第85話 地下酒場3



「感謝してる。これでいいのか」


 ピエールが顔すら向けず、手をひらひらさせて言った。

 まるで相手をすらしない様子に、ついポッケの顔に笑いが込み上げてくる。

 こういう時は、おもしろい。


「そうじゃねえだろがぁ! 命を守って下さってありがとうございますってなぁ、土下座しやがれってぇことなんだよぉ」


「そうだそうだ!」


 源治と平治が大声を上げると、周りの連中が気づいて、喧騒が止む。


 続けてガタッと音がする。


 ピエールが髪をかきあげながら、立ち上がっていた。

 禿頭の2人が、ビクッとして一歩下がったのが見えた。


 急に剣呑としてきた地下酒場。

 始まりそうな喧嘩の予感に、期待の表情を浮かべる者もいた。


 ピエールがまた乾いた言葉を並べそうな感じで口を開いた時、ゴッドフィードがそれを遮った。


「いい加減にしろ。戦場じゃあ誰かを一方的に守るなんてあり得ねえ。誰しも、守り、守られつつ戦っているんだ」


 だが2人はゴッドフィードの声のトーンから、まだ言っていいと理解したらしい。


「うるせぇ! だから守ってやってるからお前らが突っ込めるんだぞぉ! 今までどんだけ倒してやったと思ってるんだ。感謝ぐらいしろ!」


「そうだそうだ。感謝しろ! まぐれで手に入れた劣種レッサーワイバーンごときでえらそうにするんじゃねぇ!」


 平治は平治で、他人が劣種レッサーワイバーンを従えたことを受け入れられないらしい。


 ゴッドフィードがわざとらしい溜息をつく。


「源治、平治。お前らいくら戦場で貢献しててもなあ……」


「なんだよ?」


「なんだ?」


「……俺の言っていることが理解できねえなら、百武将から外れてもらわなきゃならないな……逸材だがしかたねぇか……交代はスッさんとミニャンかな。お前らは士官見習いに戻してもらうよう、俺から司馬に伝えておこう」


「………!」


 ゴッドフィードの言葉に禿頭の2人が青ざめ、急に眼を泳がせ始めた。


 士官見習いに戻れば、底辺生活になる。

 息の詰まりそうな狭い部屋で4人暮らしだ。


 国からも一切給与が出なくなってしまう。


 ゴッドフィードが残念そうな顔をしながら二人に背を向け、司馬様のところに行ってくる、と言い残して螺旋階段を登ろうとする。


「……い、いや、ちょっと待て、待ってください!」


「どうした。あの四人部屋に戻りたいんだろ? 変な奴と一緒じゃないといいな。連絡してくるよ」


 ゴッドフィードのわざとらしい演技が様になっている。


「いや、なんか急に理解できてきた気がする……」


「そうだそうだ……。俺たち、逸材だった」


 源治と平治の顔には、とって付けた愛想笑いが浮かんでいた。


「ほうほう、そうか。やっとわかってくれたか。ならいい。もういい大人なんだから、仲良くやってくれ」


 後半のゴッドフィードの声は若干低くなっていた。

 2人は頷くかわりに、ちっ、と舌打ちし、そのまま去っていく。


 こんなのでも、戦力であることには変わりない。

 現在の百武将は一人当たり30人近い敵を殺傷していると言われている。


 実際には回復職ヒーラー支援魔法職バッファーもいることから、火力職はそれ以上の数を稼いでいることになる。


 さらに源治や平治の職業である火力職は母数が一番多い。

 あの二人も選抜の一番厳しい枠で選ばれて、ここにいるのである。


 ゴッドフィードがすぐに切り捨てず、わざわざ芝居じみたことをするのも、ポッケには納得がいっていた。


「……くだらん」


 ピエールが、いつものように鼻を鳴らす。

 残っていたライ麦酒をすべて呷ると、背を向けて席に戻った。


 それ以上の言葉はなかった。

 介入して面倒事を片付けてくれたゴッドフィードへ、一言の感謝も。


(……せめてありがとうとか言えればいいでしのに)


 ピエールはそういうところで本当に損している。


「ところでさ、籠城ってどのくらいもつんでし?」


 悪くなった空気を換えるのは、いつもポッケの役目だった。

 ゴッドフィードが、感謝の意味か、謎のウィンクをして頷いた。


「……そうだなぁ。まあ、もってあと20日くらいだろう。司馬様に策がおありだ。知りたいか」


「知りたい」


 特別興味のなかったポッケだが、話の腰は折るものではないと気を遣う。


「ホントは水攻めしたかったんだがな……」


「水攻め? 洪水ってことでしか?」


 ゴッドフィードがガハハ、と笑う。


「違う違う。水を汚染させるのさ。だが今回は城下町の井戸も一緒に汚染されちまうから無理でな」


「じゃあ食糧?」


「そうだ。内通者がちょっと細工をしている」


 ポッケの質問に、ゴッドフィードが頷く。


(内通者でしか……)


 司馬はサカキハヤテ皇国にいた。それぐらいできて当然だろう。


「……ちょうど食糧がなくなる頃を見計らって降伏勧告だ。少し色をつければあいつらも降伏するだろうさ」


 ゴッドフィードがライ麦酒をぐいと呷る。


「……さっさと投降すりゃあ、あんないい女、俺の妾にしてやるのによ」


 近くにいた男がふふふ、と粘っこい笑みを浮かべた。


 それをみたポッケの背中にざざーっと寒気が走る。

 ちなみに「あんないい女」って誰のことを指しているのか、ポッケはわからなかったが、その答えを教えるようにピエールが言った。


「リフィテルは生かしておくわけにはいかんだろう」


(なるほど、リフィテル第二皇女でしか……)


 リフィテルはNPCながら、死霊魔術ネクロマンシーを操る強力な魔術師だと言われている。


 王族の中では唯一と言っていい才女で、好き放題やっていた阿呆の第一皇子を失脚させ、圧政や拷問から民を解放したらしい。


 だがそれもあまりに遅すぎた。

 長年の独裁で怒りに震える民たちの心を静めることはできなかったという噂だ。


「そうなのか? リフィテルって独裁を止めさせて、まともな方向に舵取りし始めた人じゃね?」


 事情を知らない周りの男たちが驚いて訊き直す。


「この土地には俺たちの分からん事情があるんだろ」


 ピエールの代わりにゴッドフィードが頷いた。

 それはつまり、リフィテルに死が与えられることを示している。

 

 ポッケは胸の下のほうに何かが刺さったような感じがした。


「だが司馬様はそれ以外のサカキハヤテ皇国の者を生かすおつもりだ。籠城戦になった以上、あとはどう交渉するか、だな」


 その後、ゴッドフィードたちの話はいろいろな話題に変わっていった。

 だがポッケはその後も、胸の違和感がずっと消えなかった。

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