第87話 まさかのオ◯◯


「まさかその仮面は……? ほほう。そして、そうか……罪深い獣と不死の姫まで従えている器とは……畏れ入った。我が主人にふさわしい。一生、付き従う所存」


(……気付いたか、ハッキ)


 ハッキは俺の仮面と二つの強大な召喚獣を見抜いていた。

 偉大な存在を手に入れてしまった興奮に、足の震えが止まらない。


「ああ、宜しく頼む。じゃあ跨って契約させてもらうぞ。さあ、姿を見せてくれ」


「目の前にいるではないか」


「………目の前?」


 見えなかった。


(ま……まさか幻の、【姿隠しハイド】まで出来るペガサス?)


「クク、クククク……」


 笑いが漏れる。もう限界だった。


 かつて、高額課金ガチャで一度だけ登場したことがあった。

 しかし確率が極悪すぎて当時の俺は手に入れられず涙を呑んだのだ。


(当たり前だ。これは取り合う)


 空も飛べるし、足も速い。

 さらに姿を隠して飛来できるなど、卑怯チートすぎる。


 まさに【也唯一】。

 まさか、この仮面でも見通せない【姿隠しハイド】があるとは。


 また詩織が欲しがってしまうな。

 まあ、世話になってるし、詩織だけは今度乗せてあげよう。


「ハハ、ハハハハ……!  ハッキ! どこだ! この辺りか!」


 一歩踏み出し、頭がありそうなところを撫でようと手で探った。


「おい、踏み潰すところだぞ!」


 急に足元から怒鳴り声が聞こえた。


「………」


 口を開いたまま、俺は凍りついた。


 ……は? 踏み潰す?


 不安に駆られながら、そっと足元を確認する。


 ……何かが小さく動いていた。


 な……ナニコレ。


「まさか、お前がハッキか?」


 ちいさきものに訊ねた。


「――いかにも。我こそ英雄たちがこぞって求めた存在。そなたは幸運であった」


 うごめいたものが、こちらに向かって、偉そうに喋っている。


 人差し指の長さくらい。


 摘んで手に乗せてみてみる。


「な、なにをする!?」


 ただのタツノオトシゴだった。


 瞬きをして情報を見ると……。


「タツノオトシゴ (極小)」


 と表示される。


 俺の顔色がみるみる変わっていく。


「嘘ついたな、お前……」


「何がだ?」


 タツノオトシゴが、厳かに喋っている。


「こんな小せえの誰が取り合うんだよ! そもそもどうやって背中乗るんだよ! 突っ込みどころ満載だろ!」


 俺は手のひらに向かって叫んだ。


 炎の馬を投資して、どうしてこれになる。

 謎すぎるだろ。


 だが俺の罵声にもハッキは微塵も動ぜず、静かに言葉を紡ぎだす。


「浅はかなことを。我が成長しないでこのままだとでも思っているのか」


 ハッキは俺の言葉に小さな小首を傾げ、やれやれといった様子で返してくる。

 溜息が聞こえてくるようだ。


「な、なんだと……」


 俺は目を見開いていた。


「何か食べ物を出してみるがよい。見せてやろう。私の本当の姿を!」


「……え……」


 小さな存在の漲る自信に、俺はなぜか心を打たれていた。

 そして俺の中で、再び巻き起こる感動の嵐。


(そうか、こいつは成長してペガサスに……)


 そうだ。考えてみれば【也唯一】クエストで手に入れるほどの逸材。

 ただのタツノオトシゴで終わるわけがない。


 ……でもなんでタツノオトシゴなんだろう。

 馬の子は仔馬じゃ……。


 いや、やめよう。そこは考えてはいけない気がする。


「す、すまん。つい誤解してしまった……」


 俺はたかられていることにすら気付かずに、持っていた干し肉をちぎり、林檎も小さく切って並べた。


「ほう。なかなか上質ではないか。我が主人よ」


 ハッキがいただきますー、と言いながらむしゃむしゃと食べ始めた。

 そして、見ている間にハッキがどんどん大きくなってくる。


「おお……。おおぉ……」


 俺はなぜか感極まってしまった。

 ハッキは見ている間に「タツノオトシゴ(小)」に進化したのだ。


 これで俺の鈍足も、追い抜かれるロバ人生も、終わる。


 ……いや、本当に終わるのか?


 軽く過ぎった不安を、俺は頭を振って消し去った。


(いや、信じろ。【也唯一】なんだぞ)


 失いかけた期待が再び、力強く膨らんでいく。

 そして、ハッキの姿が……。


 ……。


 ……。


 ……。


「……ていうかお前、そのまま大きくなってんじゃねぇ!」


 俺はつい、性格に合わないツッコミを入れてしまっていた。


 見る見るうちにハッキは大きくなり、俺の膝くらいの高さになった。

 タツノオトシゴのまま。


 胴体が軽く円を描いており、ちょうどそこに乗れるような形になっている。


 見るとハッキの耳にあたるところに、横に向かって小さな角が出ている。

 ちょうど手を乗せるのに良い形だ。


 ハッキはつぶらな目をこちらに向けて、顎をしゃくり上げた。


「どうした、早く我が背に跨るがいい」


「オマルでしかねぇよ!」


 ……だめだ。

 オマル以外のなにものでもない。


「めまいがしてきた……」


 とにかく、こいつは成長させよう。

 このままでは第二部までで形作った俺のキャラが壊れてしまいそうだ。

 俺はさらに干し肉をちぎって足元に落とす。


「ほら、食べろ」


 しかしハッキは膨らんだお腹をちらりと見ると、げっぷをしながら言った。


「……今日はこれまでだ」


「オマルで限界かよ!」


 信じられない……。

 あんなに苦労して手に入れた炎の馬が……オマルに……。


「乗ってみよ。かなりの速度が出るぞ?」


「………」


 俺はやむなくハッキに跨り、オマル状態で騎獣スフィア登録をした。

 こんな屈辱は久しぶりだった。


 それでもハッキはその状態で俺を乗せて動くことができた。確かにリピドーといい勝負ぐらいのスピードは出る。


 だが……。


 想像してほしい。



 ――蒼空を飛び回る、ペガサスのミハルネ。


 ――大地を疾走する、白馬の彩葉。


 ――草原を駆け抜ける、オマルの俺。



 表紙だ。

 まさかの表紙決定だ。

 3巻が書籍化したら、インパクト的にこれしかない。

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