第15話 洛花



 その夜は早々に寝床で横になっていた。


 何かの夢を見ている最中か、眠りが浅くなっていた時だった。

 そばで尖ったような強い殺気にさらされ、はたと目が覚めた。


 慌てて掛けていた毛皮を放り投げて立ち上がると、はたして月の光を反射してひらめく武器が3つ、目に入った。


「……鈍重そうに見えて、勘のいい奴だ。まあいい」


 つい最近、聞いたことのある声だった。

 三人いる。


「………」


 長年培った勘が、危険を告げている。

 周りを見たが、酔っ払った人が通りかかっているものの、全く助けになりそうにない。


 俺は三人に背を向け、鈍足で走り出した。

 どんな形の戦いになるにしろ、この場ではまずい。


 せめて街の外に出なければ。


 真っ暗で見えないが、足元を取られないように走る。


「ぐっ」


 俺の後ろから、笑い声とともに三つの金属武器が襲った。

 俺の背中を熱いものが何度も乱雑に打ち付け、突き刺している。


「へっへっへー!」


 背部が次々と強烈な痛みを発し始める。


 俺は振り返りもせず第六位階HP回復薬ポーションを使い続け、なんとか街の入り口までたどり着いた。


「ギャハハハ! もしかして、こいつまだ衛兵がいるとでも思ってたのかよ!」


 男の一人が高笑いを始めた。


「クク、【パワークラッシュ】」


 ひとりの男が攻撃を放つ。

 盾職系職業の初級技で、大したダメージは出ないが、吹き飛ばし効果のある技だ。


 これ幸いと、俺は避けずにそれを受け、大きく吹き飛ばされて街の外へゴロゴロと転がった。


「おいおい、すぐ死んじまうだろうから、やりすぎんなよぉ! ヒャハハハ」


 夜露に濡れた草地を転がった俺は立ち上がり、初めて脚を止め、三人に向き直った。

 街から出たところはゆったりとした下り坂になっており、俺は三人を見上げる格好になる。


 入り口の街灯に照らされ、立っている3人が明らかになる。


 アルドたちだった。

 アルドだけ、蜂に刺された瞼がまだ少々腫れ残っている。


「昼間はよくもやってくれたなあ? 俺がアレを許すと思ったか?」


「アルド様はレベル二十二なんだぜ? 腰抜かすなよ、ククク」


「アルド様はキラーウルフを倒せるんだぜ? お前にゃ想像すらできないだろうがな、ヒャハハハ!」


 三人が狂ったように笑いながら俺に詰め寄ってくる。


「止めておいたほうがいい」


「豚野郎が上から喋んじゃねぇって」


 額に筋の浮いたアルドが近づいてきて両手剣を振り下ろし、俺をさらに切り裂こうとした。


 俺は倒れるように後ろに転がりそれを避けるが、3人は俺に向かってゆっくりと詰め寄ってくる。


 俺は奴らを睨みながら、じりじりと坂を下がっていった。


「将来有望なアルド様の剣のさびになれるんだ。無駄死じゃないぜ」


 仲間の男が鉄製の長剣ロングソードを振りかぶりながら言った。


「――死ぬぜ」


 俺は感情を込めずに言った。


「おいおい、どっちがだよ」


「意味わかんなすぎて腹よじれるぜ!」


「ヒャハハハ、この状況で余裕ぶっこいてんじゃねー!」


 男たちがこの上ないほどに笑う。

 追い詰められているように見えるのだろう。


 俺の言葉は、全く伝わらなかった。


「忠告はした」


 周りに無関係な人がいないことを、もう一度確認する。


 もう他に手はない。

 

