第38話 約束



 一方でカジカは肩をすくめていた。


「――面白い猿芸だ」


 カジカは硬貨袋から銀貨を一枚取り出し、エブスの足元に投げた。


「………」


 シーン、と静まり返った。

 巻き起こっていた風が止む。


 エブスの顔が、みるみる真っ赤になって引き攣った。


「……おい、白豚野郎、お前、冒険者のローブとか着てるくせに、随分調子に乗っているじゃねえか。ここは初心者を守る初期村じゃねえ。殺してやっても、いいんだぜ」


 エブスが地の底から湧きあがるような声を発した。


「待て待て。私闘による殺しは許さんぞ、エブス」


 それを聞き咎めた男がひとり、向き合ったカジカとエブスに近づいてくる。

 シーザーの蒼穹重鎧プレートメイルに輝く双剣を腰に差す男。


 ミハルネである。


「やっぱりまた会ったな」


 ミハルネはカジカを見てニヤッと笑うと、すぐにエブスに視線を戻した。


「……ちっ、ミハルネか」


 エブスは小さく舌打ちする。


「しょうがねぇ、なら泣いて謝る程度にしておいて――」


「――別に殺し合いでも構わないが」


 カジカはエブスの言葉を遮って言った。


「お前には借りがある。外域決闘場テンポラリコロシアムで正式にやろうじゃないか。ただしお前が死んでもいいならな」


「なに」


 ミハルネが耳を疑ってカジカを振り返る。


 その隣では、ノヴァスも口をパクパクさせていた。


「――ガハハハハ、聞いたかミハルネ! お前が証人だ。こいつ自分から殺し合いでいいって言ったぜ。もうお咎めなしでいいんだよな?」


 エブスは、水を得た魚のように嬉々とする。


 外域決闘場テンポラリコロシアムとは各チームのリーダーが入場する人数を設定して、一定時間チーム同士で決闘し、キル数を競い合う仮想空間のことである。

 デスゲーム化してからは、キルはもちろん本当の死に直結するため、本来の目的では利用されていない。


「――ば、馬鹿なことを言うな!   カジカ、お前自分で何を言ったかわかっているのか!」


 ノヴァスが大声を張り上げた。


「ウルフにも勝てないのに、こいつとの殺し合いだなんて死にに行くようなものだろう! そもそもデスゲーム化したのになんでプレイヤー同士の殺し合いをしなければならないのだ!? 今からでも遅くはない。早く謝るんだ。私からも言ってやるから」


 ノヴァスはカジカの両肩を掴んで見上げながら、必死で説得し始めた。

 しかしカジカはその手をすぐに払うと、ノヴァスをまっすぐに見る。


「ノヴァス。こいつは逃げていい相手だと思うか」


「………!」


 静かに発せられたカジカの言葉に、ノヴァスがはっとした。


「ノヴァス。お前ならわかるだろう」


「………」


 ノヴァスが、言葉に詰まる。

 

「カジカ、わかっているのか? 外域決闘場テンポラリコロシアムはあんたの指の奴は使えないんだぞ。それにそんな紙装備じゃ、あいつの攻撃はひとたまりもないぜ」


 横からカジカに声を掛けてきたのは、ミハルネである。


 決闘のためルールが厳密で、運営配布の各種ドーピングアイテムや、平等配布の原則に沿っていないアイテムは使えない。

 召喚系アクセサリーはその最たるものである。


 しかしカジカは、その忠告も無視する。


「エブス、五日後の正午。この街の外域決闘場テンポラリコロシアムへの転移ゲート前で待っているぞ。それでいいな?」


「俺様相手に、よくそこまでほざけるなあ? ……まあいい、面白いじゃねえか」


 エブスが怒りに顔を紅潮させたまま、笑ってみせた。


「二人とも待て!」


 そこへ、ノヴァスが割り込んだ。

 カジカの前に立ち、エブスに向き合う。


「せめて戦う時間は一番短い15分にしてくれ。そしてエブス、約束してくれ。もし引き分けて終了したら、もう二度とカジカに手を出さないと」


「ガハハハ! いいぜいいぜ」


 しかし意外にも、エブスはノヴァスの言をすんなりと受け入れた。


「ノヴァスさんがなんでそんなに入れ込むのか知らねえが、このエブス、15分が終わったら、こいつのことはきれいさっぱり忘れてやるよ」


「俺からもひとつ。外域決闘場テンポラリコロシアムに入るまでは、お互いに手出しは禁止。破られた場合は決闘は中止にさせてもらう。当たり前のことだが、いいな?」

 

