第16話 洛花2

 ダメだ。これは、確実に死んだ。


 アルドは当たり前のように頭からぐしゃりと落ちる。


 待ち構えていた洛花は、すでに事切れたアルドの上に前足を乗せ、乗りかかり噛み付く。


 グキャ、という嫌な音がした。


 見ると洛花は体幹から離れたアルドの頭を咥えていた。

 そしてこれ見よがしにそれを俺に見せた。


 こちらを見つめる漆黒の双眸が嬉々としている。


「洛花、違うだろ!」


 だが洛花には届かない。


 血を浴びた洛花はさらに俺の恨みを晴らすかのごとく、もう死んで動かなくなったアルドを引きちぎっている。


「……ひいぃぃぃ、な、なんだよこいつ! き、聞いてねえぞ!」


 突然襲い始めた巨大な獣を前に、アルドの仲間二人が腰を抜かし、這うようにして街へと逃げ出す。

 それに気付いた洛花が、ぎろり、とそちらに視線を向ける。


「やめろ洛花。殺すな!」


 “承知”


 洛花は快く返事をしつつ、地を駆けた。

 その5メートルもの巨体が、二人を容赦無く轢き去る。


「………」


 いい加減頭が痛くなってきて、俺は目を手で覆った。



 洛花の「承知」は全く意味が違うのだ。


「ちょっと黙ってて、今殺すから」でしかない。


 洛花は首を振って近くに動く存在がないのを確認し、血まみれのままこちらに歩いてくる。


 “意外に脆くて死なせてしまいましたなぁ”


 とぼけたことを言いながら、洛花が血生臭い鼻面をまた俺に押し当ててくる。


「洛花……約束が違うぞ」


 俺は洛花がいつも撫でて欲しがる鼻の上を撫でずに言った。


 “はて、おいたの過ぎる者たち、当然の仕打ちでございましょう”


「お前な……」


 俺は苦笑した。

 洛花は最初から殺すつもりだったようだ。


 俺以外は全て殺す「全破壊」。

 何回出してもまったくぶれない。


 洛花との契約を厳密なものにできなかった俺のせいでもあるのだが……。


 今思えば、洛花まで出す必要はなかったかもしれない。

 もう少し気性の穏やかなテルモビエにしておけば殺さずに済んだか。


 ミローンでも十分だったかもしれなかった。


 “それで、いつ私をネックレスに移してくださるので?”


 洛花が鼻息をかけながら、いつものように訊ねてくる。


 俺が身に着けている召喚の指輪と召喚のネックレスには、決定的な違いがひとつある。


 召喚のネックレスに封じ込められた召喚獣は、俺が呼び出すのとは別で1日1回だけ、召喚獣の意思で出てくることができるのだ。


 洛花は、それを知っている。


「……お前が勝手に出てくるなんて、生きた心地がしない」


 だが俺はこれ以上のんびりしていられなかった。

 街の方が騒がしくなっていたからだ。


「なんだ この血は?」


「なにかあったのか」


 人がやってきた。


 俺はすぐに洛花をしまい、街の外壁の方へ移動し隠れた。

 そのまま壁沿いにゆっくり進み、何も知らぬふりをして集まってきた人だかりに混ざる。


 街の入り口には丑三つ時にもかかわらず、ものすごい人だかりができていた。

 アルドの壮絶な悲鳴が聞こえたのかもしれない。


「――おい、誰か倒れてるぞ!」


 男たち数人が、灯りを掲げながら駆け寄っていく。


 俺はそんな人だかりに紛れながら、その場を立ち去った。




  ◇◆◇◆◇◆◇




 囚われてから7ヶ月が経過していた。

 この半年以上、俺の生活は少しも変わっていなかった。


 日々薪割りをしても体重は200㎏から1㎏たりとも変動していない。

 薪割りは全身を使って打ち続けるし、飼料と野草しか食べていないのに、痩せない理由が全くわからなかった。

 

