第64話 白き鎧の乙女

 

 地を割らんばかりに斧を叩きつける者、目にも留まらぬ速さで槍を突き刺す者、舞うように剣の連撃を見舞う者。


 魔法火力職からは炎や風の魔法が生み出され、【女教皇】に降り注ぐ。

 

「――行けぇ! やっちまえ!」

 

「攻めろー!」

 

 俺のすぐそばで支援魔法師バッファー二人組が拳を振り上げ、盛り上がっている。

 

 背中に当たる石壁が冷たすぎて、すっかり背中の感覚がなくなっていた。

 俺は身じろぎもせず、じっと戦いの行方を見守る。

 

「〈火球ファイアボール〉!」

 

 大げさに杖を掲げて叫ぶ、男性魔術師の声がここまで聞こえた。

 火球が【女教皇】に向かって飛んでいき、轟音を立てて炸裂する。

 

 灰色の煙が、激しく膨らむ。

 

(レジストされたか)

 

 相手にレジストされると破裂が小さくなり、煙が多く出現する。

 

 それでも、プレイヤーたちが一様に歓声を上げ始めた。

 

「おおお! 火球ファイアボールだぜ」

 

「お、おい……すげーダメージ入ったんじゃね? さすが宗助。ノッてるなあ」

 

(……なぬ)

 

 耳を疑う。

 

「やっぱ宗助の魔法が一番高火力だよな。あんなん喰らったら俺、即死かもしれねぇ」

 

(……待て待て)

  

 今の〈火球ファイアボール〉はどう見てもたいしたダメージを与えていない。

 エブスといい、このプレイヤーたちといい、なにか根本的なところの理解がずれている。


(うーむ)


 全体を見ていると、だんだん粗が目についてきて、俺は【女教皇】戦が失敗に終わり続けた理由が分かった気がした。

 

 とにかく、味方の動きがぎこちない。

 人数が多いためにプレイヤー同士がぶつかったり、視界を遮るなど無駄な動きも見られる。

 訓練されたそれではないことが一目瞭然だった。

 

 アビリティを連発し終わったプレイヤーが【女教皇】の背面に居残り、絶好の場所を譲らないのも気になる。

 

「部下出現! 火力Dチーム準備!」

 

 エメラルドが声を張り上げて指示を出す。


 視線を移すと、遠くで軽鎧ライトアーマーの女性が輝く広刃の剣ブロードソードを高く掲げ、承諾の意を示している。

 

 深緑で縁取りされた、格の違う白鎧。

 彩葉だ。

 

 彼女は火力Dチームというところに所属しているらしい。

 

「彩葉さんかわえーなー。ダントツだよな」

 

「マジ天使だわ。決めた。俺、明日立候補する」

 

「今は恋愛する気になれないんです、って言われるらしいぜ。もう20人以上自滅しているってさ」

 

「あれ、でも救済って、落ち着いたんじゃなかったのけ?」

 

「すでにあそこにいる蒼鎧のお方と恋仲になってて、断っているという噂もあるぜ」

 

「……ああ、俺、腰痛めてたんだった。くそ、腰さえ……」

 

「いや、何に使うんだよ」

 

 彩葉たちの前には、紫と緑が毒々しく混じった巨大な蜘蛛が三匹出現していた。

 あれが致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラだ。


 俺は糸欲しさに好奇の視線を向けていたが、普通はその毒々しい姿に嫌悪感を抱くに違いない。

 

 彩葉が個体ヘイトを繰り返しかけて、三匹のターゲットをとる。

 高貴なる治癒盾ノーブルストライカーは範囲ヘイトを持っていないためだ。

 

 ただターゲットを取るということは、とりもなおさず攻撃を受け続けるということに他ならない。

 

 致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラの攻撃は熾烈だった。

 前足というのか、四本の足を切り裂くように動かし、時には彩葉を抱え込み、牙をたてようとする。

 

 受け損なえば、そのまま命を刈り取られてしまうような一撃ばかりである。

 

 それを彩葉は盾で、剣でと捌き続ける。

 漆黒の髪をふわり、ふわりと揺らしながら。


 遠くで見ているだけの俺は、その美しさにすっかり息をするのを忘れていた。

 

 彩葉の鎧は今や白色に光り輝き、【中位持続回復】を発揮している。

 名高い鎧の能力による持続回復だ。


 攻撃のほとんどを盾で防ぎ、通ってしまったダメージは鎧で自己回復する。

 まったく隙のない、戦い方だった。

 

「タゲ安定です!」

 

 響き渡る、彩葉の凛とした声。

 彼女は毒攻撃を受けたようだが、齢70ぐらいに見える高齢男性がしわがれた手を伸ばして、彩葉に【上位状態異常回復】と回復魔法ヒールを入れる。

 

「おっしゃ、いくぜー!」

 

 同じチームの格闘系職業の男とドワーフの斧使いの男がそのうちの致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラAに狙いを定め、背後から攻撃する。

 弓職の女性は少し離れた位置に立ち、同じ敵を射始めた。

 

(この火力Dチームは比較的統率がとれている)

 

 やはり彩葉の力か。


   致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラAが早くも体液をまき散らしながら崩れ落ちた。

   

「うほほぉー!」

 

 ドワーフが斧を地面に叩きつける。

 範囲攻撃【グランドストライク】だ。


 範囲にいた致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラBとCは上から見えない圧力で押し潰されるのが見えた。

 だが、やはり俺が想定していたより威力が弱い。

 

   (……あれで討伐に入れるのか)

 

 友人ササミーのそれはもっと高威力だった気がするが……。

 

 それでも、負傷した致死毒蜘蛛デッドリィタランチュラBとCを彩葉たちが屠る。

 

「部下排除完了!」

 

「おおお、いいぞー!」

 

 彩葉の声に、誰かが大声で応じる。

 どうやら統括チームで全体士気を上げるよう、声掛けしているらしい。

 

「了解。排除早いわね。ボス攻撃再開して」

 

 エメラルドが穏やかに指示を出す。

 

 【女教皇】は範囲物理攻撃、単体雷撃攻撃、範囲スリープをほぼその順番で繰り返していた。

 メインタンカーのギリルが盾となりダメージを受け、タンクチームの回復職ヒーラーがギリルのHPを管理する。その間に火力チームが【女教皇】へのダメージを累積させる。

 

(なるほどな)

 

 中盤はこの作戦通り、危なげなく進行していった。

 俺はプレイヤーたちを観察しながらも、【女教皇】の特殊攻撃の事前モーションを覚え込んだ。

 

   あれから二回の部下湧きがあったが、彩葉たちは難なく排除できていた。

 

「新規の攻撃がそろそろだと思います。注意してください。対応は各自で判断」

 

   エメラルドの通る声がここまで響く。

 【女教皇】のHPが減って、三分の一に近づいているのだろう。

 

 しばらくすると、確かに【女教皇】の動きがあからさまに変化した。腰を低くして錫杖を横に構え、何かを念じている。タンクチームを狙っているようだった。

 

「範囲魔法かな……状態異常とかうざいな」

 

「やべぇ、マジでこえぇ……」

 

 近くで支援魔法師バッファーが震えた声を上げている。

 

 その時。

 

「範囲攻撃だ! 来るぞ!」

 

 誰かのうわずった声が壁に反響して、金属音のように聞こえた。

 それを聞いた仲間たちが慌てて陣形を乱し、タンクチームからさらに離れようとする。

 

 そこで俺は見た。

 銀色の仮面をした【女教皇】が、口元を歪めて嗤うのを。

 

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