第7話 ごったがえす人たち

 このまま俺の話を続ける前に、その後の世界について先に少し触れたいと思う。


 ログアウト不能のまま5日も経過すれば、救出の気配がないことに皆が疑問を抱くのは当然だった。


 そんな中で、デスゲーム化の噂が広がり始める。

 ゲーム内死亡が死に直結するというものだ。


 きっかけは「死に戻り」だった。


 「ザ・ディスティニー」では、レベル40以下のプレイヤーは死亡ペナルティがなかったため、最寄りの街に戻るためにわざと死んで街に瞬間移動する、通称「最寄る」がゲーム内で半ば常態化していた。


 しかしログアウト不能後に最寄もよったプレイヤーのすべてが復帰せず、現場に遺体を残したままだというのだ。


 そして、彼らの誰ひとりとして、ゲーム内に戻ってくることはなかった。


 確証とまではいかないが、別な根拠もある。


「この状況を改善する」と言い残し、死んで形上ログアウトしていったプレイヤーが数百人いたという。

 しかしそれから数時間、いや数日経っても何も変わらなかったことだ。


 そのうち、「死んだプレイヤーは現実世界に戻った」とは誰も口にしなくなり、デスゲーム化が逆に人の口をついて回った。


 当てのない異世界生活が突然始まり、さらにゲーム内死亡が死に直結するという身震いするような恐怖。


 それでも、ふさぎこむ者ばかりではなかった。


 いち早くパニックを脱し状況改善へ動いたのは、元第三サーバーの中立系ギルド『乙女の祈り』たち有志だったと言われる。


 彼らは囚われによるパニックが起きた当日から、全体像を把握し、現状の最善を為す決断をしたという。


 囚われた世界にはキャンペーンアイテムのためだけに初INしていた者が意外に多く存在し、ゲームルールすらわからず、文字通り右往左往していたという。


 当時10人弱だった『乙女の祈り』のメンバーはまずNPCの司祭を説得し、初期村の神殿をそのようなプレイヤーの生活の場としてあてた。


 次に自身で狩りをして食糧を調達し、調理して配った。

 不足した防寒用の衣類はギルド財産で買い漁ったそうだ。


『乙女の祈り』の美しき女リーダーは自分の資産を使い果たしながら、一睡もせずに昼夜走り回ったという。


 可憐な女性たちが自らが汚れるのも厭わず献身する様子に、皆が感化された。

 その後『乙女の祈り』を皮切りに、良い連鎖が生まれて次々と救済に動くプレイヤーが増えていく。


 デスゲーム化して3日目には元第一サーバーの商業ギルド『マゼラン』が『乙女の祈り』に全面協力を申し出、初期村にあったギルド施設を無償で貸した。


 4日目にはギルド『最後の晩餐』から500枚のワイルドベアの毛皮が無償提供され、施設内が歓喜に包まれた。

 6日目にはさらに別の3ギルドが彼女達に協力し始め、8日目にはゲーム内最大規模と言われた第四サーバー極悪PKギルド『KAZU』が今後一切のプレイヤーキルの放棄と、初級プレイヤーの無償護衛を約束した。

 

 このように正のスパイラルを作り出した『乙女の祈り』の支援効果は非常に大きかったと言われている。

 

 しかしやはりというべきか、良いことばかりではなかった。

 世界設定が変わったことで様々な問題も新しく浮上した。


 第一にPK行為。

 街中で行うと衛兵に処罰されていたが、デスゲーム化してからは衛兵がいなくなり、不問になった。


 性的暴行もだ。

 これに関しては厳格なまでの通報・処罰システムが設定されていたが、それもいずこかに消え、 事実上不問となってしまった。


 名前表示機能も失われ、犯罪者を示す赤ネームもわからなくなってしまったことが事態を助長し、街中でも夜や人目のつかない物陰は無法地帯となった。


 ゲーム内経済にも大きな変化が見られた。

 プレイヤー人口の急激な増加が暴力的なまでの需要を生み、供給を枯渇させてあらゆる価格を上昇させたのだ。


 プレイヤーを第一サーバーに集めた影響で地価が高騰したのもそうだが、最も危機的だったのは食の分野で、中でも塩の価格が高騰した。


 これはとある男による価格操作があったと言われている。


 この世界では岩塩が見つかっておらず、塩は海に面した一地域でしか生産されない。

 それゆえ塩の枯渇で肉など保存食の生産が難しくなり、深刻な食糧難をきたした。


 俺はそんな中、重量ペナルティを背負って生きていくことになった。




     ◇◆◇◆◇◆◇




 時は戻り、ログアウトできなくなった当日の夕方。

 

