第79話 出陣2
「よかった。うちのゴッドちんは人望もあるようでし」
ポッケは自分のギルド長への賞賛に、両手を腰に当てて迫力に欠ける胸を反らせた。
「なあに、人望といえばポッケには敵わないっけさ。ポッケの強力な
奇妙に捩れた杖を手に持つ男が、後ろからポッケの頭を優しく撫でた。
白い髪を短く刈りそろえた、目が糸のように細いやつれた男。名を
【遺物級】罪人タイデルの杖を持ち、マナの糸が織り込まれているきらびやかなS級ローブ、
達夫の言うように、ギルド『チームロザリオ』は小さいながら功績を上げているギルドだった。最近で言えば、ルミナレスカカオに襲来していた蛇系モンスターの拠点を突き止め、封印したというものがある。
「やぁめて! 子供扱いはやめるでしよ!」
振り返るポッケ。
「ハハハ。子供だなんて思ってないでよ」
撫でる手は止まらない。
「思ってるでし!」
ポッケは顔を真っ赤にして怒り、ぱしっ、と頭の上の手を振り払った。
ハンカチーフタイプのスリーブから、雪のように白い脇がちらりと覗かせる。
「そういえばシルエラさん、偵察業務終わって次から入るんじゃなかったか?」
ピエールが達夫に訊ねると、それを耳にした達夫が目を瞬かせた。
「うあ、マジでか? やっべぇぇなぁ、あの人入ったら、百武将の枠がまたひとつ減っちまうで」
達夫が肩を落とす。
「あの、冷たい目、いい」
「えっ?」
キーピーズが予想外に口を挟んできてポッケが驚いた、ちょうどその時だった。
ゴォォォン……ゴォォォン、ゴォォォン……。
味方の陣地に、銅鑼の音が3回響き渡った。
決めてあった音。
突撃の合図である。
「乗れ」
ピエールがポッケに手を差し出した。
「え、え? もう?」
「早くしろ。俺達が先陣なのを忘れたか」
「わ、わかってるでし」
ポッケは慌ててピエールの手を取り、背中にくっついてタンデムさせてもらう。
(やっぱり、嫌だ……)
誰にも聞こえないように、こっそり呟いた。
できるだけ笑顔でいようと思っていても、顔が引き攣っていく。
その小さな胸に、急に言いようのない不安が広がり始める。
「わい、一番。お前ら、ついてこい」
キーピーズがぼそりと言うや否や、何の前置きもなく魔物を召喚した。
「ギャオォォ……!」
遠くから唸り声が聞こえたかと思うと、自分たちの目の前に巨大な何かがぬっと現れ、ズシンと地面を揺らした。
翼をはためかせているそれはまぎれもなく、
足元の草が巻き起こされる風に揺れ、近くで焚いていた篝火がガララと倒れる。
「おおい! 突然出すなって何度も言ってるっけさ!」
達夫が慌てて自分の馬を御しながら、叫ぶ。
その巨大な姿を見て、騎馬たちが驚き、嘶いていた。
「はわっ」
ポッケは慌ててピエールの冷たい鎧にしがみつく。
「どうどう。……ほんと人騒がせなやつだな」
ピエールが慣れた様子で距離を取り、馬を落ち着かせる。
やっと落ち着いた馬の上で、2人が溜息をつく。
「あー、びっくりしたでし……。でも何度見てもすごい迫力でしね……」
ポッケは間近で見るのは初めてだったので、まじまじと観察していた。
体長7-8メートルはあるだろうか。にぶい緑がかった薄黄色の肌で、ゴツゴツした鱗で全身を覆われている。
ワイバーンのため前足がなく、
「おお、おおぉぉ……!」
人騒がせな登場だったものの、味方からは歓声が上がり始める。
「ギャオオォォ……!」
最強のモンスター、
ぶぉん、ぶぉんと翼をふると、目を開けていられないほどの風が巻き起こる。
「おおお! きたきたぁ、キーピーズのワイバーンだ!」
「うあぁ、マジスゲェ! でかいぞ!」
「勝てる! 勝てるぞ! いけぇ先陣ドリームチーム!」
味方軍の歓声が水面の波紋のように広まっていく。
「ドリーム! ドリーム!」
自分たちを応援する声を聞きながら、ポッケは味方の士気が急激に高まっていくのをひしひしと感じていた。
「キーピーズ。今回はチームなんだから、息を合わせてくれ」
一応リーダー役のピエールが苦言を呈する。
今回の突撃で特別編成された、ギルドが全く異なる彼ら「先陣ドリームチーム」は、戦いの口火を切る役割を任されている。
ピエールの二刀惨殺、キーピーズの従えるワイバーンの猛撃、達夫の古代語魔法による爆発。
そして百武将の
振り返ると、味方の軍勢が一様に自分たちを輝いた目で見ていた。
――彼らが勝ちをもたらしてくれるはず。
そういう心の声がいやおうなく聞こえてくるようだった。
(嫌だ……)
ポッケは震える手でピエールの背中に掴まった。
「突撃―!」
「いくぞ!」
ピエールの叫び声とともに、馬の背中が躍動し始めた。
(いやだ、怖い……)
ポッケは戦場を決して好きになど、なれなかった。
(敵も味方も死なないで終わればいいでし。勝敗なんて、じゃんけんで決めればいいんでし……)
ポッケは三つ編みのおさげの先を左側だけ掴んで押さえた。
(死なないで欲しいから
息が乱れた。
(
押さえた手に、微かに輝く雫が飛んだ。
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