第35話 再会
「デスゲーム化してからはみんな腰が引けた戦いになっているって噂。当たり前だろうけどね」
それはそうだ。
命懸けの戦に挑むのはもう流行っていない。
俺がため息まじりにそれを口にしようとした時だった。
店内に別な空気が流れ込んだように雰囲気が変わり、どっと歓声が上がった。
「ん?」
見ると二人の女性が入り口に立っており、その後ろに一人、巨大な
三人は席を探しているようだった。
「………!」
彼らが何者かを理解した俺は、唐突に息が詰まり、胸が早鐘を打った。
同時に呼び覚まされる、体の芯を貫く怒り。
あの顔を、忘れるはずがない。
そんな俺とは対照的に、あたりは口笛を吹いて3人を歓迎していた。
見ているうちに、二人の女性だけが酒場にいた男たちに取り囲まれる。
「すごい人気ね……誰が来たのかしら?」
詩織が向こうを見たまま、俺に訊ねた。
人だかりの中で見えたのは、胸元までの漆黒のストレートの髪を湛えた女性と、ブロンドのたっぷりとした髪が肩のところでゆるりとカールしている女性。
困惑したような表情の女二人を、男たちが我先にと自分の席に案内しようとしている。
二人は苦笑いをしつつ、そのうち男性グループのひとつに吸収され、大斧の男もついて入った。
十人以上の男達が二人の女を囲み、異様な盛り上がりを見せ始める。
そのおかげで、あちらからも俺達は完全に見えなくなっていた。
「……ど、どうしたの?」
詩織が青ざめた表情で言った。
俺が豹変した形相で、穴を開けんばかりに奴らを睨んでいたからだろう。
(なぜ、ここにいる? いや、探しに行く手間が省けたと言うものか)
続けて俺の顔に浮かんだのは、不敵な笑みというもの。
詩織が立ち上がって背伸びをし、その女性たちを確認する。
「あれは……彩葉さんじゃないかしら? 『乙女の祈り』の……」
「あぁ、そうだな……」
生返事だった。
胸の奥底に押しやっていたどろりとしたものが鎌首をもたげ、俺を突き動かそうとしている。
俺の手は無意識にアイテムボックスを開いて、アルマデルの仮面を掴んでいた。
だが幸いにも、俺はまだ周りを見るだけの余裕があった。
料亭には 30人以上の男女。
先日助けた店主と、子供を寝かしつけたのだろう、バイトの詩織と交代したその妻が笑顔で料理を運んでいる。
(ダメだ、早まるな)
滾る怒りの沼に沈んでいこうとする俺を、小さいながらも残った平常心が引っ張り上げた。
ここで暴れるわけにはいかない。
大切な詩織もいる。この料亭もそうだ。
夜遅くまで働いて二人の子供を養っている、かけがえのない場所だ。
「……詩織」
さっきまでと違う俺の低い声に、詩織が眼を見開いて俺を見た。
「聞いて欲しいことがある」
「うん? 彩葉さんたちのこと?」
「……そうだ」
俺は、大きく息を吐いた。
すべて詩織に打ち明けることに決めた。
「あんまり面白い話じゃないんだが……」
俺は感情的にならないようにしながら、順を追って話した。
俺がこんな姿になってから、助けようとした女性がいたこと。
自分がその女性に恋心を抱いてしまったらしいこと。
だがその人はほかの男に恋をして、離れていってしまったこと。
話していくうちに、気持ちがどんどん静まっていくのがありありと感じられた。
言えないぐらいつらいことほど、さらけ出してしまう方が救われる。
そのことを今、改めて知った。
「うん。続けて?」
「ああ」
時折詩織に促されつつ、俺は続けた。
リンデルにひどく蔑まれ、怒ったが強引にねじ伏せられたこと。
土まみれになりながらエブスとノヴァスに嘲笑われたこと。
「『リンデルに寝取られた発情白豚』って言われて……笑われたんだ。ノヴァスっていう女性もそれを聞いて高笑いしていた。そのあとエブスに武器と、薪割りに使っていた石斧も奪われた」
「……ひどい」
すべて話すことができた俺の胸は、すっかり軽くなっていた。