 すでに様々な物価が上昇している上に、店頭に並ぶものはすべて品薄になっている。


「食べる物かい?   とっくに売り切れちまったさ。本当にもうないんだよ。また明日来ておくんな」

 

 扱っている店はすべてこんな感じの応対だった。

 この鈍足でずいぶんと見て回ったが、どの店でも食糧品はすべて売り切れ。


 林檎一つ売っていない。


(参ったな)


 お金はちょうど預けたばかりで手持ち金貨6枚ほどしかなく、頼みの倉庫は開かない。


 切り詰めれば、日々の生活は銀貨5枚、いや3枚で暮らせる。

 ちなみに、金貨1枚が銀貨100枚と同等、銀貨1枚が銅貨100枚と同等である。


 しかしこのまま物価上昇が進めば、それもいつまで保つか知れない。

 食料が手に入らない今は、りんご一つが目が飛び出るような高額取引になっていることだろう。


 装備品以外に多少なりとも換金できるアイテムは手元にある。

 だが、出ていくばかりの生活ではだめだ。


 生活基盤を維持するには、安定した所得を得られるようにする必要がある。


(今日はもう暗くなる)


 俺はひとまず、寝床を探そうと宿屋に向かう。


 初期村には他の街に比して宿屋は多く、安くて良心的な店が多い方だ。

 まだ時間も早いし、天井裏くらいならとれるかもしれない。


 しかしそんな淡い期待は泡と消えた。


 宿屋は、夏のバーゲン会場のように女性たちがごった返していた。

 もはや訊ねるまでもない。満室だ。

 

 聞けば、今晩の宿は最大20倍の値段で取り合っているという。


(やれやれ)


 時刻は18時をまわったところだが、宿が取れず、今からほかの街に向けて旅立つプレイヤーもいるらしい。

 

 当たり前だが、俺はこの体重では騎馬には乗れない。


 重量ペナルティによるバッドステータスを受けていれば、戦闘も1レベルのプレイヤーといい勝負である。

 武器も今は糸が使えず、両手鈍器しか持てない。


 状況が改善するまでは、魔物がいる街の外に出ることは避けるべきだ。


 俺は馬に乗り去っていくプレイヤーに背を向け、水を確保しておこうと冒険者ギルドに足を向けた。

 幸い、水は街中にある井戸と、冒険者ギルドから無限に得ることができる。


 さらに冒険者ギルドは地下に巨大な入浴施設があり、無料で使用できる。

 ゲーム内女性人口を増やすための運営の策の一つだ。


 小一時間並んで水を確保することはできたが、いつの間にか冒険者ギルド内はプレイヤーでごった返していた。

 建物内で夜を明かそうと、場所を陣取っているのである。


 あわよくば俺もと思ったが、すでのそんなスペースもなく、先に占拠した者たちは場所を取りそうな巨体の俺を見て、入ってくるなとばかりに無言で睨んでいた。


(やれやれ……わかったよ)


 建物を出ても人、人、人。

 随所で道を塞いでしまうほどの恐ろしい数だった。


(サーバー統合したっていう噂は、本当のようだな)


 そのうち、外に立っていたプレイヤーたちは、思い思いの場所でアイテムボックスから毛皮を取り出し、足元に敷き始めた。

 寝るつもりなのだ。


 冷たく乾いた夜風が首元を撫でていく。

 見上げれば夜空には冴え冴えと光る星があまたに輝いている。


 この「チェリーガーデン」という街は熱帯に寄った温帯で四季を持つ温暖な気候である。

 あいにく今の時期は初春で、冬ほどではないものの、夜は毛皮を羽織っていても寒い。


 仕方なく俺も空いていたスペースを探していると、石畳だが木陰になる場所を見つけた。

 石畳は体温を奪われ続けるから避けたい場所だったが、下に毛皮を敷けば案外悪くないかもしれない。


 どっこいしょ、と腰を下ろしたあたりで、俺の周りの場所を埋めるように数人が場所をとった。

 もうこの場所も完売である。


 なにか上にかけるものがあるかなと、アイテムボックスを探し、黒い外套を見つける。

 今では体格が違うので、突き出た腹を隠すくらいにしかならないが、無いよりマシだ。


 上半身だけを起こした姿勢で、俺は頭上の木を眺めた。

 木々の合間から星が瞬いているのが見える。


(モンスターに襲われないだけでもありがたい、か)


 街には高レベル衛兵が幾人も見張りをしており、侵入してきたモンスターは一刀両断される。

 それゆえ、街にいれば襲われることはない。




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