第13話 乙女の祈り
「お、おい!?」
「バカ、ここで抜くかよ!?」
仲間の2人が仰天して離れる。
「うるせぇ! ――おおぉ!」
アルドが叫びながら俺に切りかかる。
俺は上半身を起こした姿勢のまま、左腕を犠牲にする覚悟を決めた。
シュッ、と血しぶきが舞う。
誰かの悲鳴が聞こえた。
「くっ……」
骨は絶たれなかったが、腕以外にも、左肩付近から右の腰までばっさりと袈裟切りにされた。
周囲がざわついた。
「――また殺す気だぞあいつ!」
「おい、誰か神殿から『乙女』を呼んでこい!」
俺はひとまず立ち上がり、体勢を整える。
(こんなやつに武器を抜いてはいけない)
俺の知っている限り、街中での斬り合いは制裁があるはずだ。
まあ、武器と言っても、今の俺は石斧しか使えないが……。
「……アルドさん、真昼間の街中じゃまずいぜ」
「――うるせえ! こいつは死刑だ!」
アルドは仲間をどかせて再び剣を振り下ろした。
殺してもいい、と言わんばかりの全力の唐竹割りだった。
俺は右に避けようとしたが、失敗。
抵抗も失敗し左の肩から前胸部までを斬り裂かれた。
だが見た目とは裏腹に、致命傷と言うには程遠いレベルのダメージだった。
「……そこまでだ!」
凛とした声が喧騒の中を突き抜けて響く。
アルドが驚いた様子で手を止め、声のした方を振り返る。
見ると鎧に身を包んだ女性が二人、馬に乗ったままこちらを見ていた。
「――彩葉だ」
「おお、彩葉だ」
「彩葉様だ」
「素敵……あれが噂の……」
いつの間にかできた人垣から、羨望の眼差しとともに、嘆息が漏れた。
一人は名高い女性騎士のようだった。
胸元までの艶やかな漆黒の髪が赤みのさした白い肌を際立たせていた。
長い睫毛の奥に隠れる黒い瞳は、全てを受け止めるような深みを持っている。
目鼻立ちの整った顔は、繊細さとともに日本人らしい、控えめな優しさを湛えていた。
周りの様子から、名は
彼女が身につけているのは、丸みを帯びた純白のフォルムに深い緑で縁取りされた軽鎧。
噂に聞く【遺物級】皇帝ユーグラスの軽鎧だろう。
背に見える円盾はシングレアの円盾だ。
高純度ミスリルで作られたA級装備である。
(あれが……)
ギルド『乙女の祈り』を率いてログアウト不能となった事態を真っ先に収集にあたった女性。
その勇気を称え、彼女を「戦乙女」と呼ぶ者も多い。
彩葉の隣にいるもう一人の女性剣士は、頭部が完全に覆われる
Bクラス最強のミスリル銀製
高純度ミスリル銀を用いたAクラスの鎧ほどではないが、白く輝く様は光を反射して美しかった。
「そこまでです」
彩葉たちは優雅な動作で馬から降り立つ。
それだけで観衆達から嘆息が漏れた。
「……これは一体どういうことなのだ?」
大量の血が撒き散らされたこの場を見て、彩葉の隣に立つ女性剣士が周囲の者たちに問いかけた。
彩葉達が駆けつけた影響で、周囲には野次馬がいっそう増えていたが、女性剣士の質問には誰も答えなかった。
「私は『乙女の祈り』のノヴァスという。誰か状況を教えてくれないだろうか」
女性剣士ノヴァスが、よく通る声でもう一度訊ねた。
それに反応して俺のすぐ後ろから、何かぼそぼそいう声が聞こえてくる。
「……対照的だよなぁ。ノヴァスさん。相変わらず怖い雰囲気」
「
「うへぇ……どブスだったのかよ」
「俺も聞いた。前に何を思ったかノヴァスさんの手を握った奴がいたらしいけど、平手打ち一発で、しばらく目が覚めなかったらしいぜ」
「そ、それやばくね……?」
「綺麗な足してるけど、間違うなよ。あれは女じゃねえ」
そんな話の間にも、俺の正面にいたプレイヤーたちが意を決したように彩葉たちの元へ駆け寄り、状況を説明し始めていた。
