第76話 雨の中で2
「……カミュさんがノヴァスに恋をしていたなんて意外でした」
彩葉がすぐ近くから俺を見つめてきた。
二人になると、カミュと呼ぶようだ。
だが俺の方は、アルマデルの口調を崩さないことにした。
ふっと笑う、あの癒される笑顔を見せてくれる。
時々顔を撫でる彩葉の手が温かい。
「もう過去の話です」
小さく笑った。
「ノヴァスのどこが気に入られたのですか? よかったらお話してもらえませんか?」
彩葉が他愛もない質問を重ねてくる。
他人を気遣う人だから、俺を退屈させないよう話をしてくれているのだと理解していた。
「……そう言われると……どこなんだろう」
だが思ったよりも傷心しているのか、俺はあまり言葉が出てこなかった。
「カミュさんもファーストキスだったのですか」
「正確にはそうではありません」
なぜそんなことを訊くのだろう、と思いながらも、俺は素直に答えていた。
「そうなのですね。……でもキスって一人ではできないんじゃないかしら?」
「それだけ私から強引にしたということです。今回のことは反省しています」
苦い思いが胸に広がった。
できればこの話題はもう終わらせたいと思うのだが、彩葉の話はまさにそこばかりになった。
「キス……どんな感じにされたのですか?」
「……ただ重ねただけですよ。唇同士を」
「重ねるだけ? それってどういう風にするのですか? あの……実は、私もしたことがなくてイメージが……」
林檎のように頬を染めて訊ねてくる純情な彩葉。
そんな彼女に淡い好感を抱いている自分に気づく。
「風の噂では彩葉さんは『北斗』のミハルネと恋人同士という話でしたが……」
彩葉が美しく整った眉をひそめた。
「――あの方は、もうご結婚されていますよ。お相手もこの世界にいらっしゃいます。不倫されたかったみたいで言い寄られましたけれど、興味も持てませんでしたし、きっぱりお断りしました。『北斗』の団長なので、表面上のお付き合いはまだありますが」
「ああ、そういうことですか」
ミハルネの顔が頭に浮かぶと、妙に納得できた。
あいつめ……。
彩葉と話をしているおかげで、気分が晴れてきたのは事実だった。
自然と口数が増えてくる。
「でも、彩葉さんなら相当いろんな人にアタックされているでしょう? いい人なんていっぱい……」
「申し訳なかったのですが、興味が持てなくて……。だからそんなお相手とキスなんて、無理だったんです」
「そうだったんですか……」
彩葉が急に真剣な表情になり、ポツリといった。
「カミュさん。恋って、しようと思ってするものではなくて、いつのまにか落ちているものですよね。変な例えですけれど、風邪みたいに。気付いたらいつのまにか……恋の病にかかっています」
彩葉が水を吸った髪に指を通し、落ち着かせようとする。
ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
「確かに、英語でも『FALL IN LOVE』って言いますね」
理解してもらえたのが嬉しいのか、彩葉が大きく頷く。
「私、相手より先にその病にかからないと、ダメみたいなんです……。まっさらな状態で相手からいくら迫られても、気持ちが受けつけなくて」
うまくいかないんです、と少し寂しそうに付け加えた。
「なるほど、わからないでもない」
俺も若い頃、そういう経験がなくもなかった。
「だから、やっと見つけた相手の時にうまくしたいんです。形だけでいいので、教えて頂けませんか……?」
彩葉が、話を戻す。
その頬がまた赤く染まってきた。
「わかりました」
頷いた俺は少なからず、その相手とやらに嫉妬してしまった。
正直、羨ましい。
こんな才色兼備の女性に愛される男は、どれだけ鼻を高くするのだろう。
「こんな感じで、すっと」
【***】
その時だった。
「貴様ぁー! 彩葉様にまで!」
誰かが走り寄る足音。
気づいた時にはすぐ傍に、外套を羽織ったまま雨を滴らせて立つノヴァスがいた。
振りかぶった頭上にあるのは、抜き身の
※ 【***】 の部分は刺激が強い内容ですので、近況ノートでの限定公開とさせていただきます。
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