第53話 やってきたウンサル



「好きに話すがよい。耳はお前に向けておこう」


 近くに椅子やソファーがあったものの、俺は腰掛ける気も起きず、立ったまま話を始めた。


「10年ほど前の話だ」


 俺は図書館で読んだ話を、順を追って話した。

 

 ザフィンは最初、背を向けっぱなしで聞いているのか疑問だったが、話の途中からこちらに向き直っていた。


「――それならよく覚えておるよ。村を救うのに一人の処女を沼に飛び込ませた話じゃの」


「その少女は大切に思っていた男がいたはずなんだ。あんた、覚えていないか」


 俺は真っ先に訊ねたかったことを口にした。


「覚えているも何も、今も付き合いのある男じゃ」


 聞けばザフィンは毎年、雨の祈願であの村を訪れていて、いまだ親交があるという。

 その男の名はウンサルという。


 今は亞夢のいた獣人族の村のリーダーになっているそうだ。


「待っておればよい。明日あたり、その村の者がここへ納め物に来るはずじゃ。ウンサルも来るかもしれん」


「そうか」


 俺は心の中でガッツポーズを取る。

 亞夢がいれば、ハイタッチでもしたい気分だった。


「その村はここから近いのか」


「村の位置はわしの口からは言えんよ」


「まあいい。本人から聞こう」


 俺はザフィンの言う通り、明日来るらしいウンサルと言う男を待つことにする。

 来なければ帰る村の連中についていけばいいだろう。


「――ところで、外に異臭が漂っているが、あれはなんだ?」


「お告げがあっての。少し手の込んだ儀式を行ったのじゃ」


 こっちじゃ、とザフィンは俺を古びれた物置へと案内した。


「どうやらお告げは、お主のことだったらしい」


 横開きの扉を開けると、そこにはロバがいた。

 しかし、ただのロバではない。


「……まさか、不死者アンデッド化か」


「そうじゃ」


 ザフィンがニヤニヤしている。


 祈祷師の儀式によってか、どう見ても生きていられない体躯をしたロバが、四本足で立ってこちらを見ている。


「わしではロバが精一杯じゃったがな。訪れる者は金に糸目をつけず、買い取るであろうとのお告げであった」


(お告げか……)


 祈祷も侮れないことをここで知った。

 確かに俺は、乗れる騎乗動物が喉から手が出るほど欲しかった。


「どうじゃ、欲しいかの」


「――跨ってみていいか?」


「もちろんじゃ」


 ずるりと皮膚がはがれたりしないかドキドキしたが、そんなことはなかった。

 俺がまたがっても、嫌がることなく立っていた。


 祈祷師に対しても嫌悪感を抱いていないようで、他者を攻撃する様子は見せていない。


 走らせてみると、徒歩の二倍ぐらいの速度で移動できそうだ。                 

 ただ不死者アンデッドなだけに臭いが気になる。


「あ、そうか」


 思いついた俺は、亡骸草を使って作った第三位階HP回復薬ポーションを腐ったロバにふりかけた。

 するとロバの腐っていた傷口がみるみるふさがり、異臭が消えた。


 ロバも体の痛みが消えたのだろう、機嫌よく俺の手の下に頭を持ってきてこすりつけた。

 今はアンデッドであることすらわからないほどに生気? を放っている。


「グゥヒィ」


 変わった鳴き声だ。


「どうじゃ、欲しいかのう」


「……まあな」


 見れば騎乗動物としては最下級のロバである。

 本来は移動手段と言うよりは、耐重量が大きいので荷を運ぶのに利用される動物である。


「ふぉっふぉ、100金貨じゃな」


 結局、俺は70金貨も支払って不死者アンデッドロバを手に入れた。

 騎馬が5金貨で買えるこのご時世に、である。


 名前は少々悩んだが、リピドーにした。

 せめてほとばしってほしい。




   ◇◆◇◆◇◆◇




 翌日の、日が傾いて暮れようとする頃のことだった。


「来たようじゃな」


 見えてもいないはずのザフィンが、家の中から俺に声をかけた。

 するとたしかに、遠くから馬を連れた男たちがやってくるのが俺にも見え始めた。


 男たちは3人。連れている馬の背には、大量の荷物が積まれてあるのが遠目でもわかる。


 やがて、男たちが俺の目の前に立ち止まる。


 三人とも背が高く、黒髪で浅黒い肌をしていた。

 露出した前腕と下腿には金色の毛並みをもっている。

 

