第5話 囚われの日

 

 俺はその後、魔法帝国リムバフェの首都ルミナレスカカオに戻り、ササミーとともに自分の倉庫を整理していた。

 二年半もこのゲームをやっていると、倉庫は思いがけないアイテムとの出会いの場だ。


 日々課金ガチャを繰り返していた俺は、望まないアイテムが出るとそのまま倉庫に放りこんでいたからでもある。


「これは案外……」


 整理とは名ばかりで、俺は正月課金ガチャで望むべくもなく手に入れた福笑いの袴を引き出し、装備して遊んでいた。

 袴は下着扱いで装備でき、一時的に体型と顔を変化させることが可能だ。


 一寸法師のように小さくなったり、上限二メートルまでの巨体になることもできる。

 ちなみに餅をつくことを想定してか、武器は両手鈍器と羽子板のみに限定されている。


 誰が変装しているかわからないよう、ご丁寧に名前やHP、MPを隠す認知妨害効果までついているようだ。


「知らなかったな。体形だけでなく顔も変えられるのか」


 最大値の背丈200㎝にして、体重も上げてみる。

 体が横に膨張していくような、日常感じることのない違和感を感じた。


 体重は120㎏以上にしたところで移動速度低下などのペナルティが発生したようだが、どうせ街からは出ないので気にせず最大の200kgに設定する。


 今の俺の顔は、太い眉に切れ長の眼、小さいがつぶれた豚のような鼻、タラコのような分厚い唇が白く厚化粧された顔に少々ずれて置かれている。

 今は鼻と口の距離が10cmぐらいあり、鼻の下を異様に伸ばした、垂れ目の顔になっている。


「ププ、その顔でこっち見るなよ。マジ吹くわ」


 悶絶するササミ―。顔面がみるみる茹蛸のようになっていく。


「今週はほんとに人が多いな。キャンペーンのせいかな」


 構わず、その顔で真面目な話を振ってみる。


 今週のキャンペーンでは新規登録キャラクターに限定ポーションが配られており、それを飲めば一定時間、精錬石ドロップの確率が10倍になるという大当たり効果。

 そのため友人や家族に新規登録だけしてもらい、アイテム取得するプレイヤーが続出しているらしい。


「ぷっ、もうだめだ! ダハハハ――!」


 そんな風にササミーが高笑いしている最中、何の前触れもなく異変は起きた。

 急に視界がブラックアウトし、数秒して回復したかと思うと、俺は別の街の広場に立っていた。



     ◇◆◇◆◇◆◇



 思い出すと、これが囚われの瞬間だった。


 のちに噂で聞くことになる。

 俺たちプレイヤーはゲーム内第1サーバーに全員転送され、数万人規模でログアウト不能に陥ったことを。


 だが俺だけ、皆と違ってさらに大変な事態になっていた。

 福笑いの袴の効果が続いていて、身長200㎝、体重200㎏のまま、どうあがいても変更できなかったのだ。

 

 重量ペナルティによるバッドステータスは、移動速度90%低下、筋力90%低下、魔力90%低下、敏捷度90%低下。

 さらに俺の強さの根幹をなしていたパッシブアビリティが完全無効である。


 無事だったのは、HP、MPに関連する体力、精神力。

 さらに動かしていた顔のパーツは定位置に戻っているのが不幸中の幸いだった。


 しかし、もちろん福笑い顔だったのだが。

 では少し、時間を戻す。



     ◇◆◇◆◇◆◇



(ログアウト不能に重ねて、俺だけこんな格好……?)


 混乱した頭で、状況を整理しようとする。

 今は太陽が高く上り、メニュー画面を開くと時刻が12時34分と表示されている。


 近くを見回したが、一緒にいたササミーはいなかった。

 フレンドリストも開かないし、GMコールは何回やってもダメだ。


 何かできることはないかと、俺はひとまず倉庫へ向かうことにした。


「以心伝心の石」という、遠隔で知り合いに連絡を取れるアイテムも倉庫に入っている。


 あれで友人の詩織に連絡を取ろう。

 彼女ならこの時間、きっとインしている。


「うわ……参ったな」


 歩き出してみると無思慮に体重を増やしてしまったことを今更ながら後悔した。

 

 足は鉛のように重く、常に深雪の中を漕いで歩いているようだ。

 

