第60話 望んでいた状況


「カジカさん、あたしたちサカキハヤテ皇国を降伏させるために裏工作中なんです」

 

 リンデルを無視したシルエラの声は、明るい。

 

(……降伏?)

 

 衝撃的な話に、内心動揺していた。

 戦争を始めるつもりか?


 だがその話より先に、確かめなければならないことがあった。


「裏工作? 誰かを探しているようだったが」

 

 俺はシルエラに調子を合わせて、訊ねる。

 確認しておかなくてはならなかった。

 

「……はい。黒髪の仮面の男。サカキハヤテ皇国が血眼になって探している謎の存在なんです。私たちの役目は、その男を先に見つけて、始末することなんですよ」

 

 シルエラはしきりに銀色の髪を指でもて遊んでいる。

 

(また、あっさりと……)

 

 呆れていた。

 国家機密をぺらぺらと喋ってしまうシルエラに、ニヤニヤするだけで止めようともしないリンデル。


 ふたりが考えているようなただの乞食が、ここに野営結界を張っている時点で、おかしいと思わないのだろうか。

 

(……ここで殺るか)

 

 俺の目が、研ぎ澄まされていく。

 

 本心はせっかく探す手間なく現れたリンデルを、ここで惨殺したい。

 アルマデルになれば造作もないことだ。

 

 だが……。

 

(――出来るか。俺に)

 

 こんなのでも、シルエラの愛した男だ。

 

 リンデルを一撃で仕留められなければ、シルエラは身を呈して俺を止めるに違いない。

 いくら復讐相手と言っても、シルエラまで手にかけるのは今の俺には無理だ。

 

 もしリンデルだけ屠れたとしても、話は終わりではない。

 シルエラにアルマデルの正体が割れ、仇としてしつこく狙われる可能性もある。

 

(やっかいだな)

 

 久しぶりに逢ったシルエラは、昔のまま痛いほど真っ直ぐに俺を信じている。

 悪女にでもなって俺をコケにしてくれる方がまだよかった。

 

(……しかたない)

 

 この上なく胸糞が悪いが、シルエラとリンデルが離れている時を狙うしかない。

 

 心配することはない。

 居場所はわかったのだ。


 後はじっくりと外堀を埋めて、遠くない未来にこいつを……。

 

「おい、白豚くん、なんだいその目つきは?」

 

 リンデルが俺を見ていた。

 

「別に気にしなくていいが?」

 

「僕を敬うのならいい。許してやろう。だが今のはそうじゃないね。シルエラが僕を選んだのがそんなに不愉快かい? ハハッ」

 

 口元を歪めて笑ったその声に、陶酔という言葉が載っている。

 

「独り言は一人で言え」

 

「何だと貴様!」

 

 眉間に筋の浮いたリンデルが、剣の柄を掴む。

 

「ちょっと! 何考えてるのよ!」

 

 シルエラの静止も聞かず、リンデルが再び剣を抜いた。

 ひらりと閃いたのは、A級の高純度ミスリル製広刃の剣ブロードソードである。

 

「……こいつは前からむかついていたんだ。ここで殺す」

 

「だめだってば! カジカさんはあたしの大事な友人なの!」

 

 シルエラがリンデルが剣を持つ右腕にしがみついた。

 

「だ、大事だと……!?」

 

 目を見開いたリンデルの顔が、怒りで紅潮していく。

 

「僕以外の男を大事と言うな!」

 

「きゃっ」

 

 銀色の髪が激しく乱れた。

 金属製の小手で頬をぶたれ、シルエラが人形のように頭を揺らして倒れた。

 

「おい!」

 

 唖然とした。

 見ればシルエラは地に後頭部を打ってうぅ、とうめいた後、裾を乱したままピクリとも動かなくなってしまった。

 

 それを見届けたリンデルは、シルエラに生ぬるく微笑みかけた。

 

「――ちょっと休んでてくれ、シル。こいつ、殺すからさ」

 

「………」

 

 これには正直、煮えくり返るほどの怒りが湧いた。

 こいつはこの扱いが普通というわけか。

 

 いつものように怒りに任せて、体が勝手に動きそうになった時だった。

 

