第22話 忘れられた力
「勝算はある。死にたくなければ馬車から出たりするな。敵はこいつらだけじゃない……ありゃ」
言いながら扉の鍵を確認する。
なんと、かけ忘れられていたようで、あっさりと開いた。
開いた口が塞がらない。
俺は拍子抜けしつつ、静かに馬車から降りた。
歩きがおぼつかない。
体格の変化に体の感覚がついていけていなかったのだ。
少し慣らしたかったが、もちろんそんな時間などある訳がなかった。
やるしかない。
辺りは野営結界が淡い黄色の光を辺りに振りまいているのみで、まだ闇が覆っていた。
眠っていた俺のパッシブアビリティ【暗闇耐性】が発動し、昼間のように外を見渡す。
さらに索敵範囲拡大を受けた【上位索敵】が効果を現し、敵がどのように配置しているか頭の中に流れ込んできた。
俺たちを襲った覆面男たちはすべて野営結界の中にいるようだ。
感知できている人数は5人。
覆面男は4人いたので、魔術師が1人とすれば、これで全員のようだ。
現在、俺たちを見張っている者などいなかった。
蝋燭を灯していた意味が不明だ。
酒が入ってずいぶん油断しているのか。
(いくか)
俺は、呼吸を整えた。
【死神の腕】を出現させ、震える手に拳を作って握りしめる。
この覆面男達を手にかける覚悟を決めた。
馬車に乗る時に殺された男がいたように、こいつらは俺たちを人とも思っていない。
やらなければこちらに犠牲が出る。
俺は野営結界のすぐ外に、魔法耐性のあるアイアンゴーレムのミローンを召喚した。
背はおおよそ2メートル超で、ゴリラのような容姿をしており、全身が鈍く光る鉄でできている。
頭部は円柱状でくぼみの奥に赤く光る目があった。
顎が前に突き出ている大きな受け口で、その顔に愛着が湧き、気に入っていた。
ミローンの位置を固定し、目の前に出現した者を攻撃するよう指示を出す。
こいつは鈍重なので、待ち伏せさせる使い方が相性が良い。
そうこうしている間に男がひとり、ミローンの金属音に気づいたのか、怪訝そうな表情を浮かべて結界から出てきた。
「お……!? おい! 皆起き――ぐぇっ」
ランタンを持って出てきた男は俺を見つけ、慌てて結界内に戻ろうとした。
俺はすぐにその男を糸で拘束しにいったが、それより早く男の背後からミローンの拳が降ってきた。
ランタンが音を立てて落ちる。
頭をやられ、男はあっさり絶命していた。
(……おかしいな)
鈍重で知られるアイアンゴーレムに先に攻撃されてしまった。
久しぶりで油断していたか。
先ほどの男の声が届いたのか、今や野営結界の中は騒がしくなっていた。
「誰かいるのか……ひぃぃー!」
次に出てきた男は、やられた仲間を足元に見つけて悲鳴を上げた。
俺は糸を構え、放とうとするが、ミローンが黙々と戦い、先に排除してくれる。
また同じだった。
俺の攻撃がワンテンポ以上遅れている。
もしかして、呪いが完全に解けていない?
しかし、答えはすぐにわかった。
俺の四肢ががくがくと震え出したのだ。
(……恐れている?)
「てめぇ――!」
そんなことを考えている間にも、二人が同時に結界から飛び出してきて剣を振り上げ、俺に襲いかかってきた。
俺は体が硬直するのを感じたが、四本の腕が二人に向かって勝手に伸び、糸が放たれた。
無意識だった。
二人は何本もの糸で拘束され、男たちが足を止めた。
次の瞬間、目がうつろになり、眠りこけたかのようにその頭がかくんと落ちると、二人ともその場に崩れ落ちた。
「氷魔人シヴァの毛髪」という糸で拘束し、【レベル差体温低下】に陥れたのだ。
■ 氷魔人シヴァの毛髪 レベル60
拘束確率 15% 攻撃力 48
状態異常 【レベル差体温低下】
【レベル差体温低下】は俺とのレベル差に応じて、相手の体温を下げる。
体温低下は筋力や魔力などステータスすべてにペナルティを与える特殊な状態異常だ。
「くっ……」
しかし二人が起き上がってきた後はどうしたらいいのか、わからない。
本当に思い出せない。
そんな俺などつゆ知らず、ミローンが寄って来て作業的に頭を叩き潰していく。
俺は胸をなでおろしていたが、そこで唐突に強い眠気が襲った。
見ると野営結界のそばで男が魔法を詠唱し、俺に杖を向けている。
〈
魔法には恐ろしいイメージが全くなかった。
カジカの時も精神力が元の値のままだったからだ。
俺は静かに息を吸いこみ、いつものように眉間に力を込め、打ち破りにかかる。
打ち破りはあっけなかった。
頭の中にかかっていた霧のようなものがすーっと晴れていき、清明になる。
男は打ち破られたと見るや、すぐに次の魔法詠唱に移る。
俺しか見えていないようだった。
そこへミローンが両拳を無言で振り下ろす。
ゴン、という鈍い音の後、魔術師がすとんと崩れ落ちた。