 あり得ないほどの巨体になってしまったせいか、周りの視線も痛いのは、決して気のせいではないだろう。


 倉庫にたどり着いた時には、校庭10周を終えた気分だった。

 歩いただけなのに、息切れで吐きそうである。


 なんとか息を整え、キィという古めかしい音を立てる扉を開け、倉庫に入る。

 倉庫はすべて木造で、いつも心地よい木の香りがする。


 NPCの倉庫番が3人並んで座り、プレイヤーの依頼に対応している。

 室内は広々としていて、こざっぱりとしていた。


 そんな倉庫内には50人以上のプレイヤーがいる。

 数人が俺を見て目を点にしていたが、他は相変わらずこの事態に不満を漏らしていた。


 俺は知り合いがいないか、あたりを観察する。

 すると、さっそくひとり、知っていた女性を見つけた。


(よかった)


 それだけで自然と頬が緩んだ。


 名はピエニカといい、つい先日、お互いにソロ狩りをしていて仲良くなった魔術師系二次職業、魔言葉師マジックキャスターの女性だった。

 今度一緒に水の神殿にクエスト攻略にいこうと約束したばかりだ。 


「ピエニカさん!」


 俺はその名を呼んだ。

 名を呼ばれたことに気づいたピエニカがこちらに振り向いたが、そのままあたりをきょろきょろとする。


 いったい誰が自分を呼んだのか、わからないようだった。

 俺は手を上げてもう一度名を呼び、近づく。


 しかしピエニカは、侮蔑のこもった視線を俺に向けていた。


「……誰?」


 氷のような声。


 予想外の流れに一瞬たじろいだが、俺は続けた。


「カミュ、だよ。この間カラステの森で会ったよな。異常事態でこんな姿になっているんだ。今って何が起きているか、教えてもらえないか?」


 しかし俺の言葉は、ひとつも耳に入っていないようだった。


「 誰か!」


 ピエニカが突然、大きな声で悲鳴を上げる。


 ざわついていた倉庫が一瞬で静かになり、皆が俺を見る。

 すぐさま、ピエニカと俺の間に、皮鎧を着た男が割り込んできた。


 男は俺を上から下まで確認すると、馬鹿にしたような目つきに変わった。


「どうしたピエニカさん」


「この男が急に……!」


「……え?」


 ピエニカが男にすがりついている。


「でかいだけか。痴漢ぐらいしか能がないような男だな」


 周りにいたプレイヤーたちも、突然の成り行きに注目している。

 聞いた限り、俺は正義の味方を前にしたやられ役のようだ。


「……誤解だ。ゲーム内が異常事態になっているようだから訊ねようと思っただけだ」


 俺は事情を説明しようとする。


「痴漢して、言い訳してんじゃねぇ!」


 男が拳を振るうのを感じた。

【認知加速】というパッシブアビリティアシストがないが、十分見える一撃だった。

 俺は軌道を読んで最小限でかわした――が、つもりだけだった。


 直後、視界がぐわんと回った。


 よくわからないまま俺は尻餅をつき、ひりひりとした痛みとともに右頬が焼けるように熱くなっていた。


 アハハハ、という誰かの笑い声が耳に響いている。


「こっちこいや」


 その後、俺は倉庫にいた男達にずるずると外へ連れ出され、袋叩きに遭った。

 ただひたすら、体を丸めて耐えていると、冷たい液体がざばぁ、っとかかった。


「うわ」


 あまりの冷たさに、息ができなくなった。


「アハハ、痴漢には良い薬だ!」


 見ると、桶を手に持った男がガッツポーズをしている。

 周りが盛大に拍手し、その男を英雄扱いし始めた。


 その背後では、ピエニカが先ほどの革鎧の男にすがりついたままだ。


「痴漢じゃない」


 俺はそれだけを言った。

 体を一気に冷やされて、全く余裕がなかった。


「うるせぇ! 少しは反省しろや」


 蹴る足が増えた。

 なんでこんな目にあっているのか、さっぱりわからない。

 

 それからもしばらく、蹴り続けられた気がする。


「――おい、そろそろやめてやんな」


 三回目の水が降ってきた頃、どこかから声がかかったのが聞こえ、俺を蹴る足がなくなった。


 囲んでいた男達は去り際に皮肉な笑いを残していく。


 凍えている俺の歯は楽器のようになり続けている。

 まだ冬が終わったばかりの時期で、水浴びはさすがに堪えた。


 白くなった手で上半身を起こして座ると、目の前にひとり、男が立っていた。


「――痴漢はいけねえな。気持ちはわかるがな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る