第68話 噂に違わぬ美しさ



 どこからともなくファンファーレが鳴る。

 

 《おめでとうございます。アルカナボス、【女教皇】が今、第一サーバーで倒されました。残るアルカナボスは18体となります》

 

 これは全プレイヤーに流れるアナウンスだ。


 続けて機械的な女性の声が、俺の頭の中に流れた。

 

 《レベル89になりました。各種ステータスが上昇します》

 《レベル90になりました。各種ステータスが上昇します》

 《レベル91になりました。各種ステータスが上昇します》

 

 彩葉と二人で経験点を分け合ったようで、俺は3レベルも上昇した。

 

 《女教皇》が倒れたことで、その奥に音もなく揺らめく青い光を放つゲートが出現した。

 帰還ゲートで、ダンジョンクリアの証左でもある。

 

 俺は眠っているテルモビエを指輪にしまいつつ、倒れた【女教皇】に近づいた。

 【女教皇】のそばには、見る者を歓喜させる超希少アイテムばかりが積まれていたのだ。

 

 瞬きして装備品アイテム情報を見ていく。


 

【也唯一】アビリティクリスタル

【也唯一】女神フレイヤの靴

【伝説級】《女教皇》の錫杖

【遺物級】女神フレイヤの広刃の剣ブロードソード

【遺物級】皮装備カヌイシリーズ

【遺物級】意志のイヤリング

【遺物級】ヌエの指輪

 S級 平穏のマント

 S級 豊穣のローブ 

 S級 ガブリエルのローブ

 S級 ガブリエルの杖

 


 それだけではない。

 その脇には金貨と、階級ごとに区別するのが面倒なほどの精錬石、各種宝石、そして高級装備に用いられるオリハルコン結晶、ミスリル結晶が山積みになっていた。

 金貨はざっと見て二万以上。

 

「おお……」

 

 そして、製錬石に混ざって落ちていたのは、なんと求めていた魂の宝珠(【悪逆無道】)。

 

 俺はすぐにその魂の宝珠と、【也唯一】のアビリティクリスタルを手に取った。

 そこにはアビリティが三つ封印されていて、どれか一つを獲得できるというものだった。

 詳細は後で確認することにして、アイテムボックスに放り込む。

 

(もう一つの【也唯一】装備は靴か)

 

 てっきり【女教皇】が使っていた錫杖が【也唯一】だと思っていたが、こういう予想は往々にして外れる。

 

 純白に銀色で紋様が刻まれた靴だった。

 装着時に職業に合わせてプレートブーツや普通の靴を選択できる。

 性能は敏捷度80上昇、さらに【二段ジャンプ】ができるというものだ。


 着地ダメージも30%緩和の効果がある。


 まあジャンプはできなくてもいいが、敏捷度が上がれば移動速度も上昇する。

 カジカにされてあれだけ移動で苦労していた後だけに、喉から手が出るほど欲しかった。

 

(まあいいか。もらっちまおう)


 倒した権限ってやつだ。


 俺は靴を拾い、設定許可すると布装備用の靴になり、サイズが合わせられた。

 すると急に、身体がふわりと軽くなった。

 

(羽が生えたみたいだ)

 

 試しに跳躍してみたが、空中に一度だけ踏み台のような抵抗ができて、もう一段ジャンプすることができる。

 真上であれば3mぐらいは跳べそうだ。

 移動速度は、1.7倍くらいの計算である。


 錫杖は【伝説級】で回復魔法の威力を高める効果があり、スタンを伴う雷撃を15分に1回、使うことができる。

 魅力的なアイテムだが、錫杖は使いこなせないし、彩葉たちに渡すか。


 他の装備の特殊効果は以下の通りだ。

 

【遺物級】女神フレイヤの広刃の剣ブロードソード

 移動速度18%上昇 

 

【遺物級】皮装備カヌイシリーズ

 サブミッションアビリティ完遂時、沈黙状態を10秒追加する

 

【遺物級】意志のイヤリング

 スタン抵抗50%上昇

 

【遺物級】ヌエの指輪

 雷属性強化、耐性獲得

 

 S級 平穏のマント

 〈平静心サニティ〉の効果を常時受けられる

 

 S級 豊穣のローブ 

 MP自然回復が35%増加

 

 S級 ガブリエルのローブ

 詠唱加速 18%

 

 S級 ガブリエルの杖

 詠唱加速 20%

 

「ローブがふたつともハズレか」

 

 自分が装備できるだけに期待していたが。

 まあいい、彩葉たちなら役に立つ使い方をしてくれるだろう。

 