結局、念のためにと出したミローンが大活躍だった。
敵がいなくなると、俺は静かに息をついた。
同時に今の情けない自分に愕然とする。
(……落ちたものだ)
体の震えが止まっていなかった。
無意識に反応して放った糸が効果的だったから良かったものの、俺の動きは明らかに繊細さを欠いていた。
認めたくないが、今の俺は戦闘に冷たい恐怖が刷り込まれ、動けなくなっているようだ。
半年以上もの間、一方的に
(情けない……これが全サーバー統合
立ち尽くす俺の背後から、突然、大声が響いた。
「スゲーぞあいつ! 倒しちまった! 俺たち助かったぞ!」
俺は冷や汗をかきながら振り返った。
ここは街ではない。
「静かに」
しかし俺の声は全く聞こえていない。
言っている間にも馬車の中の観客は盛り上がるばかりだった。
「おい」
馬車の扉を開けると、むっとした熱気が漏れてきた。
「――あんたマジでスゲーよ! 仮面のにいちゃん! あれ魔法か?」
俺の心の中も知らずに、中にいた皆はキラキラした目でまっすぐ俺を見ていた。
「……なんでそんな盛り上がってるんだ?」
「これが盛り上がらずにいれるかよ! ハハハ」
その男は旧来の友人のように俺と肩を組み、異様なテンションで言った。
その後、馬車の中にいた者達は野営結界の中の食糧や酒を拝借し、盛り上がり始めた。
俺だけ野営結界に入れないのを知ったのはこの時である。
説明も面倒だったため、俺は野営結界のすぐそばで火をおこし、見張りを兼ねてうとうとすることにした。
まあ、見張りと言ってもミローンが傍で立っているから、この森の敵くらいなら大丈夫だろう。
そんな俺をみてか、彼らは酒を持って来ると、代わる代わるお酌してくれた。
口々にまっすぐ、ありがとうと言われると、情けない自分をわかっているだけに戸惑ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
夜は、すでに明けている。
東陽が強く、眩しく感じてきた頃に靄が晴れて、遠目にも街がはっきりと見えてきた。
俺は今、人狩りの連中から拝借した黒い外套を羽織り、馬車を御している。
そうしながら、考えていた。
今までのこともあり、正体は隠そうと。
俺はアルマデルセットによりカミュだった頃の力を取り戻した。
それが心底嬉しかったのは嘘ではない。
今までにない解放感を味わった。
だが俺の心は今、別なことで一杯になっていた。
そう、自分が戦えなくなっていることだ。
アルドやリンデル、キラーウルフども、そしてエブスに凄惨に痛めつけられた記憶が俺を縛っているようだ。
今、ノヴァスが格上のプレイヤーに見えているのも、認めたくないが事実だ。
カジカで暮らしていた時のツケのようなものだろう。
もちろん、好きでカジカになったわけではないが……。
(俺は元に戻れるのだろうか)
戦っていくうちに戻れば良いが、しばらくは召喚獣の助けを借りて、万が一のことがないようにすべきか。
そんなことを考えながら馬車を進めていくと、遠くにチェリーガーデンの街並みが見え始めた。
何かいつもと雰囲気が違うことを見てとったのはその時だった。
馬に乗った者達が数人、うろうろしているのだ。
人攫いに気づいたギルド『乙女の祈り』の者たちか、と察する。
もう少し進むとあちらもこの不審な馬車に気付いたようだった。
馬に乗った者たちが数人こちらに向かって駆け始め、砂埃が舞うのが見てとれた。
俺は静かに馬車を街道の路肩に停め、ひとり森に逃げ込んだ。
頭上では小鳥たちが不満の声をもらしながらバサバサと飛び去っていく。
素早く手近にあった太い木に登って立ち、息を殺した。
夜露で靴が濡れている。
しばらくののち、馬に乗った者がひとり不審そうな表情で森の際まで来たのが見えたが、それ以上深入りせず、馬車の方へ戻っていった。
やり過ごせたようだ。
もう少し登ると、木の上から、初期村チェリーガーデンの街が一望できた。
俺は近くに『乙女の祈り』の連中がいることも忘れ、なんとなく見入ってしまい、そこに座った。
いつの間にか溜まっていた息を吐く。
あの街を見ていると囚われてからの日々をいろいろ思い出した。
(本当に長かった)
感慨深かった。だがあの辛い日々はもう終わった。
新たに生まれた不安もあるものの、やるべきことは馬車に揺られながらもう考えてあった。
これから新しい俺の人生が始まるのだ。
皆に出遅れた分は、これから取り戻そう。
俺はこのまま初期村チェリーガーデンを立ち去ることにした。
暮らしていた場所に行って、貧乏小屋を回収したい気もしたが、見つかればもっとややこしくなりそうで諦めた。
まあ、大したものは残してきていない。
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