 俺は金に困り、毛皮とナイフを安物に買い換えた。

 足元を見られたが、これで金貨23枚ほどを手元に置くことができた。


 今の所持金は金貨25枚と銀貨24枚、銅貨30枚ほどである。


 そんな、変わらない俺とは対照的に、世界はこの半年ほどでさらに大きな変化を遂げていた。


 まずミッドシューベル公国の首都アップルフィールドに農業連合、衣服屋連合ができた。

 農業連合ができた理由は土地の開拓ができないせいだったと言われている。


 森林の木々は伐採して焼き払っても、翌日には木の芽が出て、一〇日もすると元どおりになっていた。

 ゲーム内である事を思い知らされる不思議な摂理だが、それゆえNPCの農地をNPCごと買い上げて大規模に管理し始めたのだという。


 衣服屋連合も同様にNPCの綿花や羊毛の仕入れ先を買い上げて効率化し、裁縫アビリティの高いプレイヤーたちで多くの衣類や布装備を生産し始めた。

 これにより果実や小麦、布装備や衣服の価格が下がり安定供給されるようになったそうだ。


 また冷帯に属するサカキハヤテ皇国の首都、ピーチメルバで食の改革が起きた。


 これは輸送手段が確保され、近くの氷山から氷、海から潤沢な塩を得やすくなったことが大きいそうだ。

 食材の保存が容易になり、プレイヤーによる串焼き店やクレープ店も開店したと聞く。

 

 これを聞きつけて多くのプレイヤーが「海の見える街ピーチメルバ」への移住を開始したといわれている。

 この一連の動きの裏にはサカキハヤテ皇国の軍師となっていたプレイヤー、司馬の存在があったとされている。


 さらにプレイヤーたちの変革は続いた。


 現在最大規模となったギルド『北斗』が各都市に高級宿屋をオープンしたのだ。

 宿屋では各地の食材を用いた豪華な食事のみでなく、エルフの里でしか得られない香南栗の木で作ったベッドに、リルヴェッドという水鳥の高級羽毛布団を用意して富裕層を魅惑した。


 戦闘を好まない弱小プレイヤーたちを宿屋経営に使い、うまく雇用しているのも優れた手腕と言える。

 噂では『北斗』はさらに運送商社を立ち上げる準備をしているそうだ。


 俺は直接目にしなくとも、このようなプレイヤーの偉業に大いに刺激を受けていた。


 今の俺は相変わらず薪割りのみの貧乏生活。

 一日の稼ぎは銀貨3枚になったものの、一日銀貨2枚の貯金のみである。


「……ちょっと出てみるか」


 俺は一大決心をし、街の外に出てみることにした。

 戦闘ができれば、素材も得られるし、薬草集めができるからだ。


 正直、この生活に、さすがに限界を感じていたのもある。


 俺は武器屋に行き、銀貨85枚でノングレードの青銅の戦斧バトルアックスを購入する。

 両手持ちでも使用でき、小回りもきく。


 防具もノングレードの冒険者のローブと冒険者の靴を合わせて銀貨17枚で購入し着用した。


 高いHPはそのままなので、多少ダメージがあっても乗り切れると思っている。


 なお、持っていたB級の純水晶の布鎧ピュアクリスタルクロスアーマーなどは俺のもともとのサイズで作ってあるため現在は装備できない。


 衣服のサイズ設定は購入時の初回の1回のみで、リサイズは一〇分の一程度の費用がかかる。


 ちなみに装備の等級はノングレード,D,C、B,A、S級の順番で良くなっていく。

 グレードが上がるにつれ、装備ボーナスも優秀なものがつきやすくなる。


 一般プレイヤーには無縁だが、S級の上には【遺物級】と【伝説級】、【也唯一なりゆいいつ】という等級が存在する。


 この3つの等級はモンスタードロップでしか手に入らず、【也唯一】はその名の通り、全サーバーを通して一つしかなく、譲渡不可である。


 ちなみに俺の持っているアルカナボス《死神》のドロップアイテム、アルマデルの仮面と経典も【也唯一】だ。


 経典により【アンデッド化】の呪いを強制されるが、魔法完全防御率が85%に固定されるアイテムである。

 本来、経典による呪いは一生涯続くが、仮面が呪い制御アイテムとなっているのがミソだ。

 

 仮面をつけている間なら、経典を使用しても、いつでもとり外せるのである。


 仮面にはそれとは別に、姿隠しハイド状態を看破できる能力も備わっている。

 このように素晴らしい効果を持つが、【アンデッド化】という状態に少々嫌悪感があって、俺は一度も身に付けたことがなかった。



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