第17話 死の瀬戸際へ



 死への緊張感が先立っていたが、久しぶりに街の外に出ると早々に懐かしさが心を占めた。


 青々とした空の下には緑豊かな木々が両手をいっぱいに広げ、穏やかな光を葉に受けていた。

 豊潤な草木の香りで、俺は自然と笑顔になった。


 いつから俺はこんな素晴らしい場所を恐れるようになったのだろう。


 俺は魔物が出現する場所へ行き、一対一になりやすい所で待った。

 街から俺の足で10分程度の場所なので、街自体はすぐそこに見えている。


(やっぱりいいな、外は)


 両手を広げて大きく息を吸い、久しぶりの外界を満喫した。

 そんな俺を尻目に、すぐ近くを他のプレイヤーたちが嬉々とした様子で出かけて行く。


 ここは入り口が近いだけに人通りが多いようだ。

 それだけに、危機的な場面での助けは期待できるかもしれない。 

 まあ、あてにするつもりはないが。


 まずは召喚獣なしでやってみることとする。


 自分の実力で狩りが成立するか、把握することが一番の目的だからだ。


 危険になったら召喚獣を出すしかないが、注意しなければならないことがある。


 通常、仲間プレイヤーが自分を巻き込んで範囲攻撃をした場合、自分への攻撃を友軍攻撃フレンドリィファイアといい、ゲーム設定上、自分はダメージを受けないように設定されている。

 これはデスゲーム化した後も変わっていないそうだ。


 しかし召喚獣の攻撃は意味が異なる。

 友軍攻撃フレンドリィファイアが抑制されず、味方や中立者にもダメージが及ぶ。


 今回では洛花の攻撃一般や、テルモビエの雷撃範囲魔法、ミローンの両手を振り回す攻撃などが当てはまる。

 つまりこれに通りすがりの他人が巻き込まれると、ダメージを与えてしまうということである。


 巻き添えにすれば、初期プレイヤーなら間違いなく即死する。


 彼らを使役して狩りをするには、人の来ない奥地に行くしかしかないだろう。

 ここで一人で狩れれば、それも視野に入ってくる。

 

「よし」


 さっそく、あてもなくふらふらしている一匹の草ゴブリンを見つけた。

 装備を見ると、俺が日常使っているものより粗末な石斧を持ち、体には薄汚れた布が申し訳程度に巻かれている。

 ゴブリンは最も弱小で、大抵のゲームでプレイヤーが一番最初に戦うことになるモンスターだ。


 草色をしていることからその名で呼ばれ、経験値もドロップも期待できないが、今の俺にとっては注意すべき相手だ。


 不意打ちは難しいのであっさりと姿を現す。

 草ゴブリンはぎょっとした様子で立ち止まりこちらを見た。


「俺と勝負しようか」


 草ゴブリンは牙を剥き、「ギギギ……」と威嚇を始める。

 

 俺は軽く素振りをして力の込め方、体さばきをイメージする。

 タイミングを見計らって近づくが、足がついていかず、さっそくもつれた。


 やはり【敏捷度補正】などのパッシブアビリティ無効が大きく、感覚が違っている。


 仕方なく普通に近づいて、戦斧バトルアックスを振り被る。

 そして草ゴブリンの目の前で薪割りのごとく、振り下ろす。


「うおぉりゃあ」


 戦斧バトルアックスをみてすくんだようで、草ゴブリンはどこかのゴールキーパーのように一歩も動けていなかった。


 拍子抜けだった。


 俺はあっさりと草ゴブリンを狩ることに成功し、ドロップの銅貨8枚を手にする。

 この近辺なら意外と戦闘はいけるのかもしれない。


「もう少し行ってみるか」


 再び同じエリアで草ゴブリンを見つける。

 今回も初撃であっさり草ゴブリンを屠ることができた。


 また銅貨8枚を拾いながら少し自信がついてきて、次にウルフを狩ってみることにする。


 いったん街の近くに戻り、方向を変えて森の方へ歩き出す。

 ウルフたちがいる場所は、少々異なる。


 背後をとられないよう、森の辺縁をゆっくり回っていき、やがて二匹のウルフに遭遇した。

 この世界のウルフは鹿ほどに大きく、餌をみると積極的に襲い掛かる習性がある。


 皮と肉が得られるが、肉の方は臭みが強く、肉質も悪い。

 だが。


(こいつが狩れれば肉だ……!)


 今の俺にとってはウルフの肉でさえ食べたい。

 それでいいから腹いっぱい食べたいと心底思う。


 当然だろう。

 この半年間、固形のものはなにひとつ食っていないのだから。


 エサを見つけたウルフは二匹とも正面から無策に突っ込んできた。

 高レベルモンスターを単身で相手にしてきた俺にとって、その単純な思考につい油断してしまう。

 

(考えてみればレベル10以下の相手だもんな)

 

 ウルフAが喉元を噛み付こうと飛び込んでくる。

 俺は眼を離さず、軌道を読んで重心移動し、躱そうとした。

 そこに油断など、決してなかった。

 

 しかし、重心移動が間に合っていなかった。

 逃げ遅れた右の上腕付近に深く噛みつかれ、抵抗にも失敗し、牙が深く俺の腕を抉る。


(遅すぎたか……?)

