第10話 手一杯の薬草
そうやって俺たちは数日を過ごした。
貧しい質素な生活になりつつあったが、俺は一人で途方に暮れていた時ほど、つらくなかった。
むしろシルエラという話し相手がいて、日々は楽しいものになりつつあった。
なかなか囚われからの解放の目途が立たず、夜にはシルエラが泣いてしまうことも頻繁にあった。
俺には金がなかったので、そういう時は寒風の中、どじょうすくいをして笑わせた。
俺の宴会芸の十八番だ。
これは東京から来ていた本社の社長もスタンディングオベーションをくれたから、相当自信がある。
それでも、シルエラがなかなか落ち着かず、朝方寝付くこともあった。
そんな時はもちろん寝付くまで寄り添って話を聞いたりした。
寝不足でも、薪割りは決めた量をこなした。
シルエラとぴったり寄り添い、支え合った生活をしていただけに、日を追って俺の中で彼女がは大事なものになってしまっていたのは仕方がなかったことだろう。
二人でこんなあり得ない苦難を乗り越えていれば、誰だって相方に愛着も湧くに違いない。
五日経ち、薪割りクエストだけでシルエラもレベルが5になった。
最初から持っている古代語魔法アビリティ〈
次の繰り返しクエストは薬草採集だ。
シルエラに是非やらせたいと思っていたクエストになる。
採集アビリティのレベルが上がれば、さらに上位の薬草をも集めることができる。
収入もぐっとおいしくなるクエストなんだが、街の外に出る必要があり、ここでモンスターとの戦闘を覚悟しなくてはならない。
俺はどうするか迷っていた。
今の俺にシルエラを守る実力はない。
だがシルエラもまだひとりでは無理だ。
しかも巷の噂では、囚われの日からデスゲームになった可能性があるという。
最初は確実な実力を持つ誰かが、シルエラについてあげる必要があった。
そんな折、薬草採集クエストの説明をしながら俺たちの前を通り過ぎたプレイヤーたちがいた。
俺ははっと振り返り、その男たちを観察した。
彼らは五人でちょうど出発しようとしているところだった。
先導するプレイヤーは
男は中肉中背、白人系の顔立ちで鼻が高く、ぺったりと撫でつけられたような薄緑の髪が肩のところで切り揃えられ、前髪も目にかかるほど長い。
これを逃す手はない。
俺は大声を張り上げてその男達を呼び止めた。
男達は驚き、声を掛けたのが俺だとわかると、顔を見合わせて嘲った。
「君ィ、いくらなんでも不細工過ぎるだろ、プププ」
先導していた盾を持つ男が笑いを噛み殺して言う。
全く誠意のない態度だった。
俺は笑っている男を見て二回瞬きし、現れたプレイヤー画面を確認する。
リンデルと言う名でギルド『乙女の祈り』と書いてあった。
思えばこれが、俺とこのギルドとの最初の出会いだった。
『乙女の祈り』はこの街で初心者救済を主導していると耳にしていた。
(救済ギルドの連中なら……)
装備といい、レベルといい、性格以外は問題なさそうだ。
いや、それが一番の問題な気もしたが、俺個人の感情はこの際、抜きにして考えた方がいいだろう。
「この女性は初心者なんだ。薬草採集に行くならクエストを一緒にやらせてもらえないか?」
男達は再び顔を見合わせて考えた後、俺に言った。
「別にいいよ。うちの初心者連れて行くところだから。で、君は?」
リンデルが俺を見て言う。
予想通りの返事だった。
行こうかどうか一瞬迷ったが、用事があると言って遠慮しておいた。
俺のせいで行軍速度が10分の1になればクエスト進行にも差し支える。
そもそもいきなり嘲られるような奴らと、命を預け合うなど俺にはできない。
そんな中、俺の袖を引っ張って困った顔をする人がいた。
シルエラだ。
「カジカさんがいないと、不安です」
「俺は事情があって街から出られない。『乙女の祈り』は初心者救済をしている人達なんだ。腕は保証するから大丈夫だ。教えてもらっておいで」
安心させるように優しく言った。
これだけお願いしておいて、シルエラが行かないとか、話にならない。
「……行った方がいいんですか?」
俺は頷いた。
