第28話 詩織登場
サカキハヤテ皇国の一件から数日後。
俺は魔法帝国リムバフェの首都ルミナレスカカオに移動し、カジカの姿で日々料亭や酒場を転々としていた。
リムバフェはNPCの女帝により統治されている国である。
NPCに訊ねると、「魔法帝国」の名の由来は古代ダンジョンから様々な魔法の品の発掘が行われたからだと教えてくれる。
特に首都ルミナレスカカオ付近には多くの古代ダンジョンが隠されているといわれ、アルカナボス《死神》のダンジョンもここにあった。
「十五歳ぐらいの女の子が看板娘をしている店はないか」
情報通らしい者を見かけると、銀貨を握らせてはそう訊ねる。
夕方になると俺は今日も酒場に入り、同じことをしていた。
(それにしても……盛況してないな)
出てきたぬるいライ麦酒をがぶがぶと飲みながら視線を外に向けると、ちょうど向いに閑散としている冒険者ギルドがあった。
以前、こんな時間なら入り口から人が溢れているくらいだったのに、今や見る影もない有り様だ。
噂には聞いていたが、今はダンジョン攻略などせず、安全な定職について暮らそうとするプレイヤーが増えているからだろう。
当然と言えば当然だ。
戦闘に身を置くのが楽しいのは、それがゲームだった時まで。
高ランクプレイヤーの聖地だったこの国も、今ではずいぶん人口が減っているらしい。
などと、俺はライ麦酒でさらに出た腹を撫でながら、そんなことを思案する。
ところで、俺はなぜカジカの姿に戻っているのか。
それは先日の一件でセインたちに探されている可能性を考慮してのことだ。
だが、カジカの姿をとっていても、俺はもはや貧困ではない。
この街に来てすぐ、俺はトロンゾから奪い取った槍を売り払った。
状態が悪く、穂先も刃こぼれしていたため、四十二金貨まで買い叩かれてしまったが、当面のよい軍資金になった。
もちろんそんなつもりで奪い取ったわけではなかったが、売れるものは遠慮なく売る。
金を手に入れた俺はすぐに目に付くものを買い漁った。
保存食に衣服、身の回りの品々。
アルマデル用の厚手の黒のフード付き外套も購入し、人狩りから拝借していたものは捨てた。
残念ながらアルマデルになっても、カミュだったころの倉庫にはアクセスできなかった。
しかしそれが気にならないくらいの解放感が、俺にはあった。
相変わらず孤独だったが、うんざりすることしかなかったこの世界に、俺は少しずつ好感を抱き始めていた。
宿屋に宿泊し、小さいが木の香りがする部屋で人らしく眠りにつく。
一日に三回も四回も湯気の上がる料理を口へとかきこみ、ライ麦酒を好きなだけ胃に流し込む。
酒で酔うなんて本当に久しぶりだった。
もちろん街中にずっといたわけではない。
昼間は外を自由に歩き回り、狩りをしてクエストをこなした。
シルエラに薦めた、ずっとやりたかった薬草採集も――今は全くわりに合わないが――やってみたりと、いろんな欲求を満たすことができて日々幸せだった。
こうなって初めて、俺はどれだけ不自由な生活を長期に渡って強いられてきていたか、俺以外のプレイヤーたちがどんなに恵まれた環境だったかを知った。
(そう簡単には見つからないか)
探している人物はなかなか見当たらなかったが、情報集めをしている間にいろいろ副産物を得た。
まず先日、この街に蛇の集団が襲撃したことだった。
これは大事件だったようで、聞こうとしなくても耳に飛び込んでくる話題だった。
冒険者や兵士たちが追い返したそうだが、市民に30人近い犠牲者が出たと言われている。
俺の探している人物はこんなことでやられはしないと思ったが、会えていないだけに不安が募った。
また以前から耳にしていたが、サカキハヤテ皇国の首都ピーチメルバが独立を宣言し、プレイヤーの司馬が王として君臨したらしい。
デスゲーム化してから塩の高騰を誘導した儲けや最近の食文化の発展を主導したのもあり、その地域の住民は司馬しか考えられないと王に推したそうだ。