 

 ウルフAはまだ噛み付いたまま、離れない。

 俺は斧頭のところでウルフAの腹を突き上げると、ウルフAは飛び跳ねて距離をとった。


 腹部から血が流れているが、ウルフAは闘争心を失っていない。

 

 俺は背後から跳びかかってきたウルフBに注意を向ける。

 今度はもう少し、避けるタイミングを早くしてみた。

 

 体重移動でかわし、すれちがいざまに胴に戦斧バトルアックスを叩きつける予定だった。

 しかしまたも回避が間に合っていない。

 ウルフBは俺の左肘のあたりに噛みつく。


 鋭い痛みが走る。今回は抵抗に成功し、全く骨には届いていなかった。


「おおぉ」


 俺はウルフBを先ほど同じように斧頭で突き上げ、離れて怯んだ隙に両手で戦斧バトルアックスを振り下ろした。


 戦斧バトルアックスはウルフBの背骨を音を立てて叩き割り、血をまき散らしながら屠ることに成功する。


「やっと一匹……っておい。ドロップを拾う暇もないのか」

 

 残り一匹とほっとしたのもつかの間、ウルフは三匹合流して四匹になっていた。


「グルルルル……」


 やっかいなことに、合流したウルフのうちの一匹は、ひと回り体格の大きいキラーウルフだった。

 

(……こんな街の近くで?)


 俺は首をひねる。

 キラーウルフはウルフを統率し、狩りを行うリーダー的存在である。

 

 通常、森の奥深くまで踏み込まないと出てこない敵である。


 こんな街の近くに出現するなど、俺は経験したことがなかった。

 レベル20前後のプレイヤーが狙う相手であり、初期プレイヤーでは太刀打ちは難しい。


 キラーウルフの指示によるものか、ウルフたちは一か所に固まることなく、丁寧に回り込んでくる。


(難しくなったな)


 戦ってみて気づいていた。

 ウルフも俊敏さが増している気がするのだ。


 こんなに強敵だっただろうか。

 いや、俺が弱くなってそんな気がするだけだろうか。


「ガルルッ!」


 正面から、一匹が吠えながら襲い掛かってきた。


 非常にシンプルな、突撃だ。

 俺はまた、反射的に小さく、無駄なくよけようとしてしまう。

 しかし三度目の回避失敗。


 ウルフCに左の肘の同じ場所を噛まれてしまう。

 

 続けて襲ってくるウルフDにも右足関節を噛まれた。


「情けない」

 

 俺は舌打ちしながら、戦斧バトルアックスを片手で持ち、腕と足を振り回してウルフ二匹を引き離す。


 その合間に俺はさっと目をやって、傷の具合を把握する。

 出血しているが、噛まれた関節を動かす分にはまったく支障がない。

 

(関節?)


 胸の奥で冷たいものがよぎった。

 

 ここでいい加減気付いた。

 俺の考えは相当甘かったことを、ここにきて知らされた。


 ウルフたちは俺を身動きできなくさせてから、仕留めようとしているのだ。

 

「……無理か」


 俺はちらりと視線を走らせる。


 ここから街まで10分程度。

 まだ奥の手はあるし、HPも余裕がある。


 長年の勘は、退避すべきだと警笛を鳴らしている。


 決意した後は迷わず、街に向かってドスドスと走り出した。

 その姿に本能が刺激されたのか、追ってくる気配を感じる。


 そろそろかと思ったあたりで反転し、戦斧バトルアックスを振り下ろす。

 それは飛びかからんとしていたウルフDの首筋に運良くめりこみ、運良くクリティカルヒットとなった。


 ウルフDの討伐に成功する。


 それを見たウルフAが警戒して距離をとったが、残りの二匹は勢いのまま飛び掛かってきた。


 ウルフCが右腕に、キラーウルフが横から首を狙って襲いかかり噛み付いてきた。

 俺は戦斧バトルアックスを振り下ろした動作が大きすぎて、回避ができなかった。


 このように攻撃直後は大なり小なり硬直時間が発生する。

 この硬直時間は回避及び抵抗判定に著しいマイナスを受けてしまうのだ。


 首元と右腕に衝撃を受け、熱くなる。

 やっかいなことに、首の方は抵抗に失敗したようだ。


 野獣らしい、生臭い息が鼻をついた。

 鹿ほどもあるキラーウルフは俺の首元に噛みついたまま、倒そうと地を蹴って押してくる。


【接敵状態】へ持ち込む気だと気づく。


 勢いに負けじとは倒れないように踏ん張る。


 が、残るウルフ二匹が踏ん張るだけだった俺の右腕、左大腿に噛みついてきた。


(ぐっ)


 神経を噛まれたのか、つい左足に走ったビリッとした痛みに俺は体勢を崩し、後ろ向きに倒れてしまった。

 敵側のクリティカルヒットだった。


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