一方、受け止めた詩織はこらえきれずに泣いていた。
「だ、大丈夫か」
俺はハンカチを取り出して詩織に渡した。
「ねぇ、あんまりだわ……石斧がなきゃ稼げないってわかるだろうに」
詩織の声はもう、潤んでいた。
「カミュがそうなっちゃうのも至極当然だと思う。誰でも触ってほしくない過去は必ずある。それを引っ張りだして皆であざ笑うなんて」
「……助けてもらった後だっただけに、葛藤が収まらなくてな」
「ねぇ、カミュ。そのままでいいのよ。嫌いなままで。もしどうしても気になるなら、こちらも2回命を助けてあげればいいじゃない。カミュにはもうその力がある。それであいこにしましょうよ」
「……そうだな」
十四歳の女神は涙を拭きながら、ふわりと微笑んだ。
俺はいつのまにか笑えるようになっていた。
ピエニカに続いて、離れていったシルエラ、そして高笑いしたノヴァス。
俺を否定した三人の女。
そのせいで、世の女性がすべて自分の敵だと思うほどに、俺は病んだ。
しかし、そうではなかった。
そう教えてくれた詩織の存在は、本当に計り知れない。
「詩織、ありがとう。聞いてもらえて救われたよ」
「……うん」
詩織が落ち着くのをしばらく待つことにした。
すっきりした俺は明かりを得たかのように周りが見えるようになった。
周りを見ると、彩葉とノヴァスが飲まされている。
二人は以前見た出で立ちとは異なっていた。
キルティングされた白の鎧下を着ているのは一緒だが、彩葉は足首までの緑のマーメイドスカート、ノヴァスはひざ上の黒のブリーツスカートを穿いている。
二人とも女性に人気の高級毛皮、『ヘルラビットの毛皮』を纏っていたようだが、今は脚を隠すように膝掛けにしている。
(あぁ、こいつらは……)
怒りで全く気付かなかったが、二人を囲んでいる男たちはギルド『北斗』の集まりだったようだ。
彩葉の隣に座っている蒼い鎧の男を、俺は知っていた。
ミハルネだった。
第一サーバー最大ギルド『北斗』のリーダー。
囚われたその日に、俺を高レベルプレイヤーだと見抜いた男だ。
ほかにギルド『KAZU』の連中数人もこの席にいた。
最凶といわれた極悪PKギルドだったが、今は一転して『乙女の祈り』に協力をしている者たちである。
ノヴァスは見知らぬ男に飲まされながら、脱衣じゃんけんのごとく、暑かろうと数人がかりで上に着ていた鎧下のボタンを外され、脱がされている。
肩を出した黒のノースリーブだけになっていて、白い素肌が周りの眼をひいている。
けらけら笑っている本人は、セクハラが始まっていることに気づいていないようだ。
彩葉は別なテーブルに座っていて数人の男に囲まれているものの、今はミハルネと見つめ合いながら笑い合っているように見えた。
正直に言えば、お似合いだな、とだけ思った。
視線を戻すと、詩織がやっと落ち着いてきたようだったので、俺は本題に入った。
「それでだ、今話したノヴァスとエブスっていうのが、そこにいる」
「えっ……?」
詩織が目を見開くと、もう一度彩葉たちを振り返った。
詩織がこんなあからさまな行動をとるのも珍しい。
「俺もここで暴れたくないんだが、理性を失ったら強引でもいい、止めてくれ。少なくとも、ここでアルマデルになろうとしたら、絶対止めてほしい」
俺の復讐はノヴァスとエブスで終わりではないのだ。
もう一人、地獄に落としてやりたい奴がいる。それまでは……。
「わ、わかったわ」
「じゃあ出るぜ」
「うん」
支払いを終え、俺達はそっと店を出ようとした。
彩葉やミハルネに気づかれないように、洛花の指輪もアイテムボックスにしまった。
だが立ち上がった俺の巨体は目に止まったらしい。
カジカ用にも顔を隠すものをなにか買っておくべきだったと後悔したが、今さら、後の祭りだった。
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