国の名前はそのまま「海の見える国」ピーチメルバ王国。
プレイヤー王のため、いろいろ事情をわかってくれる国になりそうだという期待もあって、多くのプレイヤーが移住を開始しているという。
一方のサカキハヤテ皇国は、軍師だった司馬が抜けたことですっかり骨抜きになったと噂されている。
世間では、新王となっている皇子は国の行政そっちのけで、彩葉を娶りに初期村へ足繁く通ってきているという噂が広がっていた。
◇◆◇◆◇◆◇
そんなふうに過ごしていたある日、「ポニーテールが似合う若い子が看板娘をしている」という話を耳にしたので、夕方からその店へ行ってみた。
俺がこの街に来て、その人を探し始めてから二週間が経っていた。
店は「運命の白樺亭」といい、街中にあったが、行ったことのない店だった。
宿屋と料亭が一緒になっている店で、主人と女将のほか、バイトの女性を二人雇って営業している店だ。
水牛料理が評判だという。
(いてくれるといいが)
カジカの野太い指で、扉の取っ手を掴む。
木扉がギギギィと古めかしい音を立てる。
店に入るとすぐに快活な声が飛んできて、俺は目を丸くした。
「あ、いらっしゃいなー! お好きな席にどうぞ。ライ麦酒でいいかしら」
でかく不細工な男にお構いなく、少女はニコリと笑う。
頭に白い布地を巻き、その身には色褪せた茶色のワンピースに白の胸当て付きエプロン。
背は平均的だが、なで肩で水泳でもやっていたかのような肩幅がある。
茶色がかった髪はポニーテール。
思春期を過ぎたばかりのあどけない顔は、化粧をしているわけでもないのに透き通って朱がさしていた。
「ああ、頼む。それからずいぶんと腹も減っていてね、肉料理と適当に何皿かくれないか」
「はい! わかりました!」
その元気いっぱいの笑顔に何度癒されたことか。
そう。俺はこの少女を知っているのだ。
ここに来て親友に会えた感動に、自然に笑みがこぼれた。
名を詩織という。
レベル六九の短剣系最終職業、『
冒険者はもちろんだが、普段は酒場で働き、暮夜は怪盗として暗躍しているのだ。
ルミナレスカカオで圧政を敷いている地主や奴隷の売買などで裏金を儲ける家に忍び込み、住民に還元するという石川五右衛門を地で行く女性だった。
俺の一番大切な友人だったと言っていいし、詩織もそう思っていてくれたのではと思う。
どれぐらい深い仲だったかと言われれば、それは互いがどう考えるか言い当てられるぐらい。
見つめ合えば分かり合えるぐらい、だった。
これほどわかりあえば、普通なら恋人の関係なのだと思う。
だがとある理由で、俺はこの人を恋愛対象として見ないことに決めていた。
デスゲーム化してからどうしていたのかは知らないが、以前と同様に暮らしているところを見ると、相変わらずなのかもしれない。
料亭でのバイトは彼女にとって情報収集を意味するからだ。
(詩織でもさすがに俺だとはわからないか……)
無理もない。
自分は見る影もない存在に変わってしまっているのだから。
(でも詩織、見ない間になんか変わったな。ふっくらしたというか大人っぽくなったというか……)
そんなことを考えながら、俺はつい詩織に見とれている自分に気づく。
詩織も明らかに変わっていた。
純潔とか清楚とか、そういったもので固めたような人なのは変わらないようだが、身体の肉付きが良くなって、女性らしくなっていた。
まぁ、お尻はもともと大きめなんだが……。
そうしている間に詩織が料理を運んできた。
「はーい! おまたせですよ! 水牛のリブロースステーキです。熱いうちに召し上がってくださいね」
「ありがとうお嬢さん」
心底、詩織に感謝した。
実はリブロースは、俺が一番好きな肉部位だった。
脂肪とのバランスが自分好みで、思いもかけぬ幸運に頬が緩んだ。
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