第20話 人狩り



 福笑いの袴のせいで顔が変わり、肥満体型になっている。


 しかも外すことができない。1kgすら変動しない。

 これは、『呪い』なのではないだろうか、と。


 それなら全く変化しないことも説明がつくのだ。


 呪いは長期ステータス異常の一つだ。


 モンスターやアイテム、トラップなどから呪いを受けると、上限HPが減ったり、移動速度が制限されたりと様々なマイナス効果をもたらす。


『呪い』は同時に一つまでしか受けないが、診断されるまでステータス画面には出現しないという特徴がある。

 そのため気づきづらく、何かいつもと違う、いわゆる病気のような症状をもたらす。

 診断できない限り、一生つきまとう可能性すらある。


 なお、呪いには軽いものから順に【不道徳】、【非行】、【不浄】、【悪業】、【罪咎ざいきゅう】、【悪逆無道あくぎゃくむどう】 の6段階があり、頻度は低いものの、高度なものになると解呪自体も困難だ。


(一応、神殿に相談してみるか……)


 自分で言いながら虫唾が走った。

 あそこは『乙女の祈り』の連中の巣窟だからだ。


 が、もはや一つの感情に振り回されるほど、若くもない。

 自分にとって一番大事なことを為すだけだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇





 神殿の周りには色とりどりの花が植えられ、いつの間にか植えられた白樺の木が大きく雰囲気を変えていた。


 入り口の所で5歳ぐらいになる子供が数人、キャッキャッ、と言いながら走り回っている。


 解呪を担当する司祭について門の所で尋ねると、今朝はもう朝の祈りを済ませ、神殿の奥の部屋にいるとのことだった。


 神殿内に入ると、多くのプレイヤーが獣の皮をひき、寝床を作って暮らしていた。

 それぞれが小さくスペースを区切って自分らの居場所としている。


 ざっと見て200人以上は居るだろうか。

 幸か不幸か、見た顔の者はいなかった。


「また彩葉様に会いに来たらしいわ、あの拷問変態男」


 奥へ向かって歩いて行くと、その先で洗濯籠を持ったまま井戸端会議をしている中年女性たちが、何かを熱心に話しているのが耳に入った。


「表向きは一応、初心者救済の『乙女の祈り』を激励、なんて言って」


「第一皇子様、いえ王様は彩葉様を妻に娶って、その人望でピーチメルバをまた傘下に戻したいお考えなのよ。ほんと他力本願というか、呆れちゃうわ」


「今、彩葉様と一緒にうちの王宮に?」


「ええ、そのせいで今日の配給もちょっと遅れるそうよ」


「それにしても彩葉様、ご多忙な方よねぇ。あの変態のお相手をした後に、すぐアルカナボス討伐で魔法帝国リムバフェへ向かわれるのでしょう?」


 俺は首を傾げながら通り過ぎる。

 よくわからない話だった。


 第一皇子? ピーチメルバを傘下に戻す?


「海の見える街」ピーチメルバは、もともとサカキハヤテ皇国、つまり第一皇子の国の首都である。

 傘下に戻すもなにもない。


 知らぬうちにそれが独立するようなことがあったのだろうか。


 サカキハヤテ皇国は大陸の北東にあり、周囲を山に囲まれ、唯一海に面している大国だ。


 デスゲーム化する少し前に王が崩御し、第一皇子が後を継いで即位している。

 拷問好きという異常性癖がある気味の悪い新王で、先程の噂通りだ。


「おや、祈りが必要ですかな」


 そんな考え事をしていると、初老の男司祭がやってきて声を掛けてきた。


呪い診断ディテクトカースのできる方を探している」


「それは私です。どうぞこちらへ」




  ◇◆◇◆◇◆◇




 俺は挨拶を交わし、銀貨を支払って【呪い診断ディテクトカース】をもらった。


 結果から言うと、やはり俺は呪われていた。

 そうと知った俺は踊り出したいほどに高揚し、司祭を困惑させてしまったくらいだ。


 全くつかみどころのなかった俺の不幸は、呪いのせいだった。


 呪い診断ディテクトカースは呪いの有無とそのレベルだけがわかるもので、呪いの形を知ることができない。

 そのため、呪いがあるといわれても、確実に福笑いの袴に由来していると断定することはできない。


 だが、俺はデスゲーム化する数日前に【不道徳】レベルの毒の呪いを神殿で解呪してもらったばかりだったので、デスゲーム化に伴って呪いを受けた可能性が高いだろう。


(いずれにしろ解呪すれば……)


