第31話 スキュラ
俺と詩織は扉へと駆け寄る。
そして、扉の先で何が起きているかを知る。
早く出して、と騒いでいたあの女性が息絶えていた。
襲ったのは体長5メートルはある、紫と黒のまだらを持った
それは、見ている間に獲物を丸呑みにしていく。
「遅かったわ」
詩織の顔が悔しさに歪む。
「やっぱりこいつか」
俺はよしんば扉を閉めようと考えていたが、できなかった。
ニヤッと笑ったその敵は、少女だった。
薄汚れたワンピースの下からは、牙を向いた6匹の大蛇と10本の蛸足がうねっている。
知らずに見れば、蛇に囲まれて死を目前にした憐れな女に見える。
悲壮な表情を浮かべれば、つい助けに入る男もいるかもしれない。
そう、スキュラだ。
「……ずっと待ってたの? しつこすぎる女は嫌われるわよ」
詩織が言いながら、後方に野営結界を展開する。
数分かかるが、完成すればどんな魔物でも侵入することはできない強力無比な結界だ。
俺も同じことを考えていた。
戦うことのできない人を守るのに、これ以上の方法はない。
「ヒヒヒ」
スキュラは、裂けんばかりに口角を釣り上げて、不気味な笑みを浮かべた。
そのまま魔法詠唱に入る。
野営結界完成までの数分をなんとか稼ごうとしてか、詩織は弓を構え、ひとり前に出て
スキュラが詠唱を完成させ、初撃の魔法を放ってきた。
魔法が効果を発し、灰色の霧が俺たちの上半身を覆う。
〈
だが先日見た魔法より、霧の密度が濃い。
恐らく第六位階あたりにあるとされる、上級版の魔法だろう。
「うぅ」
周りでどさどさと倒れ込む音。
店の皆が魔法にかかって眠っていた。
もちろん俺と詩織がこの魔法で眠るはずもない。
「ヒヒィ!」
眠らなかったのを見てとったスキュラが、下半身の大蛇たちを詩織に差し向ける。
が、詩織は軽やかな身のこなしで次々とそれらを避けてみせた。
一人でさばくつもりだ。
「人を守るのは得意じゃないんだけど……」
詩織はつぶやき、距離をとりながら矢を射続ける。
矢はスキュラの蛸足で防がれるが、突き刺さりダメージを与えているものもあった。
「キィィイー!」
怒ったスキュラたちが、詩織を最初のターゲットにする。
「確かに、守りながらは大変だよな」
俺は召喚の指輪からアイアンゴーレムのミローンをスキュラの目の前に呼び出す。
橙色の灯りに照らされながら、受け口のゴーレムが音を立てて姿を現した。
ミローンはレベル45とスキュラに比べて圧倒的に弱いが、魔法耐性がある。
スキュラの範囲魔法を制限する壁になってくれるだろう。
「あなた、プレイヤーなの!?」
詩織は驚きながらも、アイアンゴーレムが味方であることを知り、一歩下がる。
そう、召喚の指輪はプレイヤーしか持ち得ない。
俺はそれに軽く手を上げて答えると、ミローンに指示を出す。
「スキュラを叩け」
ターゲットを設定すると、ミローンはのしのしと歩いていく。
「……心強いわ」
詩織はそう呟くと、だぶついて邪魔になっていた給仕のワンピースの裾を破り捨て、膝上ぐらいのものにした。
すらりと伸びた白い素脚が露わになる。
その脚を小さく開いて弓を構えた詩織が指先で矢尻を掴み、引いていく。
そんな詩織の姿は気高く、まるで絵のように美しかった。
その時だった。
ビシュゥ、という、ふいに、空気を割くような鋭い音。
カジカの状態の俺にはその飛来音のようなものしか聞こえなかったが、見れば詩織の矢はまだ放たれていない。
だが次の瞬間、詩織は軽く上半身を反った。
飛来した何かは詩織の持っていた弓をかすめ、少し方向を変えて奥の壁に突き刺さった。
刺さったところから緑色の液体がだらりと垂れる。
毒矢だった。
「うそ……!」
はっとなった詩織。
その視線の先は開いていた重たい鉄の扉の隙間。
そこに口が裂けるほど笑った女の顔があった。
女は弓を手にしたまま、ずりずりと体を前後に揺らしながら中に入ってくる。
下半身が
「ら、ラミアー……」
信じたくない現実に、詩織が絶句する。
この期に及んで、敵軍への支援だった。
ラミアーは目を見開いた詩織を見てか、狂気めいた笑みを浮かべた。
「スキュラだけでも勝てるかわからないのに……」
ラミア―はスキュラほどではないが、レベル55で古代語魔法を使うほか、口笛を吹いて魅惑してくる厄介な敵だ。
増援としては最悪だった。
「……カミュ……」
詩織はか細い声で呟いた。
いつも表情を変えないあの詩織が焦っている。
俺が振り向くと、詩織はスキュラから目を逸らさずに続けた。
「ごめんなさい。助けを呼んだというのは嘘なの」
詩織が弓をしまって、燃えるような紅蓮の短剣を手にとった。
【遺物級】
懐かしい武器だった。
一緒にレイドボスを狩って手に入れた短剣だ。
しかしこれを手にとったということはとりもなおさず、詩織が捨て身で接近戦を挑むということを意味している。
「後はあたしが」
詩織が前に出ようとする。
そんな詩織を、俺は丸太のような手で遮った。
「――俺が先に出るよ」
「え? ちょ、ちょっと待って! そんな自殺行為よ」
詩織が困惑した表情を浮かべる。
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