを……こいつプレイヤーだぞ。斬っちまえ!」


「おお!」


 目の血走った下級兵たちが武器を閃かせ、俺に襲いかかる。


(やれやれ)


 斬られることにした。

 よたよたと回避らしきことをして、急所だけは避ける。


 白い石畳に鮮血が散り出した、その時だった。


「――どうしたのだ? 何をしておる!」


 下級兵をかき分けて現れたのは、白髪をオールバックにした中年の男。

 重鎧を身にまとい、凧型の盾カイトシールドを背負っている。


 馬車が襲撃を受けた時に皇女を守っていた男だ。


「セイン様、侵入者です!」


「貴様いったいどこから? しかもたった一人で乗りこんでくるとは」


 男は背にしていた盾だけを手にとった。

 たしかにそんな名前だった。


「この男、プレイヤーだそうです。敵国の百武将やもしれませぬ!」


「敵じゃない。帰還アイテムを使ったら、ここに出現しちまっただけだ」


 俺は額から流れる血を袖で拭いながら、淡々と答えた。


「ふむ。プレイヤーか」


「ああ」


 俺はセインを見た。

 しばし無言のまま、俺達は視線をぶつけ合う。


「……皆、武器を下ろせ」


 セインが一歩前に出て、下級兵たちを制する。


「せ、セイン様!? ……しかし」


 まだ納得のいかない下級兵たち。


「……恐らくこ奴の言うことは本当であろう」


 セインが俺を見ながら言った。


「奴らは我々が降伏するしかない今の状況を知っている。ただ寝て待っていれば数日後に皇女も手に入るのだ。わざわざ侵入してくる理由がない。しかもひとりでのこのこやってくるなど、愚の骨頂」


 その一言で、周りのざわめきが消えた。


「しかしプレイヤーにしては、随分と弱そうな奴だな……」


 セインがじろじろと俺を見ている。


「逃してくれるなら」


 セインの言葉は気にせず、俺は用意しておいた話の方向へと舵をきる。


「持っている水や食糧をあるだけ置いていく。それでどうだ?」


「………」


 俺の言葉に、急にセインではなく、まわりにいた下級兵が反応した。

 見れば彼らの唇はからからに乾き、衰弱している様子がはっきりと見てとれた。


「お、お前ひとりが持っている水や食糧など、たかが知れて……」


 下級兵の一人が、強がるように言った。

 俺は首を横に振る。


「こんなのもあるが」


 俺は頬を流れる血を拭いながら、かつて高額課金ガチャで以前手に入れたアイテム『異空間の滝』をひとつ取り出して見せた。


 これは帰属アイテムだが、望む場所に15分間飲用できる水の滝を発生させることができる。


 ごく小さなものだが、15分間汲み続ければ100リットルは確保できる水の量が流れ続ける。


「おお……、み、水だ! 透き通っている!」


「ま、まて! 何かの罠かも知れぬ。こんなところにいきなり現れて……」


 下級兵たちが突然のことに戸惑う。

 そのうちに、我慢できなくなった下級兵の一人が現れた小さな滝に顔を突っ込んで、水をごくごく飲み始めた。


「う、うまい! 本物の水だ! すごいぞ!」


「ど、どけ! 俺にもよこせ!」


「おい、桶だ! 桶をたくさん持ってこい!」


 俺のことなどそっちのけになり、異空間の滝の周りに兵が集まりだした。


「……どういうことだ、これは」


 セインが目を見開いている。


「プレイヤーだけが使えるアイテムだ。俺はまだこれを4つ出せる。全部あんたたちのために使おう。しつこいが食糧もある」


 そう言って俺はさっき買い漁ったウサギやパンなどを並べて見せた。

 勘のいい者がいれば、意図して買っておいたのがわかったかもしれないが、まあいい。


「……貴様、一体どこから取り出しておるのだ?」


「だからプレイヤーだって言ってるだろう。迷惑をかけた代わりだ。食糧と水を差し出すから、見逃してくれないか」


 やっと考えていた流れに乗った気がした。


「…………」


 兵士たちがさっきとは違う目で、俺を見ている。


「……こいつをうまく使えば、数日は食事に困らぬ。もしや、籠城も続けられるやもしれぬ」


 セインが振り返って下級兵たちに言い聞かせた。


「貴様。水や食糧はまだ出せると言ったな……?」


「ああ。出せる」


 セインが俺の待っていた言葉を口にした。


「よし、こいつに縄をかけ、そこの拷問部屋に入れろ」


「はっ」


 下級兵たちが喜々として俺を取り押さえにかかる。


「………」


 俺は眉をひそめた。

 さすがに拷問は予想してなかった。


「安心しろ。過去の遺物だ。リフィテル様は拷問を好まれない」


 動じた俺を見て、セインが笑った。


 やはり情報通り第二皇女が指揮を執っているらしい。


 そして俺は両手を後ろに縛られ、広間の隅にある金色の牢に入れられた。

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