 ふと、俺は気づく。

 今のこの状況は、望んでいたものに極めて近いことに。

 

「――!」

 

 俺は迷わず、この隙にシルエラのそばに駆け寄った。

 だがドスドスと鈍足で近づいてくる俺に、リンデルが気づかないはずはなかった。

 

「おっと、何をする気だ白豚くん、【不能打撃スタンクラッシャー】」」

 

 強い衝撃が走り、目の前が真っ白になる。

 体がしびれて片膝をついたが、なんとかシルエラの裾は直した。

 

(よし)

 

 それでも浮かんでくる、会心の笑み。

 ぎりぎり間に合った。

 

 ふわり、とシルエラを囲むように白い光の輪が形成される。


「……おい、なんだこれ? お前何をした!?」

 

 リンデルが慄いて一歩下がった。

 見たことがないのだろう。

 

「……」

 

 俺は小さく笑うのみで答えない。

 アイテム、領域帰還エリアリコールである。

 

 課金ガチャで手に入れた帰属アイテムの一つで、自分以外の他人も一緒に帰還させることができるものだ。

 

 シルエラが街に帰還すれば、この場で俺の変身をためらわせる要素はない。

 スタンをもらってしまったが、あとはリンデルのスタンループが途切れた瞬間を待つ。

 

 さっきダメージを受けてみたところでは、スタンの一撃一撃はそれほど大きくなかった。

 次のスタンを準備するために、リンデルは強撃を合間に入れることが出来ない。

 多少スタンにクリティカルヒットを見込んでも、リンデルのMP切れのほうが断然早い。


 ただその時を待ち、MP切れしたところでアルマデルに変身する。

 

 ――そして。

 こいつを、復讐相手であるリンデルを、殺す。

 

「【盾の衝撃シールドスタン】」

 

 もう一度俺がスタンをもらったあたりで、シルエラが強い光で覆われ、消えた。

 

「この光は……帰還リコール? 帰還リコールか!?」

 

 スタンしたままの俺の表情を見て、それが当たっていることを直感したようだった。

 

「アハハハハ! なんだよ、シルがいたから生き残れていたのに、自分から帰還リコールさせるなんてね! そんなに死にたいのかい? バカにもほどがあるね! 【不能打撃スタンクラッシャー】」

 

「………」

 

 俺は口元に笑みを浮かべただけだった。

 

「【盾の衝撃シールドスタン】」

 

「【不能打撃スタンクラッシャー】」

 

 リンデルのスタンループが始まった。

 

 リンデルはスタンの合間をぬって細かい打撃を入れ始める。

 

「アハハハ、今日はいい日だよ! 最高だ!」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 


「こいつ……?」

 

 リンデルがなかなかへばらない俺に苛立ちを見せ始める。

 HPは三割も減っていない。

 

「……こいつ、レベル低いんじゃなかったのか?」

 

 リンデルの顔からは、すっかり余裕の表情が抜け落ちている。

 

「なにかアイテムを使ってダメージを減らしているのか……? まあいいさ。長くなったとしても、止めるシルエラはもういない」

 

 リンデルは意外にもスタン継続をミスすることがなかった。


 スタンの抵抗判定にもっとも大きな因子は筋力である。

 そのため、今、ステータスダウンしている俺が抵抗できる確率は非常に低い。

 

「しぶとすぎるなこの白豚野郎。冒険者のローブのくせに……!」

 

 そう思うのなら、スタンなんて回りくどいことをせずに、ただ切りかかればいいと思うが。

 俺に戦う隙を与えない殺し方に拘っているあたり、よく性格が現れている。

 

 スタンが効いている間に、リンデルは自分にMP回復薬ポーションを使っていた。

 使うタイミングに乱れがなく、スタンを中心としたこの戦い方に相当慣れているようだ。

 

(だが、限りがあるはずだ)

 

 俺のHPは細々と減り続けているが、まだ六割ほどを残している。

 顔には出さないものの、なかなか止まないスタンに正直、焦りが出てきていた時だった。

 

「――そ、そうだ! あれを使おう。忘れていた!」

 

 リンデルが狡猾そうな笑みを浮かべて、何やらアイテムボックスをゴソゴソやり始めた。

 

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