第12話 絡まれ

 囚われてから四週間が経過した。


 俺のように地面に寝る通称、『乞食プレイヤー』はこの四週間でぐんと減って以前の一割程度になった。

 相対的に目立つようになり、俺は初期村の「白豚乞食」として、他の街でも認知されるほどになっていた。


 俺は薪割りを続けながら、少しでも貯金にまわすため、この頃から普通の食事を諦めた。

 一日一銀貨で十分な量を食べられる、家畜用の飼料を買うようになった。


 デントコーンをすり潰して乾燥させたものだ。


 デントコーンとは言葉通り、臼歯のような形をしている実をしたトウモロコシで、甘くなく、最も味の貧相な種だ。

 当然のごとく「白豚が飼料喰ってるぜ」と嘲笑われたが、なにせ腹一杯食べられる。


 他人がなんと言おうと、俺が一番満たされる食事だった。


 さて、本題だ。


 シルエラがいなくなってから、俺は毎朝、冒険者ギルドに突っ立って情報を仕入れることにしていた。

 昼には情報収集を切り上げ、夕方まで薪割りを一心不乱にこなし、その後は冒険者ギルドに移動して湯浴みをし、外で寝るというのが、俺の今の生活だ。


 最近手に入れた話をいくつか上げると、まず進展のない生活を送る俺と反対に、多くのプレイヤーたちはこの囚われた世界に順応しているとのこと。


 物価上昇の圧力を少しでも緩和しようと、多くの初期プレイヤーがギルド在籍を選び始めている。

 なかでもアルカナボス討伐を成功させ、ペガサスクィーンを駆るギルド『北斗』に人気が集まって、大量のプレイヤーが加入したそうだ。


『北斗』は志願するプレイヤーを拒むことなく全て受け入れていき、名実ともに最大ギルドとなった。

 冒険者ギルドで聞いたところによると、『北斗』による初心者雇用は救済としての意味合いも強く、皆に称えられているそうだ。


 「救済」といえば、ここチェリーガーデンでの『乙女の祈り』主導の計画も称賛されているらしい。

 俺自身も幾度となく救済対象として声をかけられたが、俺はシルエラの件もあって『乙女の祈り』には嫌悪しかなかった。


 だから乞食と罵られようとも一人を選んだし、カミュという名も隠した。


 時折、【剪断の手】の名が話題に上ることもあったが、決まってログインしていなかったらしいという話で終わった。

 もちろん俺は、こんな姿で名乗り出るつもりもなかった。


「今日の定食は一番人気のウサギ肉らしいぞ」


「おおマジで? 大盛り決定だな!」


「俺は二人前食うぞー!」


 今日も薪割りを終え、シャワーを浴びていると、そんな話を聞いてしまい、空腹感と止まらない唾液でそれしか考えられなくなった。


 手持ちは銀貨23枚しかなかったが、たまに贅沢でもしようと冒険者ギルド付きの料亭で銀貨3枚を払い、その定食を食べることにした。


 椅子を壊してはいけないので、ふたつ並べて座る。

 周りには同じ物を注文した人もいたようで、すでに辺りには肉の焼ける香ばしい匂いが立ち込めていた。


(腹が減ったな)


 久しぶりの、温かい料理。

 待っている最中、口に湧いてくる唾液を抑えることができなかった。


「おまちどうさん」


 やっと食事が運ばれてきた。

 どの地域も夕食は採れる物産により決まっていて、このチェリーガーデンでは温かいそら豆のスープ、ライ麦パン、カリンの砂糖漬けがいつも付いてくる。


 メインは日替わりで肉類が並ぶが、今日は噂通り香草を詰めて焼かれたウサギ肉だった。


(ご馳走だ……!)


