第86話 ハッキの変化
「はぁはぁ、よっしゃ、やっとだ」
燦々と照り続ける陽射し。
髪が汗でベトベトに張り付いていた。
ここはルミナレスカカオの東にある砂漠ザ・サハラ。
精霊力が狂っており、温帯の中にありながら過酷な環境になっているエリアだ。
ハッキの願い通り、俺はこの地に存在する炎の馬を騎獣スフィアに封じ込めるためにここにいた。
予想通り、封じ込めは困難を極めた。
アンデッドであることを嫌われ、馬がじっとしていないのである。
跨って騎獣スフィアが登録完了するまでの15秒間が乗り続けられない。
炎に焼かれ、振り落とされて蹄に蹴られ、踏まれ、そして噛まれてと、何度も何度も砂にまみれた。
俺が折れかかった心で炎の馬を騎獣スフィアに封印できた時には、すでに3日が経っていた。
(ふぅ。これで砂漠とはおさらばだ)
砂だらけでルミナレスカカオに
附属の料亭で久ぶりのまともな食事を終え、店売りで月の砂を100個ほど集めるのに街を歩いた。
そしてその日の夕方、最後の難題「怨嗟の強い女の涙」 のためにリピドーに跨って発った。
(さて、落としそうなモンスターは……)
思いついたのは月並だが、悲しみの精霊であるバンシー、さらに怨恨を残して死んだレイス。
いずれもアンデッドだ。
俺は狙いをアンデッドに定めて、そのエリアを探し回った。
死者の森のほか、ミッドシューベル公国の「夜明けぬ墓場」や、グリンガム王国の南の「名も無き湿地帯」まで行って探したが、目的のモンスターは見つからず、いてもレベル30前後だった。
(全然だめだ……)
高位の存在をどうしても見つけられない。弱いバンシーやレイス、レベル50のスカ―レッドバンシーでもドロップはしなかった。
(涙を落とす奴なんて、どこにいるんだよ……)
いったい何日かかるのやら。
まさか俺は本当に亞夢に頼むのか、と途方に暮れ、ルミナレスカカオに戻ってきた折。
「もしかしたら……」
ふと思いつき、足を向ける。
その先で見つけたのは、レベル70のモンスターのものだった。
プリマテアルバンシー。
結婚を前に死亡した女が死にきれず、バンシーとなったもので、怨念が強く能力値も並外れていた。
浄化した後、水色の宝石を得ることができた。
『怨嗟の涙』というアイテムだった。
場所は討伐後の女教皇アルカナダンジョンの最奥。
俺は彼女の気持ちを聞き、礼節を損なわないようにし、最後はこの世界の怨恨を切り離すと言われるアイテム「聖なる浄水」で浄化した。
さらに彼女の浄化された亡骸から、糸を得ることができるようだった。
俺は失礼にあたらないか随分迷ったが、この糸は殺しには使わないと誓って戴くことにした。
「あれ、まだ取れるな」
不思議なことに、亡骸から繰り返して3度も取得できた。元プレイヤーだからだろうか。
合計30本、手に入れることができた。
効果はこうである。
■ プリマテアルバンシーの毛髪
拘束確率 28% 攻撃力 15
拘束時 羞明 9秒 加算あり
羞明。面白い効果だ。さらに拘束確率も高い。
これは眩しくて視界を奪う【暗闇】と似た効果だが、【暗闇耐性】を持っている相手に対して、非常に有効な手段となるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
死者の森に入り、ハッキのたたずむ場所へ向かった。
また沼を漕いで長時間進み、足の感覚を麻痺させながらも突き進んだ。
「ハッキ。ここに並べるぞ。それから、解放されたら俺の言うことを聞いてもらう。いいな」
“おお、なんと我が願いを叶える者がここに存在しようとは”
頭に直接響いてくるハッキの声が、心なしかうわずっている。
その声を聞きながら、星の砂と怨嗟の涙を光の前に並べた。
続けて騎獣スフィアから炎の馬を召喚すると、ハッキの光に向かって、まず炎の馬が惹かれたように歩いて行った。続けて星の砂が砂嵐となってハッキに吸収されていく。
「あー、せっかくの馬が……おぉ? おおぉ!?」
ハッキが光のまま、大きな馬のような形を取り始める。
「う……嘘だろ! ペガサス? お前はペガサスなのか! ハッキ!」
興奮のあまり、顎が震えていた。
いや、素材に馬を使ったので、薄々わかってはいた。
――空とて、水の中とて、自在に駆けるだろう。
ハッキの言葉が全てを示している。
空を駆けられるし、水の中は想像できないが、きっと大丈夫なんだろう。
馬を形作る神々しい光を見て、俺の中でそれは確信に変わった。
「ハハ……ハハハハ……! やったぞ!」
口元の笑みだけだったものが、大口を開けた高笑いに変わる。
そして、最後に怨嗟の涙が一粒の水滴に変わり、その光の馬の頭部にぽとりと垂れた。
直後、魔法の鎖が砕けたような金属音とともに、強大な光量の光が放たれる。
「……うあぁっ」
俺は眼を開けていられなかった。
《おめでとうございます。第1サーバーにおいて【也唯一】クエスト、「数千年の鎖」が達成されました。達成者には【也唯一】の騎乗動物が送られます》
全体アナウンスが流れる。
各地では驚きと羨望の声が上がっているに違いない。
「やったんだ……俺は……」
感動を抑えられなかった。
光の放出が終わり、ゆっくりと目を開けても、なかなか目が慣れない。
そんな色彩のない視界の中、俺はペガサスを探した。
だが見えない。
「……我が主人となるお方。この度は希少な素材を集めて頂き、感謝の言葉もない」
さっきまで心に響いていたような厳かな声が、直接耳に入ってくる。
「いいんだ。気にするな」
だんだん目が慣れてきた。
「ハッキ……【也唯一】の騎乗動物……」
だがやはり視界には存在していない。
俺は浮かんでくる笑みをどうにもできないまま、あたりを見回す。
「まさかその仮面は……? ほほう。そして、そうか……罪深い獣と不死の姫まで従えている器とは……畏れ入った。我が主人にふさわしい。一生、付き従う所存」
(……気付いたか、ハッキ)
ハッキは俺の仮面と二つの強大な召喚獣を見抜いていた。
偉大な存在を手に入れてしまった興奮に、足の震えが止まらない。
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