 男たちは俺を値踏みするように眺めたが、すぐに興味を失ったようだった。


「ザフィン様!」


「来よったか」


 ザフィンが家を囲っている柵の壊れた部分をくぐるようにして外に出てきた。


「お約束してありました穀物をお届けに上がりました。今年もおかげさまで収穫に恵まれ、立派な穀物を大量に手にすることができました。これも一重にザフィン様のおかげでございます。これが麦、これが果実類、そして……」


 やり取りをしている横で、俺は瞬きして男たちの名前を確認する。

 ウンサルと言う名の男がいることに、俺は歓喜した。


「………」


 俺の首元にあるネックレスが、何かを訴えるように小さく震えている。

 俺はネックレスを握りながら、男たちに近づく。


「――あんたが、ウンサルか?」


 話が途切れたところで、俺は口を挟んだ。


 男はこちらを向いて振り返った。

 目が猫目のように長円瞳孔になっていて、夜目が利く獣人のようだ。


「……そうだが、なんだ? 仮面の男」


 ウンサルは俺を見て眉を顰めると、尖った犬歯をわずかに見せる。


「お前を待っていた。少し、昔話に付き合ってもらいたい」


「……昔話? 俺はお前なんか知らねぇぞ」


 ウンサルは挑戦的な目つきをしながら、俺を威圧するように一歩前に出る。


(やれやれ、喧嘩っ早い種族のようだな)


 俺は溜息をつきながらも、口を開く。


「ウンサル、亞夢を知っているだろう」


「なっ」


 ウンサルの顔に、驚愕の表情が浮かび始めた。


「……お前がなぜその名を……」


 ウンサルが急に挙動不審になる。


「十年前、亞夢は沼に飛び込んでお前たちの村を救った。そうだな?」


 俺は一歩近づく。


「……その話は外部にはしないことになっている」


 ウンサルは怒気をはらんだ声で不快感をあらわにし、それ以上の会話を拒否した。


「聞いてくれ。亞夢が生きているんだ」


「――な、なんだって!?」


 ウンサルの口が、開いたままになっている。


 昔の愛した人が生きていたのだ。

 こんなに嬉しいことはないだろう。


「亞夢は不死者アンデッド化しているんだが、それでも、そんなになっても……お前を沼で待っていた。ここに連れて来ている。会ってやってくれないか」


「……あ、不死者アンデッド?」


「ああ、そうだ」


 だが俺はそれ以上言葉を続けることができなかった。

 男がみるみる表情を歪めていったからだ。


「じょ、冗談じゃねぇ! 悪いがあんたが始末しろ。俺は思い出したくない」


「………」


 俺は唖然とする。

 今頃になって、俺はこの男が喜ぶ姿しか想像していなかったことに気づく。


(始末……だと?)


 どういうことだろうか。

 死に別れたと思っていた恋人ともう一度逢えるのなら、歓喜以外の感情が先立つことなど、ないと思っていた。


 この男は、亞夢を本当に愛していたのだろうか。

 一瞬、後戻りした方が良いかもしれないという不安がよぎったが、すぐに考え直した。


 10年も死んだと思っていた人が生きているなど、突拍子もない話だ。

 誰だって戸惑う。


 俺はウンサルに、かみ砕いてもう一度説明した。

 そして亞夢の肩を抱いて、愛してるとだけでもいいから、言ってやってくれと嘆願した。


 出ていた夕日はすでに沈み、いつのまにか肌をさすような冷たい風が出てきている。


「もし亞夢をそばに置いてくれるというのなら、俺から多少金を払ってもいいし、召喚のためのこのネックレスをあんたにくれてやってもいい」


 帰属アイテムであることなど、すっかり俺の頭から抜け落ちていた。

 繰り返し話しても拒否していたウンサルだったが、ネックレスがもらえるとわかった途端、態度を一変させた。

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