 ミハルネが言った。


「わかったぜ。それまでは近づかねぇよ。でもよ、因縁つけられたのはこっちなのに、俺様の方がすっかり悪役じゃねぇか」


 エブスが同じギルドの男たちを振り返る。


「すっかり興が冷めちまった……おい、お前ら! 別の店で飲み直すぞ!」


 エブスが仲間を数人連れて去っていくと、周りからは否が応でも安堵のため息が漏れた。 


「カジカ」


 ミハルネが大きな溜息をつきながら、カジカに近づくと、その巨体の背中をぽん、と叩いた。


「止められなくて済まなかったな」


「意味がわからないが」


「『KAZU』が『乙女の祈り』に協力するようになってから、明らかに世のPK被害が減ってな。俺や彩葉さんはあいつらに感謝こそすれど、強く言えない現実があるんだ」


「余計な世話を焼きたがる奴だ」


「あんたはどうにも気になってな」


 ミハルネがニッ、と笑った。


「ところで、今日はずいぶんスターが勢揃いのようだが」

 

 ため息が伝染したカジカが周りを見回しながら、話を変える。


 周囲にはミハルネ、彩葉はもちろんS級以上の装備を身にまとったプレイヤーが幾人もカジカを見ていたのである。


「『アルカナダンジョン』攻略の顔合わせ会でな。 二週間後に挑む」


「そういうことか」


「カジカ。話を変えたつもりのようだが、そうはいかんぞ」


 ミハルネが険しい表情になって、カジカを見た。


「 エブスはそこらにいるただのチンピラとは訳が違う。何人ものPKKを返り討ちにしてきた、俺でも勝てるかわからん相手だ」


「あいつから逃げるという選択肢は、俺にはない」


 横で会話を耳にしていたノヴァスが、何かを決意した表情に変わる。


「女なら惚れるだろうな。まぁそれはともかく、俺はあんたを死なせたくない。なんとかならないのか?」


 ミハルネがギルド長らしい、人を落ち着かせるような笑みを浮かべる。


「死ぬと決まったわけじゃない」


「……気は変わらんか……なら、せめてそのペラペラアーマーを何とかしろよ」


 ミハルネがカジカの肩をぽん、と叩くと、背を向けて去っていった。


「カジカ」


 話が終わったとたん、カジカに声をかけたのはノヴァスだった。


 この寒さの中、上着を着ずに出てきたままの姿で立っており、すっかり血色が悪くなっている。


「私とも約束してもらおう。4日後の正午。決闘前日、エブスと待ち合わせた場所と同じだ」


「一方的なことを」


 カジカは鼻を鳴らした。


「来てくれるなら、その後はお前の前から姿を消そう。もう付きまとわないと約束もする。それでどうだ?」


 ノヴァスが揺るがない瞳で、カジカを見つめる。


「このまま消え去るつもりはないのか」


「ない」


 ノヴァスはあっさりと断言する。


「………」


 カジカの隣に立っていた詩織が、目つきを鋭くする。

 しかしノヴァスは一向に気にする様子もなく、カジカを見つめ続けた。


「……頼む、カジカ」


 そう呟いたノヴァスは、寒さで顎を震わせていた。

 その様子がいたたまれなくなったのか、カジカは目を細めた。


「――これっきりにしてもらう」


「ありがとう」


 承諾の返事を聞いたノヴァスが、やっとカジカから視線を外した。



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