第81話 奥地で光るもの

 カドモスは税収の八割が通行税だと聞いたことがある。

 隣国のミッドシューベル公国とピーチメルバ王国の商人がそこを必ず通るためだ。


 その税収はもちろん、サカキハヤテ皇国にとっても大きな収入源となっていたはずだ。


 そこをピーチメルバ王国に奪われれば……。


「平原では『禁軍百武将』が全員出てくるって噂だぜ」


「え、『禁軍百武将』……。それってもしかして……」


「そうだよ。司馬が作った、王直属のプレイヤー集団だ。厳しい選抜試験を抜けてきたエリートばかりを選りすぐってんだ。NPCの兵隊とは比較にならない強さらしいぜ」


 説明する男の声は自慢げなものになる。


「それって実際どうなん? ほんとに強ぇの?」


「馬鹿、強いなんてもんじゃないぜ。百武将は最終転職してレベルは60代が当たり前。俺たちじゃあ『士官』の前の『士官見習い』が関の山だ」


「れ、レベル60!? よくデスゲーム化してからレベル上げする気になるよなぁ……」


 もうひとりの男は心底驚いたようだった。


「ああ。そんなんで攻められたら、皇国の連中は真っ青だろうよ」


「実は真っ青なのは皇族だけって話だけどな」


 そこで、今まで黙っていた三人目の男が口を開いた。


「多くの国民は司馬の進軍を歓迎してるって噂だぜ。先王も冷酷無残な奴だったらしいが、崩御して第一皇子が舵を取っても、心ない圧政のままらしいからな」


「へぇぇ……」


「だから司馬が立ちあがったのも、民から見れば救世主なんだろうよ。ああ、そういや昨日の店で……」


 話はそこで情報価値のない方向へ変わった。


 俺はジョッキにあったライ麦酒をぐい、と呷ると、腕を組み、思案を始める。


 そのプレイヤー集団のことは、噂に聞いていた。

 相応の強さがなければ、採用されないことも。


 だがどうしてか、今までその知識と繋がっていなかった。


 そう、そこにあいつが混ざっているかもしれない。


 リンデルだ。

 あいつはピーチメルバにいる。


(……禁軍百武将か)


 俺は残っていた料理をかき込むと、無言で席を立った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 宿で寝たのに、朝は最悪の目覚めだった。

 びっしょりと汗をかき、シャツが絞れるほどに濡れている。


 理由はすぐにわかった。

 悪夢にうなされていたのだ。


 夢の内容はよく覚えている。


 晴天の中で、両手を後ろ手に縛られ、断頭台へとつれられていく女性。

 燃えるような、鳶色の髪の、美しい人だった。


 俺はその人を助けようとしていた。


 やめろ――。


 だが駆け寄ろうとしても前に進まない。

 手を伸ばしても、届かない。


 女性がとうとう、断頭台の前に立つ。

 その人は鞭で打たれた傷だらけの顔に気品のある笑みを浮かべると、俺に向かって何かを言った。


 アルくん……。

 俺にはそう聞こえた。


 そして彼女は、所々破れたスカートを丁寧にたたんで膝を折ると、断頭台に首を差し出す。


 やめろ――!

 しかし止めようとしているのは、俺ひとりだった。


 やがて、断頭台が残酷な音をたてた。

 そこで、俺は飛び起きるように目覚めたのだ。


(やれやれ……)


 俺は着替えながら、どうしても夢を夢と片付けられない自分に気付いていた。


 あの髪の色は記憶にある。

 女性であれば、きっとあの人だろう。


(昨日、宣戦布告の話を聞いたせいか)


 これが終わったら、耳にした戦争の詳細を詩織に聞いてみようと決めた。


 とりあえず探索をさっさと終わらせよう。

 俺はそのリアルな夢から離れられないまま、一階に降り、女将の作ってくれた朝食を済ませ、すぐに死者の森へ向かった。


 以前と同様、死者の森ではモンスターとの戦闘は一度もなく、俺にとっては探索しやすいエリアだった。

 リピドーに乗れるようになったことも大きい。


 いや、大きくないか。

 湿地帯では却って遅くなってしまい、歩いていたし。


 ここ数日、俺の指は無意識に左の頬を撫でていることが多くなった。

 チリチリと頬から首元にかけて痛みが走っているのだ。


 ノヴァスに切り裂かれた、あの傷だ。


 死者の森の瘴気の影響下に入ったので自然治癒に任せてそのまま放っておいたら、治りはしたものの、顔から首元にひどい傷跡が残ってしまった。今も時折痛みを放つ。


(毒でも塗ってあったのか、いや、笑えないな)


 今日もたいした発見はなく、陽が暮れようとしていた。


 今は残された最後の西側エリアを探索していたが、思ったより広いので、明日以降も探索が必要かもしれない。

 しかも湿地ばかりで、リピドーに乗れない。


(諦めて戻ろうか)


 仮面の上から眠い目をこすりつつ背伸びをしていると、ふいに背中に何者かの静かな視線を感じた気がした。

 振り返り目を凝らすと、湿地の遠くに、微かに小さく佇む光が見える。


「発光している……なんだろう」


 さすが未開の地。よく分からないものがたくさんある。

 俺は疲れているのも忘れ、ザブザブと漕いで走り出した。


 ここは湿地の水面が膝上まであった。

 まだ冬なだけに、足元の水は肌を突き刺すように冷たい。


 見ていると、柔らかい光を放つものは動かずにじっと遠くから俺を見返しているようだった。

 俺はそこに、人の意識のようなものを感じていた。


(きつくなって来たな)


 奥歯が音を鳴らすようになり、膝から下の感覚が無くなってきた。


 懸命に進んでいるのに、なかなか光は大きくならない。

 もう30分以上もこうしている気がする。


 諦めようか少し迷ったが、好奇心が勝った。

 もし迷ったとしても、ここは「帰還リコール」という帰還アイテムが有効なはずだ。


 やっと湿地を抜けると同時に森も抜け、今度はまだ春にもかかわらず腰までのススキのような植物が一面に茂る草原のような場所に出た。精霊力でも強く働いているのか、急に暖かく感じる。

 匂いも変わり、どうしたことか、打って変わって秋の草原のような世界だ。

 進んでいくと、光の姿がはっきりしてきた。


  「なんだあれは……」


 俺は最初、ポルターガイストやウィルオーウィスプのような火の玉系モンスターだと思った。

 だがそれは心臓のように拍動し、揺らめく光を放っていた。

 不思議なことに、その光の塊は紫色の魔法の鎖でがんじがらめにされていた。


 近づいてみると巨大だった。

 俺の背の2倍はある光の玉だ。


 あと15歩ほどのところまで近づいたところで、あたりに中性的な声が頭の中に響いた。


 “私を訪れたのはお前が初めてである。何者か?”


 どうやら意思を持つ存在のようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る