第11話 お別れ



「この世界ってとっても面白いんですね! ワクワクしました」


 シルエラは銀色の眼を輝かせた。

 今までで一番明るい表情だ。


 少なくとも、俺が縛り付けていたらこんな顔できなかったに違いない。

 やっぱり外に出てもらってよかった。


「それはよかった。成長すればいろんなところにも行けるぜ」


 戦闘好きとは、予想していなかった。

 いや、こんな世界に囚われてしまったのなら、願ってもない才能なのかもしれない。


「ちなみにカジカさんはどんな武器を使うんですか? 職業は?」


 急に今まで訊ねなかったことを矢継ぎ早に訊いてくるシルエラ。

 良い変化なのかもしれない。


「うーん、ホントは糸使いなんだ。俺」


 慣れたシルエラくらいいいだろうと、俺はつい本当のことを口にした。


「糸使い? 糸で攻撃するんですか?」


 シルエラが信じられないといった様子で瞬きをする。


「うん。大きな欠点のあった職業でね。みんな使うのをやめてさ。もうこの世界には俺しかいない」


「カジカさんひとりだけ……? ある意味すごい職業です」


「うん。先月の運営の調査で、糸系職業の人数 全サーバーで『1』になってたしね。笑ったよホント」


 俺は大きな肩をすくめた。

 それを見たシルエラがくすくす笑った。


 シルエラはその後しばらく黙っていたが、俺が食べ終わったのを見計らうと、ふいに口を開いた。


「カジカさん、あの……」


 シルエラが俺の顔色を覗いながら、言いにくそうにしている。


「ん? どうしたの?」


「……実は、明日もリンデルさん達が薬草採集に連れていってくれるそうなんです。行ってきてもいいですか?」


「もちろんさ。俺のことは気にしないで行って来てくれ」


「ありがとうございます! 頑張ってきますね!」


 ぱぁぁ、とシルエラの表情が輝く。

 前向きになった彼女を見て、俺は無理にでも行かせてよかったと感じていた。




     ◇◆◇◆◇◆◇



 

 その日からシルエラは毎日薬草クエストをしに出かけるようになった。

 夕方には帰ってきて楽しそうに様子を話してくれた。

 一緒に行きませんかと、何度も何度も俺を誘ってくれた。


 俺はそれを丁重に断り続けていた。

 確かに、レベルの上がったシルエラと二人でなら薬草採集くらいできたかもしれない。


 それでも、良いサイクルに入って夢を膨らませているシルエラに、俺のせいで万が一のことは避けたかった。


 代わりに俺は魔法系アビリティの知識と、それを用いた戦い方をシルエラに教えた。

 魔術師マジシャンは防御が弱く、接近されることは死を意味するからだ。


 薬草クエストを始めて一週間が経つ頃には、シルエラはレベル18になり、現在習得中のアビリティ位階を示すアビリティレベルも、2になっていた。


 職業アビリティレベルが上がれば、生産系アビリティレベルも上限が開放されるなど、いいことづくめだ。


 例えば魔術師のアビリティレベルが5ならば、農業や工業の生産系アビリティレベル上限も5になる。


 薬草採集のアビリティレベルが2になり、シルエラの日々の儲けは、倍増した。

 そうやって、俺とは対照的にシルエラはどんどん前に進んだ。


 3日、4日と日が経つにつれ、シルエラの話に俺の名前が入らなくなり、リンデルたちの話ばかりになった。

 

 リンデルたちと仲良くなるのは別に気にならなかった。

 彼女が成長し、外の世界を突き進んでいることは、俺にとっても嬉しいことだからだ。


 薬草クエスト開始から10日が経つ頃、シルエラは二人で作った寝床に帰ってこなくなり、宿に泊まるようになった。


 金銭的に余裕ができたからに違いない。


 朝方たまに「元気でしたか?」と顔を出すだけで、すぐにいなくなる。

 狩りの話も、食事すらも俺とは一緒にしなくなった。


 それでも俺はシルエラの毛皮とスペースは使わず、毎晩きちんと空けておいた。

 空っぽの隣を眺めていると、夜泣きしていたシルエラが眼に浮かび、小さく笑った。

 

 無言の夜。

 急に失われた温もり。


 正直、寂しい気持ちはあったが、俺は自分に言い聞かせた。

 シルエラが変わっていくことは俺も望んでいた、と。


 結果的に俺から離れていくことになっても仕方がない。

 俺はこんな姿で、薪割りくらいしかできない存在なのだから、置いていかれるのは当然なのだ。


 だから朝のわずかな時間、シルエラがよそよそしい表情で顔を出してもいつものように笑顔で迎えたし、リンデルがその後ろで見下したような目つきで俺を見ていても、何も言わなかった。




