第67話 討伐
◇◆◇◆◇◆◇
「――きゃあぁぁ! 彩葉さん!」
「――頼む! 生き残っ――」
仲間たちの悲痛な叫びが途切れた。
ダンジョンリコールが発動し、そこに居たメンバーたちがひとり残らず消え去ったのだった。
三体のワイトロードに襲われる彩葉を、【女教皇】がぐるりと振り返った。
「………!」
目が合い、彩葉の顔には絶望の色が広がった。
彩葉はその隙に、とうとうワイトロードに押し倒された。
「――い、いやっ!」
背を打ちながら、彩葉が恐怖に満ちた悲鳴を上げる。
その目に涙が浮かぶ。
だが、その時。
「あっ、……え?」
目を白黒させる彩葉。
どうしたことか、ワイトロードたちが【接敵状態】を自ら解除して、彩葉から離れたのである。
その三体の頭部には、真っ黒な霧がベッタリと張り付いていた。
『
ワイトロードの異変は、それだけでは終わらなかった。
三体の全身に、小さなキノコが腐った肌を覆い隠してしまうほど、大量に寄生し始めたのだ。
「きゃ」
目にした彩葉が、初めて見る異変に悲鳴を上げる。
キノコに覆われたワイトロードは、三体とも見る間にボロボロと崩れ落ちていった。
「ど、どうして……」
「――遅くなった。カッコいい倒し方じゃなくて済まないな」
「………!」
彩葉がはっとする。
誰かが、自分と【女教皇】との間に立っていた。
男だった。
その両肩からは人とは思えぬ別の腕が二本生えている。
「よ、四本腕……!? まさか、あなたは……!」
彩葉が目を疑うが、そうしている間にも【女教皇】はターゲットしている彩葉へずんずん、と近寄ってきて、彩葉は慌てて剣を構える。
しかし、それ以上【女教皇】は彩葉に近づくことができなかった。
横からのそりと割り込み、【女教皇】の前に立ちはだかった巨体が居たのだ。
それは【女教皇】ほどの大きさがある、魔物であった。
「――きゃ!?」
新たな敵の出現に驚き、真っ青になる彩葉を見て、男は小さく苦笑いした。
そして呟く。
「心配ない。――さてテルモビエ。【女教皇】を頼む。時間を稼ぐんだ」
「……えっ……」
彩葉がはっとする。
テルモビエ。
バチバチと青白い光を纏い、青い皮膚に白髪と髭を生やした男の姿をした、
レベルは65だが巨人族ゆえ、HPが高いことと、攻撃が放散する電撃を纏うために範囲攻撃になりやすい特徴がある。
「あなたは……?」
彩葉が男の背中に訊ねる。
「俺が引き留める。次のダンジョンリコールに入れ」
「え!? で、でも……」
予想もしなかった言葉に、彩葉は戸惑った。
「話は後だ。早く」
「わ、わかりました」
彩葉は言われた通りに、次に発動するダンジョンリコールへと走り出した。
「ォォォ……!」
【女教皇】が振り上げた錫杖が、その頭上でじゃらじゃらと音を立てる。
続けて天から突き抜けて落ちてきた雷撃が轟音を立てながら、テルモビエに落ちた。
だがテルモビエは
どれほどに強力であろうと、雷属性攻撃は一切効かない。
「見えるか? 俺が相手をしよう」
仮面の男は4本の腕を操り、糸武器を放った。
キュィィン、という音とともに【女教皇】の錫杖に糸が絡みつく。
【武器拘束】である。
ガラン、と音を立てて、錫杖は遠くの床を転がった。
【女教皇】の顔が憤怒の表情に変わる。
"……キサマぁ……その腕ェェェ……!"
しわがれた声が、広間に響き渡る。
「は、話した……!?」
ダンジョンリコールの傍で発動を待っていた彩葉が、耳を疑った。
"死神メェェェ……ゴァァ!?"
しかし【女教皇】に話している暇などなかった。
目の前には無傷の
【女教皇】の顔を、テルモビエはずぅん、ずぅんと殴る。
"オノレェェェ……!"
【女教皇】の憤怒の声が増す。
直後、錫杖を失ったその手から、光り輝く雷撃が放たれた。
耳をつんざく轟音。
野太い雷が、仮面の男を撃った。
「ぬるいな」
しかし仮面の男になにひとつ変わったことはなかった。
この男はあらゆる魔法を85%の確率で無効化してしまうのである。
"子癪な真似を……!"
女教皇は男を激しく睨む。
ここで仮面の男の視界にかっ、と光が届いた。
ダンジョンリコールが発動したのだ。
彩葉の帰還を見てとり、仮面の男は小さく安堵の息を漏らした。
"人間ごときが……!"
【女教皇】はもう一度、魔法詠唱を開始した。
先ほどとは違う、極めて短い詠唱で即座に完成に至る。
〈範囲
仮面の男は抵抗に成功したものの、
"〈
間を感じさせぬほどの極短詠唱で、次の魔法が放たれる。
直後、石畳から吹き出した噴射炎が足元から仮面の男を焼いた。
【女教皇】の銀色の顔に、残虐な笑みが浮かぶ。
「だから効かん」
しかし、仮面の男はまたしても平然と立っている。
ぬう……!
「召喚はさせない」
仮面の男は糸を持ち替える。
装備されたのは、アルカナボスから紡ぎ出された、超高火力の『死神の薙糸』。
「――【
糸系職業の弱点を挙げろ、と言われれば、多くのプレイヤーが『近接するほどの距離』と答えるであろう。
それはこの職業が
しかし傀儡師の第十二位階の攻撃アビリティ【
近接した状態から放たれるそれは、使用者の周りで大量のかまいたちを作りだし、相手を斬り裂くのである。
その威力は【死の
最終位階のこのアビリティを取得して、傀儡師は文字通り、
"グォォォ……!"
【女教皇】の体から、血煙が上がる。
"ギ、キサマ……"
【女教皇】は地の底から吠えるような声を発した。
「――キサマという名じゃない。カミュだよ!」
仮面の男が言った。
しかしその声はよく通り、ダンジョンリコールのそばにいた人物の耳に届いていた。
「……えっ!?」
他人の息を飲む様子に気づき、仮面の男が舌打ちする。
そう、彩葉だった。
彼女は帰還していなかったのだ。
"オォォぉぉ……!"
アルカナボスの断末魔が室内に響き渡る。
千を超える鋭利な傷を負い、【女教皇】はとうとう、前のめりに倒れた。
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