第21話 解かれた呪い


「――やかましい! 殺すぞ」


 全く冗談に聞こえなかったのだろう。

 女性は慌てて両手で口をおさえ、肩をひくひくさせながら指示に従い、馬車に乗りこんでいった。


 乗り込んだ馬車の中は乞食プレイヤーたちが所狭しと詰め込まれていた。


 俺の後に3人追加された後、馬車は出発の準備を始めたようだった。

 中には俺を含めて8人、捕らえられていた。

 もちろんきちんと座れるわけもなく、縛られたまま立乗りのようになっている男もいる。


「下手なことはするなよ。見つけたら殺す」


 覆面男がそう言い放ち、馬車の扉を閉めた。


 外からお願いします、という声が聞こえたかと思うと突然、強い眠気が降りかかってきた。

 周りの捕らえられたプレイヤーたちも同じだったようで、力が抜けて周りに寄りかかり始める。


(魔法か)


 まず間違いなく、〈眠りの闇雲スリープクラウド〉だろう。


 第三位階に属する初級魔法であるが、複数を無力化でき、高位の魔法使いも戦術として頻繁に用いるものだ。


 俺は魔法抵抗に成功したが、そのまま寝たふりをした。


 魔法抵抗の成否は主として精神力に依存する。

 精神力は重量ペナルティで影響されておらず、レベル88の数値のままだった。


「ぐぅー、ぐぅー」


「すー、すー」


 何人もの人が俺の腹に寄り掛かって寝たまま、馬車はしばらく走った。

 会話を聞いたところでは、魔法帝国リムバフェの首都ルミナレスカカオに連れていこうとしているようだ。


(やはりあそこか)


 リムバフェは奴隷制が公認されており、奴隷の人口が5%程度と非常に高い国だ。

 無法化したスラム街もあちこちに存在し、日常的に人狩りが横行している。


 だから人狩りを受けた時、奴隷制に寛容なこの国か、獣人奴隷売買の盛んなミッドシューベル公国に連れられるだろうと考えていた。


(奴隷……か)

 

 俺は右足を伸ばしてしゃがんだような姿勢のまま、窓に目を向ける。

 

 奴隷になると身分が一つ下がる。

 ただそれだけだが、一般市民との間には天と地もの開きだ。

 

 奴隷は資産を全て奪われ、奴隷の所有者の物になる。

 自分より低能な者に仕えることになるだろう。


 今後は魂の宝珠のために貯蓄していく事すら、許されない。


 (終わるのか、俺は)


 この半年間絶えず苦しんだ果てに、この仕打ちか。

 これが地獄だったと言われれば、納得してしまいそうだった。


「いや、まだだ」


 俺はぶくぶくになった手を握りしめる。


 本当にもう、道はないのか。

 俺に残された、生き残る道は。


 この状況を逃れられるものがないか、俺はアイテムボックスを血眼になって探した。

 今頼れるのは、アイテムしかない。


(命がけの帰還しかないか)


 帰還系アイテムは10秒以上の時間を要する上に、一定の広さがないと使用できない。

 馬車の中では使えないので、馬車から逃れて使うしかない。


 隙をついて……チャンスは恐らく一回。

 失敗すれば、殺される。


 次に馬車から降りた瞬間を狙うか。

 こんな厳しい賭けに、ひとつしかない命を懸けなければならないとは。

 

 とそこで、奥の方で禍々しい雰囲気を放っているアルマデルの仮面が目に留まる。

【也唯一】で俺しか持っていないアルカナボス【死神】のドロップアイテム。


(呪いの……)


 この時俺は、アルマデルセットの呪いのレベルをなんとなく見ていた。

 この時、これを確認しなかったら、俺はここで終わっていたと思う。


 そこには【悪逆無道】と書いてあった。


 ふん、と鼻で笑ってしまった。

【悪逆無道】は最上位の呪いである。


(狂ってる)


 さすが【也唯一】と言うべきか。

 これこそ、万が一はずれなくなったら誰も解呪できない。


(誰が好き好んでこんなのを……)


