第80話 詩織の笑顔

 

 見たこともない鳥が奇声を上げながら、頭上を横切っていく。


 だが空はない。

 鬱蒼と茂った樹々が瘴気の影響を受けて歪み、頭上を覆い隠しているからだ。

 空気がじめじめしているものの、自分には不思議と心地よく感じられる。


 そう、俺はあれから3日間、死者の森を再探索していた。

 丁寧に探索していたが、今のところはダンジョンらしき入り口をひとつ見つけた以外は、特に目立ったものはなかった。


 4日目にいったんルミナレスカカオに戻った俺は、食糧と水の補充をしがてら、装備品を見て回った。


 一番最初に、欲しかったS級以上の上級ローブの取引がないか見て回ったが、聞けばギルド『北斗』に買い占められていて、S級自体、見つけることが困難らしい。


 そこで俺はローブを諦め、アクセサリーを魔力上昇系のものへ取り代えられるよう、購入しておくことにした。

 今は雷属性強化の【遺物級】ヌエの指輪とスタン抵抗50%上昇の【遺物級】意志のイヤリング以外、すべて召喚の指輪だ。


 うち、指輪に召喚獣がいるのは2つだけ。

 雷巨人アークタイタンのテルモビエと【四凶の罪獣】窮奇の洛花。


 残る6つは空のまま。


 そこで魔力の上昇する、S級の「魔術師グリガネンの指輪」を800金貨で1つと、A級の「アルタイルの指輪」という魔法防御力が少々上昇する指輪を90金貨で4つ購入した。


 魔力が上がれば、糸の状態異常攻撃が成立しやすくなるためだ。

 魔法防御の効果は微弱で、気持ちの問題かもしれないが、それでもつけておこう。


 ちなみにS級装備を見つけたのは、「魔術師グリガネンの指輪」ひとつだけだった。


 そうしている間に暗くなったので、詩織の店に向かった。

 数日ぶりに栄養のあるものを食べたくなった。


「いらっしゃいなー! あ」


 目が合った詩織が、ぱっ、と笑顔になる。


「ちょうどよかった。今日はいい肉が入ったのよ。食べていく?」


「ありがとう。もちろん戴くよ」


「はーい! こっちよ」


 いつもの純粋な笑顔をくれる詩織。

 空いていた窓側の上座の席に、俺を案内してくれた。


 ライ麦酒を飲みながらしばらく待っていると、詩織が料理を運んできてくれた。


 その手の鉄板皿に載っているのは、じゅうじゅうとうなる、巨大なステーキ。


「おまちどうさま! カミュの好きな水牛のリブロースだよ。たくさん食べてね」


「おおすごい……ありがとう」


 1ポンドはありそうだった。

 肉の香ばしい匂いに加えてローズマリーのしなやかな香りが食欲をそそる。


「うはーうまいな、これは」


 頬張りながら至福の時を過ごしていると、詩織が忙しそうにしながらもサラダや卵料理などを追加で持って来てくれた。

 その都度、ニコッと音が出るような笑みをくれるのが嬉しい。


 最後にいつものように牛骨スープを持って来てくれた時、詩織は俺の耳元で囁いた。


「どうかしら? このスープ実はあたしが作ってみたの」


「おお、それは……」


 詩織の甘い香りに惑わされつつ、俺は誘導されてスープを口にする。


「うんうん。塩加減も絶妙で、胡椒の感じもいいね。美味しいよ」


 俺は素直に感想を述べた。

 お世辞などではなく、本当に美味しいと思う。


 こんな料理を毎日食べられる人はどれだけ幸せだろうかと思ってしまう。


「……ごめんね。実は毒入りなの」


「ぶー」


 スープを吹いてしまい、テーブルがひどいことになってしまった。


「きゃっ、カミュ」


「ごめん、つい」


 詩織が暗殺系職業だったことを忘れていた。


「……実はあたしのことが気になる毒だったの。ふふ」


 一緒にテーブルを拭きながら、詩織が俺のすぐそばで可憐な笑みを浮かべる。


「な、ななな、なぁんだ、びっくりした」


 俺は額に出た汗を拭いた。

 もちろんテーブルも拭いている。


「……最近ちゃんと食べてるの? ちょっと痩せたんじゃない?」


 詩織が首を傾げながら、俺の顔をまじまじと覗き込む。


 15歳の少女の透き通るような顔が目の前にある。

 顔周りの後れ毛が、想像以上に女性らしい艶を出していた。


 未成年相手とわかっていながら、いつものように仮面の下で顔が赤くなっていく。


「ああ、なんか忙しくて干し肉とかばかりだったかな」


「ダメよそんなんじゃ。ちゃんと野菜や果物も食べないと。そうそう、あたし、もうここの厨房任されたりするのよ」


 お姉さんぶった詩織が、鼻を高くする。


「おお、料理ならやっぱり詩織だよな、ウンウン」


 さすが詩織だ。デスゲーム化した後もずっとここで働いているだけあって、料理は相当なレベルに達しているのだろう。


「あたしなら、毎日三食つくってあげるけど?」


「ぶー」


「きゃっ!?」


 2回目を吹いた。


「おーい詩織~!」


 そんな話をしていると、厨房の方から懐かしい声がした。

 店主さんだ。


「あ、はーい! じゃあまたね!」


 詩織がウィンクして厨房に戻っていく。


 去っていく姿すら、絵になる。

 少し大きめのお尻が魅力的で、相変わらず客の視線を集めている。


(それにしても、びっくりしたな。作ってくれるとか……)


 俺は残っていたサラダとスープに手をつけながら、窓の外に目を向ける。


 今日は風がないようで、いつも窓を叩く梢が静かに佇んでいる。

 窓に顔をつけるように見上げれば、満天の星空が冴えていた。


「………」


 そんな折、俺は固まる。


 ふいに不吉な単語が耳に入りこんできたのだ。


 ……宣戦布告?


 俺はその単語を発したであろう、近くのテーブルの三人を見ないようにして、会話に耳を澄ませる。

 今、確かにそう聞こえていた。


「本当にサカキハヤテ皇国に攻め入るのかよ」


「今週にもカドモスを取りに来るらしいぜ。近くのフリークヒール平原で向き合うことになりそうだ」


「司馬、いよいよ全国統一に動くんかなぁ。何だか物騒になってきたなぁ」


「…………」


 俺は耳に意識を集中しながら、頭の中で地図を浮かべた。


(カドモス……たしか、交通の要所となっているサカキハヤテ皇国第二の都市)


 カドモスは税収の八割が通行税だと聞いたことがある。

 隣国のミッドシューベル公国とピーチメルバ王国の商人がそこを必ず通るためだ。


 その税収はもちろん、サカキハヤテ皇国にとっても大きな収入源となっていたはずだ。


 そこをピーチメルバ王国に奪われれば……。

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