第82話 ハッキと名乗る存在


 近づいてみると巨大だった。

 俺の背の2倍はある光の玉だ。


 あと15歩ほどのところまで近づいたところで、あたりに中性的な声が頭の中に響いた。


 “私を訪れたのはお前が初めてである。何者か?”


 どうやら意思を持つ存在のようだ。

 

「ただの人だよ。いや、正確には不死者アンデッドだな。光っているあんたが遠くから見えてな。興味を惹かれてここにきた」


 俺は素直に答えた。


 “この地に人がくるなど……何千年となかった。よくぞ来てくれた”


 光が明滅しながら俺に語りかけてくる。


 モンスターに、強力な瘴気ダメージ。

 こんな深層に来れるプレイヤーなどいないだろう。


 “我が名はハッキ。太古に焼き払われ、囚われた存在。そなたに願いがある。どうか私を助けてくれぬか”


 ハッキ。


 記憶を手繰るものの、初めて聞く名だった。

 しかも何千年前とは。


 これはクエスト開始を意味するのだろうか。

 俺は話を聞いてみることにした。


 話は長かったが、要約するとハッキは以前に友と共に敵と戦い、敗れたそうだった。

 火で焼き払われ、肉体を失ったが幸い精神を温存する魔法が働き、ハッキの精神は消滅を免れたそうだ。


 だがそれに気づいた敵がハッキの精神を捉え、自由の利かないよう魔法の鎖で拘束し、ここに留めたという。


 “私をここから解放してくれぬか”


 ハッキは繰り返した。

 俺は即答を避けると、一番気になっていたことを訊ねる。


「お前は何者だったのかな」


 ハッキが一瞬、明滅した。


 “こうしていた時が長過ぎて恥ずべき事だが、私も思い出せぬ。だが、私の背を求め、多くの者が争った。そして我が背に乗れば空とて、水の中とて、自在に駆けること、たやすし”


(――自在に駆ける、だと……!)


 胸が高鳴るのを抑えられなかった。


 希少極まりない、飛翔騎乗動物だというのか。


「では、俺がお前を助けた後はどうする?」


 俺は興奮していることがばれないよう、努めて冷静に振る舞う。


 “まずはそなたに仕えて恩返しをすることにしよう。人間の寿命を全うするくらい、私にはなんでもない時間。そなたの死後に、私を封じた者を探し、そいつを、踏み潰して……喰らう! 喰らってやる!"


 喰らってやる、のところで一瞬光が強く揺らめいた。


「封じた者が誰か覚えているのか?」


 “あの顔は忘れぬ。この何千年と、決して薄れぬようよう、幾度も記憶に焼きつけてきた”


 頷いてみたものの、俺は首を捻っていた。

 興味を惹かれるものの、言っていることがどこまで本当かわからない。


(しかし、俺に仕える意味が……ない)


 俺を喰らってしまえば、待たなくても済む話だからだ。


 助けたとたんに敵となり戦闘に移行するパターンもあるので、このタイプの助けて系クエストはやらないプレイヤーも多い。


 だがこんな人の寄り付かない場所に配置されたクエストらしきもの。

 ハッキという存在の話の内容。


(まさか、【也唯一】なのか)


【也唯一クエスト】。

 全サーバーを通じて一人だけが挑戦できるクエストで、完了後は消滅する。


 有名なものでは彩葉が受諾し、クリアしたピーチメルバの海の「皇帝ユーグラス」討伐が有名である。


 俺も噂には聞いていたが、探したところでそう簡単に見つけられるものではなかった。

 遭遇したのは初めてだ。


「ハッキとやら。どうすればいい」


 光の揺らめきが一層強くなった。


 “燃ゆる馬を生きたまま。月の砂を積もるほど。そして怨嗟の強い女の涙が私を自由にする”


「ふむ……」


 俺は顎に手を当てる。


 燃ゆる馬かどうかはわからないが、炎の馬はルミナレスカカオの東にある砂漠地帯、ザサハラで狩ることができる。

 生きたまま捉えよということなら、跨って騎獣スフィアに封印しろということだろう。今の俺はアンデッドで拒否られるだけに困難を極めそうだが。


 月の砂は調合で使うよく知られたアイテムで、25銀貨とやや高価だが店で買える。一番簡単だ。大量に買わねばならないが。


 最後の、怨嗟の強い女の涙は難題だ。


「もう少し詳しく説明できないか? 怨嗟の強い女の涙ってやつ。ちょっと曖昧すぎるな」


 “位の高い物であればあるほど、我が能力は大きくなる”


「いや、そうじゃなくてだな……まあいいか」


 怨嗟を持つ女と言えば、アンデッド化したレイスやバンシーだろうか。


(あ、怨嗟と言えば……)


 一人、身近なところにいる。

 亞夢だ。


 だが、「涙下さい」などとは絶対頼めない。

 俺の代わりに言える人がいたら、一歩前に出てほしい。


 全員一歩下がること、うけあいだ。


「……わかった。探してこよう。だが、あまり期待しないでくれよ」


 まあいい。まずは炎の馬から頑張ってみよう。

 俺は帰還リコールを使用して、最寄りの街へ帰還した。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「ちょ、引っ張らないででし!」


 怪しげな建物に連れられて言われるままに階下に降りると、そこはガヤガヤとした酒場だった。


 鉄格子のかかった螺旋階段から屈んで見ると、地下室はだだっ広い正方形のスペースである。

 梁の下にはランタンがいくつも下げられ、室内を暖色に照らしていた。


 100人も入るとさすがに窮屈な広さだが、10人は座れそうな長テーブル席が一つを中心にして5組置かれている。


 そして、中央の一つ以外はすでに席が埋められ、ゼロ次会とばかりにフライングした者たちがすでに酒を飲み交わしていた。


 ムッとする熱気と男たちの汗臭さを感じてポッケはひるんだが、ゴッドフィードに腕を捕まれていては逃げられない。


「えっ、ここ? ここに座るの!?」


 無言でぐいと引っ張られて、ポッケは中央のテーブル席に座らされた。

 両隣りにはゴッドフィードとピエールが座る。


「よぉし、みんな狭いから詰めて座ってくれぇ。ドリームさんたちは真ん中な」


 誰かの声とともに突然、ゴッドフィードが場所を詰めてきた。


(痛ぁ、もう歪んじゃうでし)


 2人にグイグイと挟まれて、上半身は肘を畳んで小さくなったものの、そんなことはできない骨盤の方が緊急事態だった。


(大人になったら、こういうのばっかりでしか……ああ……本当に嫌でし……)


 ポッケは、はぁぁ、と丸く溜息をついた。


 ここはサカキハヤテ皇国の城下町グラフェリアのとある地下酒場。

 そこでピーチメルバ王国軍による祝勝会が催されるところである。


 集まっているのは、ピーチメルバ王国軍の「禁軍百武将」たち。


 サカキハヤテ皇国は先日、第二の都市カドモスをピーチメルバ王国軍に陥落され、その後のフェルナンデス砦での防衛にも失敗し、敗走した。


 さらに昨日、総力戦となった名もなき平野での戦いに敗れ、最後の城での籠城戦に移行している。


 ピーチメルバ王国軍は城下町グラフェリアを手に入れ、各々が武器を掲げて勝利の雄たけびを上げた。ポッケも知らず知らずのうちに、叫んでいたのを覚えている。


 もはや完全勝利は秒読みに入ったと言ってよい。


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