第90話 再会
女性は黄色いAライン型のワンピースにヘルラビットの毛皮を羽織っている。
ヒラヒラしたスカートの裾から見える膝と脛はすらりと伸びていて、黒いタイツで覆われていた。
胸がどくんと大きく跳ねた。
「ああ、どうぞどうぞ。シルエラ様の召使いなら、こ奴も本望じゃろう。一次転職を済ませたばかりの鞭使いじゃが、よろしいので?」
「荷物持ちと食事係にしか使わないからいい。名前は、アルマデル? よろしくね」
「お主、よかったのう。シルエラ様の直属がちょうどいなくなったところで」
つい目を奪われていた。
いつもローブ姿ばかり見ていたからだ。
だから、ドワーフの男の顔が引き攣っていたことには、気付かなかった。
「挨拶ゼロ運動中? ま、どうせ聞いてもすぐいなくなるかぁ」
またもシルエラの言葉が耳を抜けていく。
「おい、アルマデル! 最初からボケっとするでない」
ヤエモンの怒鳴り声に、俺はやっと正気を取り戻した。
「は、申し訳ありません。はじめまして。アルマデルと申します。これをお持ちすれば?」
「よかったー耳腐ってるかと思った」
さっそく温かさのないことを言うシルエラ。
だが、気にしていられない。
気を取り直した俺はシルエラから本を受け取る。
ずしりと来る重たい本ばかり。
この一冊一冊がいくらするのか、聞く気もしなかった。
「ていうかあんた見かけによらず締まってるねー」
シルエラがローブの上から俺の二の腕を確かめるように掴んでくる。
よし、大丈夫と勝手に呟くと、これと、これと、これもーと本をずんずん積み重ねていく。
別に重くないが、高レベルがバレると厄介なので重たいフリを始める。
「し、シルエラ様……そろそろ……」
「だよねー」
でもリンデルよか持ててるかなー、と独り言のように呟くと高級ホテル内に入っていく。
扉をくぐると、正面に赤い絨毯の敷かれた巨大な階段がT字型を描いている。
シルエラが小気味よくトトト、と駆け上がっていく。
つい上を見上げてしまった俺は、見てしまった。
黄色いスカートの裾がひらひら揺れる奥。
黒いタイツの奥に白いもの。
(何してんだ俺は)
「ここだから」
そう言ってシルエラに案内された部屋は3階にあり、16畳くらいの気品のある部屋だった。
中に入ると、ふわりとミントのような涼しげな香りがした。
見ると広々とした大きな窓が一つ、明るい日差しを入れている。
部屋には黒壇製だろうか、高級そうな机とシングルベッドが置かれていた。
室内は乱雑に置かれた本の山。
ベッドの上すら大小さまざまな本が意味ありげに広げられ、自己主張している。
壁には掛け軸がかけており、その横には使った形跡のない燭台が大小あわせて3つ置かれていた。
本にすらなっていない、羊皮紙が束ねられただけの文献も、ばらまかれたかのように散らかっている。
唯一目の休まる場所は部屋の隅で、一畳程度の大きさの石造りになった部分。
(おお、流せるのか)
見ると小さな排水口がついていた。
そこには水桶が3つ、水が溜まった状態で置かれている。
さすが『北斗』のホテルだ。
それにしても……。
(これが魔術師の部屋か……)
女性の部屋は詩織のしか知らなかったが、予想外だった。
そっちの角に積んどいてー、と指を指され、俺は慎重に足場を選びながら本を積んでいく。
「まだあるから」
シルエラは、あと3往復くらいかなー、と他人事のように言う。
まだあるのか……。
結局本当に3往復して、本運びは終了した。
「すごい量の本ですね」
運び終えた俺はいっそう壮観となった室内を見て呟いた。
「籠城戦になって待つだけの仕事になったから。てか悪いけど、あたし夜食必要な人だから、夜食の準備もアルマーがしてね」
……あ、アルマー?
「わ、わかりました」
「朝昼晩はここの下の料亭の食事を取ってきて、食べ終わったら下げて。湯浴みは朝晩の食後に2回。お湯を下からもらってきて。夜食は調理屋で作って持ってきて。大事なことだからもう一度言うけど、あたし一日4食だから」
うはー、と驚いていると、シルエラが急に俺の顔を覗き込んだ。
「ていうかその顔の傷すごいねー。首元までばっさり? みたいな」
俺の顔に目をやったシルエラが、自分の頬を指ですっぱり切り裂く真似をした。
「ちょっと治療が遅くなったら跡が残ってしまいまして」
「で、何その仮面」
やっと気づいたシルエラ。
そして、自分の言葉をきっかけに表情が険しくなっていく。
「宗教上の理由で、顔をお見せできないだけですが」
「……あんたもしかして」
シルエラの声のトーンが変わる。
「サカキハヤテ皇国が探してたっていう、黒髪の仮面の男?」
俺は出会った時に言われなかったので、てっきり気付かなかったのかと思っていた。
「何かくれるのかと思って行ってみましたが、私ではないと追い返されました。がっかりです」
それを聞いたシルエラがぷっ、と吹き出して笑った。
揺らした肩と一緒に、銀色の髪がふわりと跳ねた。
「なぁーんだ。まあもう探してないからいいけど。そいつ相当な腕の持ち主みたいで、皇国が用心棒に抱えたかったんだって」
「はぁ、用心棒、ですか。……私では無理かな」
「ていうか、その装備何?」
「――ミスリルローブセットです」
「ぷっ。絶対ムリ」
シルエラがまた吹き出した。
続けて、認知妨害する意味あんのーその装備ヤバすぎっ、と語尾がぴょんと勢いづく。
(全然違うなぁ……)
シルエラの話し方に、やはり困惑してしまう。
まあ当たり前か。
ログインしたばかりの当時はこんな慣れた口、きけなかったのだろう。
「C級で買い揃えたばかりですよ」
「だから自慢するレベルの装備じゃないっつー意味」
なかなかこっぴどい言われようである。
少し空気が和んだところで、俺は一番訊ねたかった質問を口にした。
「ところで、失礼かもしれませんが、リンデル様は……」
「よく知ってるねー」
スラリと伸びた人差し指で、シルエラが俺を指差す。
「――お二人とも百武将なんですよね」
確認する俺の声が自然と低くなった。
「あたりまえじゃん。でもリンデルは今はいないよ。フューマントルコまで装備を直しに行ってるから。あと1週間はかかるってさ」
なるほど。
良い鍛冶師に依頼するのならあの国である。
だがそれはつまり……。
(リンデルが向こうで1人になっているということか)
自分の目つきが鋭くなっていくのがわかった。
フューマントルコに出向けば、あいつを始末できる。
シルエラに気づかれることもない。
ありえないくらいの好機だ。
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