「ずっと薪割りしかできない人生はまずい。この世界がどうなっているかは話したろ」
シルエラは俺と違い、まだまだ伸びしろがあるのだ。
弱肉強食の世界なだけに、力や金はあるに越したことはない。
「……でも」
シルエラはまだ何か言おうとしたところで、リンデルがニヤニヤしながら割り込んだ。
「ねぇ、カジカさん。食べ過ぎはこの世界でもやめといたほうがいいよ」
リンデルの言葉に仲間たちが爆笑した。
この世界では食事による体重変動があるため、そう誤解したのだろう。
「アヒャヒャ! リンデルさん、それは言っちゃあかわいそうですよ!」
「そうですよ! 元から豚族だったら仕方ないし」
「いや、豚族とかねーから! ブハハハ」
それを聞いたシルエラは顔を真っ赤にしてうつむいた。
食べて太ったんじゃないけどな。
まぁシルエラのためだ、笑われるぐらい我慢しよう。
「じゃあ行きましょうか、シルエラさん。俺は初心者救済ギルド『乙女の祈り』のリンデルです」
リンデルが馬から降りて、恭しく紳士の礼をすると、作り笑顔を浮かべたまま、さっとシルエラの手をとった。
「あっ」
「大丈夫です。こちらへ」
リンデルは、馴れ馴れしくシルエラの背に手をまわした。
シルエラは悲しそうに俺をちらりと見た後、リンデルたちに連れられて街から出て行った。
◇◆◇◆◇◆◇
あれから数時間が経っている。
「こりゃ……売れないな」
シルエラがいない間に割った薪は、ひどく不揃いなものばかりだった。
頭の中は、シルエラのことばかりだった。
ずっとそばにいたから、彼女の心がどんな動きをするか、手に取るようにわかっていた。
だからうまくできずに泣いて帰ってきているのでは、と夕方までに寝床を何度も見に帰った。
そんな余計なことをしていても、今日は一分一秒が長かった。
(気づかなかったな)
離れてみて気づく。
こんなにシルエラが、俺の心の中に住んでしまっているとは知らなかった。
福笑い顔に加えて、とてつもない肥満体という不細工。
そんな今の俺に心を許してくれる女性は、出会った中でシルエラしかいなかったからか。
彼女が、俺には支えになっていたのだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
野鳥が日の終わりを告げるように鳴いている。
足元では夕陽がつくる建物の影がそっと背丈を増していく。
街に人が戻り始め、ガヤガヤとした喧騒があたりから聞こえてくる。
日が落ち、虫の鳴き声も目立ち始めた頃、遠くから元気な足音がこちらにやってきた。
「カジカさぁーん!」
シルエラだった。
「ほら、こんなにいっぱいとれました!」
シルエラは満面の笑顔で俺に駆け寄り、両手一杯の野草を見せた。
「すごいじゃないか! 売れば銀貨20枚ぐらいにはなるぞ」
「はい。リンデルさんも筋がいいって、あ、戦闘もあったんですが、うまく魔法も使えまして」
「おぉすごい! 戦闘もこなしてきたのか」
わざとらしかったかもしれないが、俺は目を瞠って驚いた。
「はい。馬にも乗せてもらったんです!」
シルエラがその細腕でぐっ、と力こぶをつくってみせる。
「恐れ入ったな。予想以上だよ」
俺たちは笑い合いながら、遅い夕食のために調理屋へ向かった。
時間が遅いせいか、調理屋はぽつりぽつりと人がいるのみで、すでに二次会へと流れたようだ。
「リンデルさんがすごく強くて頼もしいんです!」
料理している最中も食べている間も、あの口数の少ないシルエラがずっと興奮したまま話していた。
俺はただ、うんうん頷いた。
初めての冒険譚を楽しそうに話すシルエラを見ていると、頰が緩んだ。
シルエラはお腹が空いていないとのことで、全く食べなかったのだけが心配だったが。
「この世界ってとっても面白いんですね! ワクワクしました」
シルエラは銀色の眼を輝かせた。
今までで一番明るい表情だ。
少なくとも、俺が縛り付けていたらこんな顔できなかったに違いない。
やっぱり外に出てもらってよかった。
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