 湯気の上がる料理に、せっつきなから手をつけようとした時、後ろから思わぬ声がかかった。


「おい白豚ちゃん、そこ俺たちの場所なんだから座ってんじゃねーよぉ」


 そいつは俺の髪をつかみ、強引に立たせようとする。


 さらにもうひとりがテーブルを蹴飛ばし、俺の食事をぶちまけた。

 スープやパン、ウサギ肉が床にばらまかれ、湯気が上がった。


「………!」


 胸に突き上げてくるような衝撃が、怒りだと気づくのに時間がかかった。


 見ると三人の男が、見下した表情で俺の前に立っていた。

 剣呑な雰囲気が酒場に立ち込めるが、周りの者たちはだんまりを決め込んだようだった。


 ここに予約席がないことぐらい、俺でも知っている。


 俺はいずれにしても店内はだめだと自制し、落ちた肉を掴んで喰いながら外に出ていく。

 これをこのまま捨てるなど、店とウサギに失礼だ。


「さすが白豚乞食。落ちても食ってやがる! ハハハハ!」


 三人がそんな俺をせせら笑いながらついてきた。

 やはり席へのこだわりではなく、俺個人に難癖をつけたかったようだ。


 最初の印象ではおそらく三人とも近接攻撃タイプで一次転職できていない。

 以前の俺ならお話にならないレベルの相手だ。


「うぐっ」


 外に出るなり、前置きなく三人は俺を背後から蹴り倒した。


 二人が俺を押さえ、アルドというテーブルをひっくり返した男が俺に馬乗りになって殴り始めた。

 アルドの攻撃は大した痛くもなかったが、能力値が下がっていて俺は離脱もできない。


 今は【接敵状態】という状態になっている。

 相手が俺に一定距離よりも接近し、回避と物理防御、魔法詠唱にペナルティがかかる距離のことだ。


「――この豚野郎がぁぁ!」


 五分以上経っているだろうか。

 アルドがすでに息を切らしながら、必死の形相で殴り続ける。

 俺はいちいち抵抗に成功するため、たいしたダメージが入らない。


 くだらない芝居に付き合いながら、俺はこいつらにちょうどいいアイテムがないか、探していた。


 そして見つけたのは、ススメバチの巣。

 最近こなしていたクエスト用のアイテムで、浮気相手の女の家に投げ込めと言う、過激な仕返し系クエストだった。


 中途半端にしていたので、ちょうどひとつ、手元にあった。


「……アルド、そろそろズラかろうぜ」


 仲間の一人が俺の手を放置して立ち上がり、俺に唾を吐きかけた。

 野次馬が集まり、周りが騒がしくなっていることに気付いたようだ。


「あん? まだぜんぜん殴り足りねえよ」


 手の止まったその隙に、スズメバチの巣を取り出し、それでアルドの頭を強打する。


 ごろんと地面を転がったハチの巣から、ブーン、と嫌な羽音を立てて、スズメバチが大量に現れる。


「――うおぉぉ!?」


 アルドが仰け反って、俺から離れる。


 刺される覚悟はしていたものの、持ち主は攻撃しないらしく、スズメバチは近くにいたアルドたちばかりを狙った。


「……ひぃぃ!? なに出しやがったこいつ!? いてっ」


「あ、いたぁ! やめてぇ、やめてください! 助けてママぁ!」


 手を振り回して蜂を追い払おうとするが、当たり前のように全く効果がない。


 刺されて飛び上がっている三人。

 スズメバチの巣が効果を失った頃には、三人は体中にぼこぼこと赤い腫れを残し、肩で息をしながらうずくまっていた。


「こ、こいつ……! 殺す! 」


 回復薬ポーションを飲んだアルドは、まだ腫れた顔のまま、背中の両手剣グレートソードをスラリと抜いた。


 鈍く光る様子からD級武器だとわかる。


「お、おい!?」


「バカ、ここで抜くかよ!?」


 仲間の2人が仰天して離れる。


「うるせぇ! ――おおぉ!」


 アルドが叫びながら俺に切りかかる。


 俺は上半身を起こした姿勢のまま、左腕を犠牲にする覚悟を決めた。


 シュッ、と血しぶきが舞う。

 誰かの悲鳴が聞こえた。


「くっ……」


 骨は絶たれなかったが、腕以外にも、左肩付近から右の腰までばっさりと袈裟切りにされた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る