第84話 地下酒場2



「ピエールも次々と切り込む姿、まさに勇者って感じだったよな。サカキハヤテの連中がびびってた。さ、乾杯しようぜ」


 ゴッドフィードがなみなみと注がれた木製のカップを受け取って、ピエールに後ろから声をかけた。

 誰にも話しかけられず、孤独に座っているピエールに、気を遣った感じである。


 だが振り返ったピエールの口から出た言葉は、ひどく乾いたもの。


「俺は人に評価されることに全く興味がない。戦いの中で弱い己を見出し、さらに磨き高めることだけに意味を感じている。勇者って言い方も好きじゃない。そもそも勇者って何だ? 誰が決める? 何を満たしたら勇者になる?」


「…………」


 ゴッドフィードの手に握られたカップが、宙を漂っている。


「まあ、その……なんだ」


 しらー、っとした空気に、誰しも嫌な気分になる。

 ゴッドフィードの優しさが、勇者の定義になって返された。


 そんなこと、誰が答えられるのだろう。

 いや、ピエールにとっては誰も答えられないような質問に変えることに意味があるのだろう。

 そうして起こる皆の沈黙で、ピエールは自分の劣等感を満足させる。


「……気を悪くしたのなら謝ろう。次もよろしく頼む」


 出っ歯を見せて苦笑するゴッドフィード。


「次なんてない。見てわからないのか? もうただの籠城戦だろう。あとは司馬やあんたの交渉次第だ」


 ピエールは小馬鹿にしたようにさっさと背を向けた。


 苦笑いすら固められるゴッドフィード。


(見えないところでは褒めたりもするのに……)


 ポッケは聞こえないくらい小さく、溜息をついた。

 ゴッドフィードを前にすると、ピエールはいつもこんなふうになってしまう。

 男の人は簡単そうでいて、よくわからない。


 ただ、一つはっきりしていることがある。

 ピエールはゴッドフィードに勝ったことがなく、劣等感を拭えたことが一度もないということだ。


 ゴッドフィードの矢は30mまでアシストされるパッシブアビリティがあり、さすがのピエールも近づく間もなく仕留められてしまう。

 さらに言えば、魔法の到達範囲を悠々と超えるその強力な遠距離攻撃に、達夫も敵わない。


 ゴッドフィードは一位の座にふさわしい、揺るがぬ実力の持ち主だった。


 そんな『チームロザリオ』のギルド長の傍にいると、ポッケは弓職こそ、最強職だと思うようになっていた。

 近づかれてスタンでももらえば、もう盾職タンカーにすらかなわないのだが、現実には相手はゴッドフィードに近づけない。

 そうなる前に、距離をとりながら強力な攻撃を浴びせ続けることができる強さがあるのである。


 同じ遠距離火力職である魔術師たちも、〈催眠スリープ〉の効果範囲外から矢を連発され息の根を止められてしまう。


 自慢じゃないが、ポッケはゴッドフィードが負けるのを、たった一度しか見たことがない。


 以前、デスゲーム化する前に一度だけ、全サーバー統合PVP対人戦大会というものが行われたことがあった。


 ゴッドフィードが参加することになり、『チームロザリオ』メンバーたちは俄然盛り上がった。


 絶対ゴッドフィードの優勝だと信じて疑っていなかった。

 自分たちが一緒になって優勝賞金を掲げている様子を何度も想像した。


 その日はいつもゆっくり入るお風呂をさっさと切り上げてポッケになった。

 運営販売のお弁当セットを持って、ワクワクしながら会場へ繋がる長蛇の列に並んだ。


 一回戦、ゴッドフィードはいつもの戦い方で格闘系職業の男に圧勝した。

 『チームロザリオ』メンバーたちは興奮しすぎて半狂乱になり、ポッケはそれだけですでに喉を枯らしていた。


 しかし、二回戦。

 糸使いの男にゴッドフィードがあっさり瞬殺されて、黄色い声援が悲鳴に変わった。


 あまりにあっけなかった。

 開始からしばらく向き合っていたと思ったら、突然黒い靄みたいのがゴッドフィードを包み、背後に近づかれたあとは、ゴッドフィードが倒れていた。


 あんな黒い靄はポッケも初めて見たし、戦ったゴッドフィード自身も、よくわからなかったと言っていた。


 その糸使いが戦うと、観客席のリアクションも不思議と違った。

 3回戦、4回戦。5回戦。


 普通の試合は勝敗が決するたびに、どっと歓声が湧き起こる。


 なのに、その糸を使う男の試合だけは勝負が決まるとしーん、と静まり返る。

 やられた男の倒れる音が、聞こえてくるくらい。


 その男はあれよあれよという間に勝ち上がって、なんと優勝してしまった。

 すぐに決着のついた決勝ですら、盛り上がっていたのは第2サーバーの席だけだった。


 あの男がかの有名な【剪断の手】だったと、あとで耳にした。


 まあ、そんな話はどうでもいい。

 大事なことだから2回言うけれど、ゴッドフィードが負けたのはその【剪断の手】だけだった。


 そしてデスゲーム化してから、【剪断の手】は不在。

 つまりゴッドフィードが最強。


 この百武将のなかで一位を譲らない成績も、それを証明しているようなものである。


(やっぱりゴッドちんが最強。出っ歯もいい。もう少し面白い顔ならいいんだけど)


 そうやって、お湯割りに口をつけながら考え耽っている時だった。

 唐突にポッケの背後から野太い声がかかった。


「おいおい、先陣に入ってるってだけで、ずいぶんえらそうじゃねぇかぁ?」


劣種レッサーワイバーンをまぐれで従えただけで、強くなったと勘違いしやがって」


 ポッケが振り返ると、そこには二人の禿頭の男が立っていた。


 同じ百武将に在籍する、源治げんじ平治へいじである。

 双子のように瓜二つだが、鼻の下に汚い髭をこさえている平治の方が弟だ。


 禿頭なのに、二重瞼のせいで2人とも乙女チックな顔になっているのが逆に気持ち悪い。

 異色を好むポッケから見ても、ハズレだ。


 源治は両手剣グレートソードを武器とする殺戮者スレイヤーで、弟の平治の方はキーピーズと同じ調教師である。レベル55のジャイアントクロコダイルを従えており、なかなかそれも強力だった。


 この2人も百武将の中では30番以内には入る猛者である。


 最初はこの2人を先陣ドリームチームに入れようという話もあったが、孤高だったピエールが説得されて参加を受け入れたのと、キーピーズが劣種レッサーワイバーンを手に入れたことで二人とも外される結果となった。


「俺たちがカバーしてやってるから、お前ら動きやすくなってるんだぞぉ」


「そうだそうだ。誰がお前らの背中を守ってやってると思ってんだ」


 恩着せがましいセリフが聞こえてきて、ポッケの背中がぞわぞわした。


「もちろんだで。あんたたちには感謝してるで?」


 達夫が目を細めて、大人の対応をする。


「達夫の感謝の言葉が聞きたいんじゃねぇぞぉ。そこの金髪野郎。すかしてないで俺たちに感謝の言葉もねぇのかよぉ?」


「そうだそうだ。そこのまぐれ野郎。俺のクロちゃんに感謝したらどうだ?」


 2人の狙いはいつもピエールとキーピーズである。ちなみにクロちゃんはたぶん、ジャイアントクロコダイルのことだろう。


「感謝してる。これでいいのか」


 ピエールが顔すら向けず、手をひらひらさせて言った。

 まるで相手をすらしない様子に、ついポッケの顔に笑いが込み上げてくる。

 こういう時は、おもしろい。

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