 デスゲーム化しているのは知っている。

 殺せば復活リスポーンしないことも。


 だがこのままでは……俺が終わる。

 こいつらに、自分の命をくれてやるつもりはない。


「来い」


 左手の中指に触れ、召喚獣の名を呼ぶ。


「――洛花らくばな


 指輪が待ちわびたかのように大きく呼応し、一瞬震えた。

 続けて大気がズシンと大きく縦に揺れた。


「うぉっ!?」


 膝をつきそうになるほどの突然の大気の揺れに、三人がぎょっとする。


「……な、なんだぁ?」


 アルドが間抜けな声を出し、あたりを見回した。


 驚いている間にも、大気の揺れはどんどん大きくなる。

 それはまるで、巨大な何かが頭上を歩いているかのようだった。


 揺れが止んだ後、俺の眼の前に禍々しい気のようなものが集まり始めた。


 俺はそこに向かって、左手を前にかざす。

 渦巻いて現れた、黒い球体。


 そこから、ぬっと魔物が飛び出した。


 五メートルはあろうかという巨大な四足歩行の獣。


「うおぁ!?」


「な……なんだよこいつ……!」


 卑俗な表情を貼り付けていた3人は仰け反り、文字通り血相を変えて立ちすくんだ。


 俺と三人の間に現れた獣が白い息を吐き、ブルルと唸る。

 それは巨大な牛のような獣だった。


 頭部に力強く生える二本の白い角。

 すべてを悟っているかのように佇む漆黒の瞳。


 全身を覆う鋭い大きな棘。

 その下には黒光りする隆々とした筋肉が静かに並んでいる。


 そして背には取って付けたように異質な印象を受ける、茶色の羽毛に包まれた翼。


 この魔物こそ窮奇きゅうきだった。


「ザ・ディスティニー」に数あるお伽話にその存在が描かれており、アルカナボス「女帝」を屠ったとされる【四凶の罪獣】のひとつ。


 お伽話では針鼠のような針で覆われた翼を持つ牛で知られ、「四凶の罪獣」のなかでは最強と名高い饕餮とうてつに勝るとも劣らないと言われる。


 ミハルネや彩葉が俺の放つ禍々しい気配を感じて恐れたのは、間違いなくこの窮奇の洛花が発していたものだった。


「ま、マジで……やばくね?」


「…………」


 三人はしかし戦慄の表情を浮かべたまま、石化したかのごとく棒立ちしている。


 俺は、現れたその魔物と視線を合わせる。


 俺が洛花と出会ったのは、死神のアルカナダンジョン地下4階である。

 それだけで、こいつの強さは語るまでもなくわかるだろう。


 “やっと出していただけましたなあ……”


 ブルルと息を吐き、洛花は巨大な鼻面をしきりに俺の胸に押し当てようとする。


 “我が主人がいいようになぶられる姿をただ黙って見ておれとは、まさに死の拷問。お約束が違いますなぁ”


 洛花は俺がこいつらやミハルネ達にやられるのを見て、知っているのだ。


「済まなかったな。こんななりになってしまって俺も困ってる」


 “……もちろん、好きに暴れて良いのでしょうな?”


「……いや、殺すな。脅かすだけでいい」


 頼もしく感じたが、良いわけがない。

 即座に訂正した。


 “承知”


「洛花! くどいが殺すなよ」


 “承知”


 洛花はブシューと大きく鼻息を吐いた後、まっすぐアルドたちに突っ込んでいく。


「ちょ! まままっ!」


 下半身を小便で濡らしながら、言葉にならない言葉を吐くアルド。


 速かった。


 洛花は一トンはあるだろう巨体を風のように走らせ、闘牛のようにアルドに体当たりすると、それを角で上に放った。

 人形のようにぽーん、と吹き飛んだアルドは見上げるほど高く舞う。


「………」


 俺は顔をしかめた。

 ダメだ。これは、確実に死んだ。


 アルドは当たり前のように頭からぐしゃりと落ちる。


 待ち構えていた洛花は、すでに事切れたアルドの上に前足を乗せ、乗りかかり噛み付く。


 グキャ、という嫌な音がした。


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