 一方で、スタン抵抗が50%上昇する【遺物級】意志のイヤリングは心強い。


 リンデルとの戦いで強力な力を発揮してくれるだろう。

 また、S級だが平穏のマントも案外強力かもしれない。


 常時〈平静心サニティ〉の効果をもつということは、混乱などの精神異常に耐性化するということに他ならない。

 これは頂く。

 さらに【遺物級】ぬえの指輪ももらっておく。

 

 金貨は24642枚あったので、4642枚だけ拝借し、残りを置く。

 宝石、魔晶石はいくつか適当に見繕って拾う。

 

 オリハルコン結晶は16個、ミスリル結晶は48個あったので、オリハルコンだけ六個ほど頂戴した。

 

 精錬石は始原3、世界6、上級12、中級20、下級30個とアルカナボス死神と全く同じドロップだった。

 始原3、世界6、上級3を頂いていくことにした。

 

 随分とアイテムを残していく形になる、と思うだろうか。

 彩葉を捨てていった奴らなど、吐き気しかしないが、これは後で説明する。

 

 続けて、倒された致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラ14匹から【上位魔法糸生成】を使い、糸武器を合成する。

 

 生成カウントは4だったので、致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラの毒糸10本を3回、計30本合成することができた。

 ちなみにアルカナボス【死神】と異なり、【女教皇】自身は糸合成に成功しなかった。

 

 そうやって一人の世界にかまけていると、背中に人の気配を感じた。

 

 彩葉だろう。

 詩織とは違う、柔らかく甘い香りがすっと鼻を撫でる。

 

 俺はあえて振り返らなかった。

 

「あの……お助けいただき、ありがとうございました」


 彩葉が丁寧に礼をしてきた。

 ひとまずそれを無言のまま、背中で聞く。


「なんとお礼を言ってよいか……。あなたはカミュさん……?」

 

 やはり聞かれていた。

 俺は立ち上がり、振り返ると彩葉に向き直った。

 

「どうして残った」


「………」


 問い詰めるような俺の言葉に驚いたように、彩葉が俯いて黙する。


「逃げてよかった。【戦乙女】だからって、戦場に背を向けちゃいけないってこともないだろう」

 

「自分だけ……先に逃げるなど、できません。……あの、私のこと、ご存知なのですか?」

 

「知らない奴がこの世界にいるのか」

 

 俺は真っ直ぐに見つめ返した。

 仮面をしているからできる、離れ業だ。


 彩葉は照れたのか、艶やかな漆黒の髪を片手で押さえながら俯いた。

 そう、彼女の二つ名は【戦乙女】なのだ。


 その雪のような白い頰に、少し朱がさしている。

 

(噂に違わない人だ)


 彩葉は咲いたばかりの花のように、美しかった。

 

(まさに才色兼備というやつだな……)

 

 そう、美しさだけではない。

 この女性は、プレイヤーとしての実力も抜きんでているのだ。

 

 噂ではレベルは70を超え、皆の嫌がるような危険な盾役も、レベルダウンを辞さずに買って出るという。

 今までにそんな苦難をいくつも乗り越え、この世界に立っているのだ。

 

 その証のひとつがあの鎧、【遺物級】皇帝ユーグラスの軽鎧ライトアーマー

 

 あれは唯一海に面する街ピーチメルバを災厄に陥れていた、海底に住まうレイドボス「ユーグラス」を退治したことで手に入れたといわれている。

【也唯一】クエストだったユーグラス討伐は第三サーバーの強者が幾人も同行したといわれているが、彩葉の力がなくては為しえなかったものだ。

 

 彩葉はそんな様子の俺には気付かず、続けて質問してきた。

 

「……あの、ひとつ訊いてもいいでしょうか」


「なんだ」


「あなたの近くでなにか不死者の気配を感じるのですが、まだ魔物がいるのでしょうか?」

 

 やっぱり気づくのかと思う。

 俺は何気ないしぐさの中で、洛花の指輪と亞夢のネックレスをしまった。

 

「俺は【悪逆無道】の不死者の呪いを受けている」

 

 正直に答えると、彩葉はその美しい目を見開く。

 

「……そ、そんな高レベルの呪いが?」


「嘘じゃない」


 う、嘘だなんて思っていません、と彩葉が付け加える。


「……私も初めて見ます。あの……大丈夫ですか? 私に何かできることはありませんか?」

 

 彩葉は自分の胸に右手を当てて、左腕を大きく外へ広げた。

 影をつくりそうな睫毛の奥から覗かせる瞳は、吸い込まれる気がするほどに澄んでいた。

 

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