     ◇◆◇◆◇◆◇




 シルエラの薬草クエスト開始から二週間が経過していた。

 シルエラは当然のごとく、ここにはいない。 


「シルエラもそろそろこの街は卒業だよな……」


 溜息交じりに呟いた俺は、手に持つ赤いイヤリングを見つめた。


 一般に、プレイヤーはレベル20前後までこの初期村を拠点とするのがセオリーだ。


 その後は魔物が格下になり、レベルが上がりづらくなるため、農業を主体とする国ミッドシューベル公国、鉱業を背景に職人が集まるフューマントルコ連合王国、海産物と商業の国サカキハヤテ皇国、遺産が多く眠る冒険者の国、魔法帝国リムバフェなど、自分の目的に合った土地へ移っていくことになる。


 俺はまもなくお別れの挨拶に来るだろうシルエラに、このイヤリングをあげようと準備していた。

 金貨二枚もしたが、Dグレードの装備で魔力が2%上昇する、冒険者のイヤリング。


 効果はたいしたことはないものの、初期プレイヤーには頼もしいマストアイテムだ。


 また泊りにきた時のために、スノータイガーの毛皮ももう一枚買って準備しておいた。

 もうお金がなかったので、『ダンジョンリコール』というダンジョンからの緊急帰還アイテムを売って金にした。


 シルエラは寒がりだからな。

 毛皮はそのままあげよう。


 そんな買い物をしたせいで、俺の手持ちはたったの十四銀貨になっていた。


(いいさ。一緒に辛い時を乗り越えた人なんだから) 


 イヤリングを握って、いつもシルエラがやってくる方角を眺める。


 しかし、あれから音沙汰はなかった。


 4日が過ぎて、まさか怪我でもしたのだろうかと、俺も不安になってきていた。

 もしやもう街を出てしまったのだろうかと思い始めた、ある日の夕暮れ時の街中。

 

 遠目で人の流れとは逆向きに歩いていく銀髪の女性が目に入った。


 ――シルエラだ。


 自然と笑みが浮かんだ。


 ローブがいつの間にか、『初心者のローブ』から『冒険者のローブ』に変わっていたので、気づくのが遅れたが、目に焼き付いていたあの銀髪を見間違えることはない。


「シルエラ!」


 叫び、例によって鈍足で追いかけていった。


 シルエラは俺には気付かず、角を何度も曲がり、建物と建物のあいだの暗い路地にわざわざ入っていくのが見えた。


「なんだ、かくれんぼのつもりか?」


 俺は笑みを浮かべたまま、何も考えずに追いかけて路地に入った。


「シル……?」


 そこにいた人影に呼びかけようとして、言葉がふいに途切れた。


 人影は二つあったからだ。

 そして、その二つの人影は薄暗い中で絡み合うように動いていた。


 俺は最初、それがなんだかわからなかった。

 だが数秒を経て、俺の心臓がどくんと跳ねた。

 

 シルエラが男と愛し合っていたのだ。

 相手は、薄緑の髪をした男。


 ――そう。リンデルだった。


 乱れるシルエラの銀髪の下で、赤い「冒険者のイヤリング」が垣間見えた。




    ◇◆◇◆◇◆◇




 寝床に戻り、夜の帳が下りる前にシルエラのスペースを片付けた。


「……当たり前か」


 俺はすっかり土の臭いのついたワイルドベアの毛皮を握りしめた。


 こうなるのはわかっていた。


 理屈ではわかっていても、胸は痛かった。


 つらい時期を支え合ったから、絆みたいなものができていたのだろう。


 今の俺にできることといえば薪割りだけ。


 モンスターとも戦えない。

 女性を守ることも。


 比べ、リンデルは身なりもスラリとして鉄の甲冑を着こなし、何度もシルエラを敵から守ってくれたのだろう。

 性格は疑問だったが、女性には優しいのだろう。


 シルエラが一人の女性としてリンデルに恋をしたのは当然のなりゆき。


(………)


 それでも、いくら言い聞かせたところで俺は比較されて切り捨てられた現実をなかなか受け入れられなかった。


 望んでこの姿でいるわけではない分、余計に。


 夜空を夜鳥が鳴きながら飛び去っていく。

 その後のシルエラのことを、俺は知らない。



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