 と、笑顔になったのもつかの間、俺は再びどん底へと叩き落とされることになる。


 なんと、呪いのレベルが信じられないほど高位だった。

 上から二番目の【罪咎ざいきゅう】だったのだ。


罪咎ざいきゅう】の解呪は並の回復職ヒーラーではできず、アイテム「魂の宝珠」による解呪しかない。


 しかしこのアイテムは恐ろしく高価だ。


【罪咎】の二つ下の【不浄】の呪いを解呪する宝珠でさえ、以前の相場では金貨80枚だった。

 仮に【罪咎】レベルの魂の宝珠が金貨200枚だったとして、貯めるのにいったい何日かかるのだろうか。


 俺の薪割りの儲けは、根を詰めてやって一日銀貨4枚だから、単純計算で5000日。もちろん生活費0ですべて貯蓄したとして、だ。


 アイテムボックスにあるアイテムを売ったとしても、金貨70枚程度。


 だとすると、今の持ち合わせも考えて、軽く見積もっても2000日は必要そうだ。


 焦点が合わなくなってきた。


「……いや、薪割りで貯め続けるしかない。俺にはもう、それしかないんだ」  




    ◇◆◇◆◇◆◇




 その二日後の深夜だった。

 地鳴りが背中に響き、目が覚めた。


(これは……馬か?)


 五頭はいそうだ。

 上半身を起こし、音の方を凝視する。


「………!」


 ふいに女性の悲鳴が聞こえてきた。


 続けて男たちの怒鳴り声。

 馬の嘶き。再び女性の悲鳴。


 なにか日常離れしていることが起きている。


(そういえば、今日は彩葉さんがいないとか言っていたな)


 アルカナボス《女教皇》の攻略で『乙女の祈り』も向かったのだろう。

 街の警備が手薄な時を狙ったということか。


 そうしている間にも、音が近づいてくる。

 この音は馬車だ。


 俺はとっさに逃げたが、角を曲がっても背後の音が離れない。


「うほ、こいつはデカイやつだな。運べるかな」


「――こいつもプレイヤーだ。捕まえろ!」


 野太い男の声が聞こえた。

 諦めて振り返ると、相手は四人。


 認知妨害の覆面をして武器を持ち、鎧下のみを身につけている。


 ばらつきはありそうだが、ざっとみて奴等はレベル20ぐらいと映った。

 プレイヤー狙いの奴隷狩りかもしれない。


 プレイヤーはNPCよりも様々な能力値が高い分、奴隷としても有用だからだ。


 せめてと思い、俺は近くに来た馬車に体当たりし破壊を試みるが、少々揺れるにとどまった。


 そこまでだった。


「ぐぅっ」


 俺は背後から数人の蹴りを食らい、倒される。

 頬に剣を当てられ、動けない間に後手に縛られた。


 その後は剣を突きつけられ、馬車に乗るよう誘導された。


「――遅いんだよお前! 早く歩け!」


 剣を当てている男が後ろから急かす。

 俺は抵抗せず自分から乗ったが、後ろにいた男は違ったようだった。


「お前ら、『乙女の祈り』が不在だからって、こんな事してただで済むと思ってるのか!」


 男は叫びつつ、青銅の広刃の剣ブロードソードを抜き放った。

 乞食らしい最低レベルの剣だし、構えも様になっていない。


 結局、後ろの男は威勢よく騒いだだけで終わった。


 背後から近付いた覆面男にあっさり首をはねられたからだ。

 血生臭い空気があたりにムッと広がる。


「き、きゃあぁぁー!」


 惨劇を目にした女性が甲高い悲鳴を上げる。


「――やかましい! 殺すぞ」


 全く冗談に聞こえなかったのだろう。

 女性は慌てて両手で口をおさえ、肩をひくひくさせながら指示に従い、馬車に乗りこんでいった。


 乗り込んだ馬車の中は乞食プレイヤーたちが所狭しと詰め込まれていた。

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