ノヴァスはそれを聞き、周りに指示を出す。
立ち上がり、あたりを見れば、俺の血が飛び散って凄惨な光景を呈していた。
HPは問題ないが、案外傷が深かったのか、受けた傷からはまだ出血が続いている。
人の見ていないところで売れない帰属のHP
「………」
その眼は深い悲しみを湛えていた。
ずっと見下すような視線ばかりを浴びていただけに、俺はそれを不思議に思った。
「動かないでくれ」
そこで男がひとり、俺の元に駆け寄ってきた。
男は俺を座らせ直すと、
聞けば最近『乙女の祈り』の構成員となった中級者だそうだ。
続けてノヴァスが寄ってきて、俺を守るように、背にして立った。
ふわりと柑橘系の香りがした。
「――武器も持たぬ初心者をいたぶっている輩というのはお前か、アルド?」
ノヴァスが問い正した。
ノヴァスは彩葉と違い、盾を持たないスタイルのようだ。
剣系武器にマスタリーを持っているため、人気の高い派生の職業である。
「冒険者のルールを教えていたら、こいつが蜂を……!」
瞼が腫れて片目がつぶれているアルドが、必死に言い返す。
「……蜂? そんなアイテムなどないだろう」
ノヴァスが言い切る。
周囲の人間たちは、誰一人として反論しなかった。
スズメバチの巣のクエストはひとけのない
知らなくて当然かもしれない。
「ケンカは勝手にやればいいが、武器は抜くな。また奪われたいのか」
デスゲーム化する前は、街中で武器を振りかざすと見回りの衛兵に容赦なく切り捨てられた。
今はその衛兵がいないため、高ランクプレイヤーが武器が没収することになっているのは誰もが知っている。
「うるせぇブス女」
ツバを吐き捨てたアルドは、それでも剣をしまわない。
「やめないようなら、こいつの代わりに
ノヴァスがC級武器、鋼鉄の
赤い膝上のフレアスカートがひらりと舞い、白いふくらはぎから太ももまでが露わになった。
ノヴァスは一次転職後の
ちなみに彩葉の
それを見たアルドが再び唾を吐く。
「……行くぞ」
アルドは腫れた顔を撫でながら、仲間を連れて去っていった。
終わりか、と思いきや、「さて」と言いながらノヴァスが俺に振り返る。
「カジカとやら。いつまでも助けられるわけではない。死にたくなければ自分で強くなるのだな」
ノヴァスはキン、と言わせて剣を収め、兜の奥から高い声を響かせた。
俺はそれには答えず、ただ助けてくれた礼だけを告げた。
「……カジカ。聞けば家畜の飼料を食べて生きているそうだな。そんな虚しい生き方はやめて、我がギルドの支援を受けたらどうだ」
それを聞いた周りから、忍び笑いが漏れる。
俺の印象では、ノヴァスはおそらくアビリティレベルが4から5程度、レベルは装備からして40前後だ。
本来なら、俺が支援することはあっても、されることはない。
「自分のことは自分でできる」
俺は
「お前はなぜ我々の支援を断り続ける? この世界のことを知らぬ初心者なのだろう? 路地で寝るよりよほど良い生活になることは保証するぞ」
ノヴァスが俺の背中に声をかけてきた。
再び起こる、忍び笑い。
「不要だ」
無視して歩き出すと、ノヴァスがため息を交えて、さらに言葉を続けた。
「カジカ。アルドはどうしようもないクズだが、アルドなどに絡まれるお前にも問題がある。強くなろうと努力しない自分のせいなのだぞ」
「………」
俺の脚が止まる。
この女は、人を苛つかせるのがなかなか上手い。
この街の中で、強さを誰より望んでいるのは、間違いなく俺だ。
(くだらん)
だがもちろん、こんなところで自分の事情を大っぴらにするつもりはなかった。
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