 そんな俺の思考は、唐突の思いつきで遮られる。


「………」


 急に音が聞こえなくなった。

 続けて心臓がドクンドクンと跳ね始める。


 俺の頭の中に浮かんでいたのは、単なる不等式。


 それの意味するところを理解した俺は、背筋に寒気が走った。

 あまりにもあっさりと、俺の苦難すべてが解決してしまう方法が見つかったからだ。


「……うまくいくわけがない」


 ただの思い付きだ。

 最初はそう思った。


 だがその思いつきが、頭から離れない。

 俺は意識を集中させて、その思い付きの裏を取り始めた。


「………」


 水面を波紋が広がるように頭が冴え渡る。

 慣れることのなかった馬車の中の異臭が気にならなくなっていた。


「まさか、な……」


 つい口をついて言葉が出てしまう。

 だが言葉とは裏腹に、俺の直感が今度はうまくいくと囁く。


 音が戻ってきた。


「ゲームルールが以前と同様に適応されているならば……」


 苦難でボロボロになったはずの心が、力を得て立ち上がる。

 様々な疑問要素をひとつずつ検証し終え、単なる思いつきがとうとう確証されたものに変わった。


「……成功する可能性はある。それもかなり高い確率で」




  ◇◆◇◆◇◆◇




 夜更けに出発した馬車は発見を恐れてか、1時間くらいすると街道をはずれ、ガタガタと揺れる野道を進んだ。


 剣戟の音も何度もあったことから、モンスターとの戦闘もあったようだ。

 やがて馬車が止まり、近くから馬車の中へ温かい光が差し込んできた。


 男たちは野営結界を立てたようだった。

 一人の男がこちらにやってきて、馬車の中についているふたつの燭台に蝋燭を乗せていった。


 俺たちを観察するために、夜中ずっと明るくしておくつもりのようだ。

 一方、野営結界の中では酒をやりだしたようで、酒宴の声がここまで聞こえてきた。


 高レベルの野営結界は馬車をやすやすと含めることのできる広い保護結界を作りだすが、彼らの使ったものは最安のようで、俺たちを含めた馬車は結界の外に置いてあった。


 馬車の窓から覗き見ると、ひとりが見回りに出ているようだった。


(警戒はひとりか)


 俺は深呼吸をして再びアイテムボックスを覗いた。


 いよいよ、試す時だ。

 俺が元に戻れるかどうか。


 考えていたのは、アルマデルセットを装備するというものだ。

 これが俺を救ってくれる可能性を持っている。


『ザ・ディスティニー』では呪いは一つまでしか受難しない。

 2つの呪いを身に受けた場合、もし強い呪いが勝つのなら【罪咎】の呪いから解放されて、新たに【悪逆無道】の呪いを身に受けることになる。


 この場合、アルマデルセットを手順通り外せば今の自分、つまりカジカに戻る。


 さらにアルマデルセットに支配されている間ならば、【罪咎】の福笑いの袴は外せるかもしれない。


 だがあくまでもこれは、理想的な予測だ。

 時間軸が優先される、いわゆる早い者勝ちのルールなら、アルマデルセットの呪いは発動せず【罪咎】の呪いが勝ち、付けても外しても何も起こらない。


 (これなら試してもデメリットはない……)


 俺は何度目かしれない深呼吸をした。

 ワゴンの中の奴隷候補たちは、皆眠っている。

 

 覚悟を決めた。


 まず後ろ向きに蝋燭に近づき、かがみ込みながら両手を上に持ち上げ、手を縛っているロープに火を寄せた。火傷もしたし時間もかかったが、なんとか拘束を解除するのに成功した。


 次にアルマデルの仮面をアイテムボックスから取り出し、装備する。

 これにより呪いを付与してくる経典をいつでも外せるようになる。

 顔の上半分を隠すタイプの、銀色の仮面だ。


(いよいよだ)


 俺はアルマデルの経典を使用した。

 具体的には経典を開き、契約のページのところに手を乗せるというものだ。


 その後は保持している必要などは特にない。

 ちなみに経典を外すときは契約解除コマンドを口にしてから、仮面を外す手順だ。


「う、うおお……」


 乗せた手が本に引き込まれるような錯覚を受けたのち、体がふわりと浮き上がる感じを受けた。


 手足が先から急激に冷たくなり、肌が土気色に変わっていく。

 続けて、体全体が小さくなっていくような違和感。


 10秒とかからず、変化は終了したようだった。

 視界や聞こえは全く変わりない。


 肌の色の変化が強かったが、ゾンビのように皮膚から出血していたりということはなかった。

 ステータス画面を確認すると、体重は58㎏と、元の値に戻っていた。


 震える手で、アビリティ欄を確認する。

 ずらりと並んだパッシブアビリティが、全て復活している。


 重量ペナルティが消えたのだ。


 俺は狭い馬車の中、拳を高く掲げていた。


(やっと……戻れた……戻れた戻れた戻れた!)


 毒をもって毒を制す、が成功した瞬間だった。


【悪逆無道】の呪いに支配されているうちに、福笑いの袴を脱いでみるが、残念ながらうまくいかなかった。


 だが、もはやそれはたいしたことではない。


 自分を縛っていたロープは緩くなっていたのでそのまま外した。

 久しぶりの装備を身につけていくと、ステータス加算が始まる。


 以前の体の軽さに気持ちが高揚していく。


 その後、ずっと眠っている周りの連中を静かに起こし、彼らを自由にした。


「……あ、あんた誰だ? さっきまでいなかったじゃないか」


 近くにいた無精ひげの男が目を見開いている。

 俺は口に指を当て、静かにしてくれと合図した。


「俺が外の連中を始末する。ここで静かに待っていてくれ」


「あんた、一人でいくつもりか? 見ただろ!? あいつら簡単に人を殺すんだぜ! 俺たちまで……」


「勝算はある。死にたくなければ馬車から出たりするな。敵はこいつらだけじゃない……ありゃ」


 言いながら扉の鍵を確認する。

 なんと、かけ忘れられていたようで、あっさりと開いた。


 開いた口が塞がらない。

 俺は拍子抜けしつつ、静かに馬車から降りた。


 歩きがおぼつかない。

 体格の変化に体の感覚がついていけていなかったのだ。


(いくか)


 少し慣らしたかったが、もちろんそんな時間などある訳がなかった。

 やるしかない。

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